第4話 モンスター解体処理所

 宿に帰りたい。

 さまざまなモンスターの頭部が丸皿に乗せられレーンで続々と運ばれていくのを見て心の底から思った。カキンカキンと鳴り続ける金属音がひたすら頭上で鳴り響いていた。


 命を救ったことを盾にモンスター解体処理隊第ニ部隊副隊長を名乗るファルチェにほぼ強制的に連れてこられたのは、王都外れにあるモンスター解体処理所だった。倒した小型中型モンスターがどこかへ転送されるのは知っていたが、それが王都だったなんてびっくりだ。王都に行くよと言われた時は、家族に見つかりそうで嫌だと思ったが、こんな場所で会うことはないだろうと少しホッとした。

 モンスター解体処理所は、彼に案内されなかったら一生来なかったと思うほどには近寄り難い雰囲気で、入る前から今までに嗅いだことのない形容し難い臭いがあたりを漂う。大きな敷地の出入り口には結界が貼られ、許可のない者の出入りは禁止されている。結界の中へと入れば灰色で何の特徴もない大きな建物がいくつも見えたが、どこか禍々しいオーラを放っており不吉なことこの上ない。ちょっとした村ぐらいの規模はあり、行き交う人々は忙しなく動いているが、ファルチェが通り過ぎると手をとめ「お疲れ様です!」とみな敬礼し、その度にファルは片手をあげハイハイと対応した。

 同い年ぐらいなのに、はるか年上のおじさんにも同じような応対をされており、一体何者なんだこいつは、という思いがどんどん募っていく。そんなフォルチェの後ろを歩く俺にはチラチラと好奇な視線が投げかけられた。

「その血まみれの格好をどうにかしたら、現場を案内しよう」

 第一号館と書かれた建物内の休憩室に通され、服を脱ぎシャワー浴びた後に手渡されたのは見学者用の布の服と雨具だった。

「現場ってその、モンスターが解体されている場所のこと?」

「そうそう。大型モンスターだとさっきみたいに討伐された場所に赴いて解体することが多いのだけれど、一般モンスターの場合はここに運ばれてまとめてやるのさ。心の準備はいい? 覚悟して入ったほうがいいよ」

 建物内の最奥にある、例の紋章が描かれた重々しい扉の前に立つとファルチェが言った。

 嫌な予感しかせず、本音を言えば入りたくない。どうしてファルチェは俺をこんな所まで連れてきたのかも分からない。でもここまで来て帰ります、なんて言ったら臆病者だと思われるだろう。新人といえど俺はハンターだ。狩ったモンスターの転送先を見れるなんてまたとない機会だ。

 意を決してうなずくと、ファルチェは微笑を浮かべて扉を開いた。

 途端、血と便と獣臭のまじった強烈な臭いが鼻をつきぬけ、この先は危険だと第六感による警報が頭に鳴り響く。カキンカキンと不気味な金属音が一定の不気味なリズムも聞こえる。これ以上一歩も進みたくないと頭をブンブン振るが、ファルチェは逃げようとする俺の手をグイッとつかむと中へとズイズイ進んだ。

 なす術もなく中へ入った俺を出迎えたのは、足から鎖のチェーンで吊り下げられたラプトルの死体だった。舌をだらりと垂らし、逆さまで万歳している状態だ。小説に出てくる拷問所のイメージそのままだった。そんな死体たちが一体、一体、等間隔で並んでレーンで奥へと運ばれていた。

「ヒィッ!!??」

 怖い。ひたすら怖い。そりゃあ小型モンスターなら何度も倒したことがいくらでもあるし、ハンターたるもの死体の一つや二つどうってことない。だが死体が機械的に続々と運ばれているのは異次元の恐怖がある。死体が向かう先では長い包丁を持った獣人が待ち構えており、彼は目の前に来たラプトルたちの頭を順に刈り取り、後ろの異なる丸皿のレーンに頭を乗せていた。首無し死体と生首に分けられたラプトルたちは、それぞれ別の方向へと流れていく。あまりの衝撃的な光景に隣にいたファルチェの服の裾を掴んでいた。

