第13話 新しい朝

「あの毒の味、どこかで味わったことがあると思っていたら、はるか昔から食中毒事件で検出されてきたやつだったよ。成分は解析されているものの何由来の毒なのか一切分からず、随分悩まされてきたんだ。あの村がその毒の産出場だったとはねぇ。どこからか連れてきたナームをあの沼で育てて、脱皮した皮から毒を抽出して裏ルートで売買して得た収入を神の加護と言っていたんだよ。何日かすれば理化学班が分析結果を出してくれるだろう。証拠がそろえば捜査のメスが入る。元を断つきっかけを作れたなんてお手柄だよ」

「そりゃあ、よかった。死にかけた甲斐があるもんだ」

 解体所の宿舎に帰るなり、机に突っ伏した。時刻は明け方に近く、宿舎のおじさんとおばさんとの「今日中に帰る」という約束を破ってしまった。また心配をかけてしまったと思うと心が痛い。

「本当に酷い目にあった。クエスト内容は嘘っぱちだし、これはギルドに苦情を言っていいレベルだ」

「それなんだけれどさ、そのクエストはギルドで正式に発注されたものかい?」

 正面に座るファルチェの言葉に目が点になる。この依頼は、ギルドにいた男から声をかけられ直接手渡されたものだ。

「もしかして、クエストを紹介してくれた人とあの村は最初からつながっていて、偽の案内書を作ってギルドを介したように見せて、右も左も分からない初心者ハンターが村に向かうよう仕向けていた?」

「間違いなくそうだね。そもそもそんな単純な罠に引っかかる方がおかしいし、途中で変だと気づかないそのぼんやりとした性格でよく今まで一人で生きてこれたね。そっちの方がびっくりだよ」

 心にぐさぐさ刺さるが、おっしゃる通りなので何も言えない。そうです俺はノコノコ罠に引っかかる無能ハンターです。

「ところでこれからどうするんだい?」

「どうするも何もハンターを続けるけれど」

 今回もまたファルチェに命を助けられたが、だからといって勧誘しても乗らないぞと視線を向ければ、ファルチェは不思議そうに首を傾けた。

「でも君の力、初級クエストで使えるものではないよね」

 はたと気づいた。首輪のない今、大型モンスターを一発で失神させるレベルだ。そこらのモンスター相手に放てば黒焦げどころか、周囲も巻き込み被害を起こすに違いない。

「それに大型モンスター討伐には免許がいるって知っている?」

「何それ?」

「前にも言ったけれど大型モンスターの多くは生態系を揺るがす存在だから、狩猟するにあたって正しい知識を持っていると国から認められなくてはいけないんだよ。その試験を受けられるのは十六歳からなんだ」

「何だって!?」

 つまり今の俺は一般モンスター相手には過ぎる力を持ち、大型モンスターは法律的に狩れない。つまりモンスター相手に何も出来ない。ハンターとして詰んでいる。

「でも解体班に入れば解決だよ。国家承認機関だからね。今回の手柄を持って帰れば隊長も君の実力を認めてくれるさ」

「ぐ……」

 心がゆらぐ。そもそも俺がハンターを目指した理由は、この身に宿る力の使い道がハンター以外に思いつかなかったからだ。そう考えると固執する理由もない。それに雷撃を放った時のあの高揚感を思い出す。今の身分では無理だが、解体班に入ればこの力を存分に振るうことができるのだ。でもファルチェの思惑にまんまと乗せられているようでちょっと嫌だ。

「僕がここに所属している理由は、出会ったことがない未知の味を求めているからなんだ。一緒にどうだい? この世の中にはまだまだ君の知らない味があるよ」

 畳み掛けるようにファルチェは提案してきた。ナームのカバヤキもスライムソテーもおいしかった。あんなのがこれからも食べられるならと想像したら、よだれが出てきた。力を使ったからかお腹がもう減っている。胃袋がつかまれかかっている。あと一押しで陥落しそうだ。

「ファルチェはどうしてそんなに俺のことを勧誘するのさ」

「君の力が便利だからだよ。解体するとき、放血して体から魔素をできる限り取り除くのが肉の質を左右すると言われているぐらい重要なんだけれど、君のような雷撃で失神させた状態で行うのが一番なのさ」

 灯された光が揺れる。それって俺のことを電撃発生装置としか見ていない訳で、複雑な気分だ。

「それに」

 ファルチェは俺の隣に座り向き合うと、顔をぐっと近くに寄せてきた。

「君の雷を放つ姿が綺麗で好きだ。誰よりも近くで見ていたい」

 ファルチェの金色の瞳に見つめられ、頬がほてるのを感じる。どうしてそんなことを臆面もなく言えるのだ。

 家族からは、なぜそんな凶暴な力を持ってしまったのかと嘆かれ恐れられ、お前のためだと言って首輪をつけられた。

 けれどファルチェは違う。怖がるどころかいつだって俺のそばにいてくれて、ためらいもなく好きだと言ってくれる。最強の殺し文句だった。

 真っ赤な顔を隠すように顔をそらす。沈黙の中、答えはもう決まっていた。

「……アシルだ。名前ぐらい覚えて欲しい。その、一緒に働くなら」

 チラリと横目で見れば、ファルチェはニマッと笑っていた。

「分かったよ。これからよろしくね、新人アシル君」

「美味しいもの、いっぱい食べさせてくれる?」

「もちろんだとも。さぁ、アシルの気が変わる前に隊長に挨拶に行こう」

 差し出された手を握ればぬくもりを感じて、人の手ってこんなに温かいんだと思った。ファルチェと繋いだ手を見ながら、今までの生き方がガラッと変わる予感がしてワクワクが止まらない。

 新しい日々が今、始まろうとしていた。

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こちらモンスター解体処理班! ももも @momom-

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