第6話 神解け
初めに見えたのは白色半透明の何本もの触手だった。一本、一本が何メートルもあり、ゆらゆら揺れていると思えば、いきなりこちらに向かって襲いかかってきた。
予想外の事態に呆けていた俺を腕で抱え込むとファルチェは軽々と飛んだ。
「ボーッとしていたら食われるぞ!」
「何あのでっかいの!?」
「ムドムドの脳に寄生していたあの虫たちの恋焦がれるお相手さ。さぁ、女王のおでましだ!」
海から巨体が現れた。ブヨブヨとして形が定まらず色は半透明。お椀がひっくり返ったような姿はクラゲに似ている。
視界におさまらないその大きさは超大型モンスターに分類されるだろう。
彼女は円形の体から生えた何十本もの触手を使い砂浜に転がったムドムドの頭を抱えると、体の中心をぱかりと開き、中へとおさめた。
「ムドムドの頭を虫ごと食べた!?」
「違う、交尾だ。地上で孵化したオスたちは、血肉を彼女に捧げるために宿主に取り憑き海へと向かわせたんだ。それが彼らの女王に対する求愛行動なのさ」
「どうしてわざわざオスは地上へ行くのさ。海のモンスターでよくない?」
「さてね。海では決して見つからない味をグルメな女王がエンゲージリングとして求めたからじゃない?」
「なるほど。海に住まう女王のため、地上を探索する求愛者たちと思うとロマンかも」
「君、このグロテスクな光景を見てそう言えるなんて案外肝っ玉だな。彼らの受精卵がばら撒かれると厄介だ。本来いないはずのモンスターがあたりを右往左往して生態系がめちゃめちゃになる。ここで仕留めるぞ!」
「俺は何をしたらいい?」
「後で報告書に必要そうな記録をつけて欲しい。時系列順に事細かく頼むよ! 応援がきたら状況説明もお願いね!」
ファルチェは筆記用具と紙をこちらに投げて寄越すと、周囲の人間に向け大声をあげて檄を飛ばし、冷静さを欠いた集団をあっという間に立て直すと女王クラゲへと向かっていった。
足手まといは危ないから離れて見てろ、ということだろう。初心者たるもの、己の力量の見極めは必要だ。頭では分かっているが、心ではどこか割り切れない気持ちがある。首輪をぎゅっと握る。これがなければ彼の隣にいられたのだろうかと思わずにはいられなかった。
戦いは乱戦状態になっていた。解体班やハンターたちも混じり、攻防を繰り広げている。さすがプロ集団なだけあり、初めて共闘する間柄とは思えないほどの連携ぶりだ。なんと言ってもファルチェのカバー力だ。常に全員の動きを把握しており、ピンチになりそうな者がいたらすぐに助け、逃げる隙を与える。と思えば、鳥のように空を舞い、その両鎌で触手を切り取り女王クラゲに手痛い一撃を与えていた。
一方、受精を終えた女王クラゲの動きは段々と鈍くなっていた。確かに体は大きく、その触手の威力は相当なものだが、当たらなければどうってことなく、一本ずつ触手を切り取られていく。動きだけ見ればムドムドの方がよっぽど強敵だった。
「〝
フォルチェの一撃により最後の触手は刈り取られ、女王クラゲはだるまと化した。そして続く一閃でファルチェが本体へ切り込もうとしたその時だ。
女王クラゲはキュッと身を縮めた。ファルチェの顔に困惑が浮かぶ。そして次の瞬間、その巨体が弾け飛んだ。
周辺へと破片が降り注ぐ。女王クラゲの体は半分近くなくなっていた。近くに落ちた断片を見るとキラキラと輝き丸い形をしている。中は透明の液体で満たされており、白く小さな無数の虫が泳いでいた。怖気だった。死に際、女王クラゲは卵を一帯にばら撒いたのだ。早くどうにかしないとまずい。踏み潰せばいいのかと混乱しているうちに、卵が割れて中身がこぼれた。生まれたばかりの虫たちは地面を這って散っていった。
「ファルチェ! これ全部卵だ! もう孵化している!!」
「何だって!? いくらなんでも受精から孵化まで早すぎるだろう!! これだから常識度外視のモンスターは嫌なんだよ!! 一匹や二匹は倒せてもすべては無理だ。取り逃がした奴らが成長したら相当厄介だぞ! こうなった以上、ここ一帯を燃やすしかないのか」
ファルチェの顔に苦痛が浮かぶ。この草原や木立に隠れた小さな虫をすべて倒すためにはその手段しかない。けれどそれは、他の生き物たちの棲家を奪う行為でもある。人間よりもより自然に近い彼ら半獣人にとって、自ら炎を放つ行為は耐え難いことに違いない。
「ファルチェ。君の武器でこの首輪を斬れない?」
ファルチェは眉を上げた。
「斬ると、どうなる?」
「親兄弟から絶対使うなって言われてきた力が使えるようになる」
「へぇ……! 面白そう。分かった、目を閉じてじっとしていて!」
言われた通りにするとヒュンと風切り音が顔を通り過ぎていき、首の圧が消えた。たちまち、拘束によって抑えつけられていた力が体中から噴き出ていく。心臓がドクドクと鼓動を鳴らす。髪がふわりと浮かぶ。目を閉じていてもバチバチと体が帯電していくのが分かる。その音はどんどん大きくなっていき周囲の音が遠ざかっていく。
癒しを生業とする穏やかな一族に生まれ、この攻撃的な力から幼い頃から周囲から恐れられていた。誰かを傷つけないよう首輪をつけられ、制御するよう躾けられて来た。
でも心の中では、この身に宿る力をぶつけられる相手を求めていた。抑えなくていい。思いっきり発散させていい。そう思うと体が歓喜で震えた。
さぁ、やりたいようにやろうと思った時――父の、母の、俺を見て怖がる目が浮かんだ。ぎゅっと心臓が鷲掴みにされる。本当にやっていいのか。取り返しのつかないことにならないか。心に生まれた動揺により力が徐々に乱れていく。
「大丈夫だ、君ならやれる。行け、ありったけをぶつけるんだ!」
ファルチェの声に背をおされ、すっと平静を取り戻し目を見開く。
標的は大地に散った無数の虫。彼ら目掛けてその力を放った。
「〝
大音響とともに大地も視界も黄金色に包まれていく。
自らが発した衝撃波で吹き飛ばされて、危うく地面に激突しそうになったところをファルチェに抱き止められる。ホッとしたのと意識を失ったのは同時のことだった。
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