「な……何やってんのアレ?」

「死体を部位ごとに分けて、それぞれ食べられるのか検査しているのさ。頭の方を見にいってみようか。ところで魔素節まそせつって知っている?」

「知らない」

「ものすごく平たく言うと、体全体にある魔力を作りだす器官で、その分、魔素も蓄積されやすい場所なんだ」

 俺の手をつかんだまま、フォルチェは生首レーンへと近づくと、丸皿に一つ乗せられた生首を手に取り、顎の下にある黄土色の豆のようなものを指した。

「頭部検査で主に見るのは魔素節の一つ、顎の下にある下顎魔素節だ。ここが黒ずんで魔素反応出ていると、頭全体に魔素が回っていると判断して破棄するんだ」

「食べると毒だから?」

「そう。もったいないけれど、魔素耐性があまりない普通の人の口に入ったら大変だからね」

 そういえば、同じモンスターなのに買取価格が大幅に低下した時があったが、あれは食べられない場所を破棄したからだったのか。もっと適切に狩れば捨てずにすんだと考えるとモンスターに申し訳ない気持ちになる。

 ふと、俺がすっぽり入れるような大きな青いボックスがそばにあることに気づいた。なんとなくのぞいてみたら、丸い何かが積み上げられて山になっている。なんだこれとよく見れば、中に入っていたソレと目があった。すべてモンスターの生首でどれもが濁った目をして恨めしそうに俺を見ていた。

「ぎ……ぎゃあああああああああ!!!」

 悲鳴が響き渡った。



「いやーもっと奥まで案内したかったんだけれどね。ところで初めて内部を見た感想はどう?」

「怖かった。早く宿に帰りたい」

「うんうん、素直だね」

 現場入口でギブアップしたのち、休憩室に戻り机の上に突っ伏した。入る前に防臭防水魔法をかけてもらっていたものの、全身どころか体内まで血みどろな気分だ。休憩中の他の職員が気を遣ってお茶を入れてくれたが、喉に染みついた臭いと一緒に飲み込みそうで、申し訳ないと思いながらも手をつけられない。

「僕としては肉を食べる人全員に現場を見てもらいたいと思っているんだけれど、上の人に止められるんだよね」

 そりゃあそうだ。あんな風にモンスターが物のように次々と切り分けられて肉になるのを見たら、トラウマになってしばらく肉が食えなくなるに違いない。まるでモンスター肉工場だ。マーケットに運ばれるまでに過程があると知っていたが実際見るのではここまで違うなんて思いもよらなかった。

「どうして俺をここへ?」

恨みがましくファルチェを見れば、彼はよくぞ聞いてくれましたと言いたげに、ふふんと鼻を鳴らした。

「君に働いてもらいたからだよ」

思いもよらぬ理由に目が点になった。

「……何で?」

「遠くから見ただけれど、君の電撃攻撃をすごいと思ったんだ。あのヨロイザルの鱗を貫くことができる使い手なんて見たことがない。どうだい? 仕事は大変だけれどその分、給料はいいよ?」

 点になった目が今度は丸くなった。雷撃を誉められたのは生まれて初めてだった。異端児、野蛮、恐ろしい、我が一族にふさわしくない。それが周囲の評価で、挙句のはてに魔力抑制器の首輪まで付けられた。ファルチェの嘘偽りのない心からの賞賛にむず痒くなる。嬉しい気持ちを悟られないよう目を逸らした。

「俺はハンターになるって決めて家を出たんだ。悪いけれど他の選択肢は考えたことがない」

 そもそも今時点でグロッキーになっている職場で働ける気がしない。話が終わりなら引き止められる前に早く退散しようと席から立ち上がった時に、アナウンスが耳に入った。

『大型モンスター、ムドムド討伐間近の一報が入りました。解体処理班第一部隊は現地へ向かってください』

 思わず耳を疑った。ムドムドは図鑑で見たことがある。ドラゴン属で一生のうち一回でも見れるかどうかの、とんでもないレアモンスターだ。

「ちょうどいいタイミングだ。手練れのハンターもいるし、初心者くんも上を目指すなら勉強がてら現地へ見学に行かないかい?」

 ファルチェは手をさしだした。

 ムドムドもハンターの戦いも間近で見れるチャンスだ。逃す手はない。だがどこかで迷っていた。

 この手を取るか否かで運命が大きく変わる、そんな予感がした。流されるまま彼について行っていいのか?引き返すなら今だぞと、何かがささやく。

 でも、ここで選ばなければ俺は絶対に後悔する。ふんっと気合いを入れて、そして目の前の手をつかんだ。

「そうこなくちゃ」

ファルチェは笑った。

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