第7話 太陽と月

 気づけば日は完全に落ちていた。田舎から見る星は綺麗だった。夏の大三角形が一際輝いて見えるのが不思議で、祝福されているような気にさえなる。

 大きな荷物を下ろした気分だった。ずっと1人で抱えて歩いていかなくてはならないと思っていたものを、光輝は一緒に支えてくれた。私よりも小さな身体で、逞しい腕で。

 ありがとうと言って体を離すと、光輝は笑う。そうしていると、一瞬が永遠のように感じて目が離せなくなる。しかし、私たちに残された時間は僅かだった。

 今日が最後だね、とか

 これからも元気でね、とか

 別れに相応しい言葉は沢山あるけど、そのすべてを今の私には選べなかった。

 しかし光輝は違う。いつも前だけを見て、私なんかよりもずっとずっと先を走り続けている。見ていて苦しくなるようなひたむきさが眩しくて、それでいてどこか違和感を拭い切れない。別れに無頓着なのは、大きな傷を負っている証だった。


「光輝はない?辛くて、苦しくて、もうどうしようもなくなるとき」


 光輝は少し逡巡したようだった。それを打ち明けられるほど、今の私は光輝にとって大きな存在ではないのかもしれない。でも、それでも助けたかった。初めて会った時から、私は光輝のを見たことがないから。


「やっぱ、千夏にはバレとるよな。」


「うん、話して欲しい。私のわがままだと思って」


「ふふ。千夏は優しいから、ショック受けるかもしれんと思って、ずっと言わんかった。

 …っていうのも、実は話すのが怖かっただけかもしれんけど」


「いいよ、何があっても、絶対大丈夫。」


「…俺が5歳のとき、父ちゃんが交通事故で亡くなった。母ちゃんは死ぬほど泣いてて、俺はまだあんましよう分かっとらんくて。父ちゃんが居らんくなったって、誰よりもかっこいい父ちゃんとはもう一生話せんって、気付いたのは葬式からしばらくしてからやった。」


 母ちゃんに、父ちゃんは?いつ帰ってくんの?って何回も聞いて、そしたら母ちゃんは俺を抱きしめて、“ごめん、父ちゃんはもう居らんねん。ごめんな、光輝。”

 そう言っていつも泣いとった。それでやっと、ああ、そうか。父ちゃんはもうこの世に居らんのかってわかって。そしたらやっと悲しくて、母ちゃんとずっと泣いとった。

 あん時は大阪に住んどったから周りに友達もいっぱい居ったけど、俺はしばらく家から出たくなくて。夜になると父ちゃんが帰ってくる気がして、ずっと玄関で待っとったこともあった。

 たぶん、そんな俺を見てるのが、母ちゃんは辛かったんやと思う。

 ある日急に知らん男連れて帰ってきて、“今日からこの人が光輝の新しい父ちゃんや”言われて。俺は受け入れられるほど大人やなかったから、新しい男とは上手くいかんかった。そしたらだんだん母ちゃんが怒りっぽくなっていって、俺に怒鳴ることも日常になっていった。

 俺が小学校入学するタイミングで、母ちゃんはその男と生きていくことを決めた。俺はこの田舎にあった親戚の家に引き取られて、母ちゃんはどっか遠くに引っ越してった。

 今もどこにおるかは知らん。


「俺は父ちゃんによく似とる。顔も、声も、雰囲気も、成長するほど父ちゃんによく似ていった。それ見んの、母ちゃん辛かったんちゃうかな。」


 打ち明けられた過去は、想像していたよりもずっと苦しいものだった。でも、すべてを受け入れて、こうして打ち明けることができるようになるほど、光輝は1人でずっと戦ってきたんだと思う。それがどれほど辛く、途方もないことなのか、到底推し量ることは出来ないけど、やっぱり光輝は強い人だと思う。


「辛かったねって、抱きしめてくれる人が、光輝には居た?」


「…うん、ここに来て、せんばぁちゃんに会って、俺は救われた。千夏に出会えたのも、運命やったんかもしれんな。」


 すっきりとした笑顔を見せた光輝は、今までの真夏の太陽のような眩しさはないが、夜空を照らす月のような輝きがあった。

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太陽と月 蒼井ハル @a_o_i

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