第6話 “私”を見て

 長い沈黙が落ちる。とてつもなく重く、苦しいその空気は到底耐えられるものではなくて。私が逃げるように立ち上がったその時。


「うん、何となく知っとったよ」


 そうやってまた、光輝は笑ってみせたのだ。


「知ってたって…いつから?」


「初めて千夏に会った時は、えらい綺麗な男の子やなと思ってた。けど、話す雰囲気とか、話し方とか、何となく女の子に近いなぁって思ったら、なんか納得したというか。俺とか近所のみんなと雰囲気違うんは、そういうことかって勝手に思っとった。でも千夏が喋んの嫌そうやったから俺はずっと黙っとった。こっちこそ、騙してたみたいになってごめん。」


 頭を下げた光輝は、相変わらず真っ直ぐな目で私を見ていた。それは、偏見や悪意など微塵もなく、ただただ“私”を見てくれる目だった。


「気持ち悪いとか、思わないの?」


「思うわけないやろ!どうであれ、千夏は大事な友達やってことに変わりはないんやし。男でも女でも関係ない。千夏は千夏やろ?」


『自信もって生きなさい。あんたはあんた。いつまでもずっとばぁばの大事なちーちゃんや。』


 唯一私を認めてくれる人の言葉を思い出した。世界一優しくて、人のために全力を尽くすことを厭わないような、そんな人。光輝は私を認めてくれた。どこにも居場所のないこの世界で、ばぁばと同じように。

 約六畳の世界から引きずり出されて、真夏の太陽にジリジリと焼かれ尽くすような気分に疲弊していた。このまま焼かれて、溶けて、私は世界からなかったものとされるんじゃないかと。そんな恐怖がいつも私の心に巣食っていた。だから引きこもった。焼かれないように、溶けて消えてしまわないように。

 光輝の言葉は、笑顔は、まるで魔法のようで。凍りついた私の心を温かく溶かし、立ち込めていた靄を一瞬で消し飛ばし、私を明るく照らしてくれた。


「…ありがとう。ほんとに、ありがとう…」


 嗚咽の混じる声でそう言うと、光輝は立ち上がり、私の手を優しく握った。私と同じくらいの大きさの手。私は、自分の体型がどんどん男らしくなっていくのを見るのが苦しくて苦しくてたまらなかった。父も兄も身長が高かったので、自分だけはそうでないことを願ったが、私の想いは虚しく、こうして立派に育ってしまった。

 それからはずっと、背を丸めて生きてきた。小さく華奢で、守ってやりたくなるような女の子になりたくて。外に出ないので肌は白かった。筋肉がなく手足も細かった。しかし、自分が男であるという事実は、なにより自分の体が表していた。

 自分を認められないのは辛い。もういっそ男として生きていこうと思ったことも一度や二度ではない。でもダメだった。私は、神に願うほど“女の子”になりたかったのだ。


「泣きたいなら泣けばええ。辛い時はな、友達を頼るもんなんやで。」


「っ、うん、うん…」


 黄昏時

 全てが綯い交ぜになり、あやふやになるとき。

 太陽のような青年に肩を借り、大きな体躯を震わせて泣くひとりの少女が、そこには居た。

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