第5話 告白と謝罪

 それから私は毎日、太陽が西に沈むころあの川辺に行くようになった。

 そこにはいつも光輝が居て、なんでもない会話をする。友達なんて居なかったからなんだか新鮮でむず痒かった。でも、光輝がパーソナルスペースの狭い人間だったこともあり、私が心を開くまでにそう時間はかからなかった。


 私が東京に帰る日の前日。やけに夕日が綺麗な日だった。その日も私は光輝に会いに行った。川辺に着くと、光輝は足元だけ川に入って立っていた。ちょうど川の上流に西日があり、そこはさながら天国のように美しく、しばらく見とれてしまった。

 そんな私に気づいたのか、光輝はこちらに手を振った。


「珍しいね、川に入ってるなんて」


「今日は特段暑かったからな。千夏来るまで涼もう思って」


「そっか」


 光輝はいつもの場所に腰を下ろし、私もいつものように隣にしゃがむ。

 この1ヶ月で、光輝のことは何となくわかった。現在隣町の高校に通ってる高校2年生で、部活には入らず町の人々を手伝うバイトをしているらしい。友達に遊びに誘われたりはするけど、近所の子供たちと遊ぶ方が優先らしく、世間の流行には疎いんだと言っていた。

 聞けばだいたい答えてくれるし、自分のこともよく話してくれるけど、家族のことについては話したくなさそうだった。1度だけ聞いた時には『家族は大好きや。』とだけ答えたきり話題を変えられてしまった。たぶん、光輝の唯一の触れられたくないこと。


「今日さ、千夏に聞きたいこと思い出してん。」


「うん、なに?」


「いや、なんか別になんでもないことなんやけど。人の名前の由来聞くの、なんか俺好きやねん。やから千夏のはなんやろって、気になって」


「ああ、名前ね。いいけど、たぶん面白くないよ?」


「ほんまに?ええよ、面白くなくても」


「…夏に生まれたから、千夏。安易だと思わない?しかも笑っちゃうよね。見ての通り、育った子は夏とは対極にいるような陰湿な人間だよ」


 改めて口に出すとなんだか笑えるほど悲しくて、嘲笑が漏れる。クスリともしない光輝に内心焦りながら、名前の由来なんか言わなきゃ良かったと後悔し始めたとき。


「そうかなぁ。」


「え?」


「いや、夏に生まれたからっていうのは頷ける。兄ちゃんも春生まれで春輝やろ?千夏のお父ちゃんとお母ちゃんはその季節のような大きい人間になって欲しかったんとちゃうかな。」


「…でもどっちにしろ、兄ちゃんは名前の通り、春のように穏やかで輝くような人に育ったけど、わ、たしは…」


「千夏ってさ、色々意味あるよな。夏の夜空の千の星みたいに輝いて欲しいとか、千回夏を迎えられるような活発な子に育って欲しいとか。千夏は、千夏の瞳は、千回の夏を詰め込んだみたいにキラキラしとるから、この名前にピッタリやな。」


「千回の夏を、詰め込んだ…」


「せや。初めて会うたときからずっと、千夏の瞳は真夏の太陽みたいで綺麗やと思っとった。」


「え…と…ありがとう。でも、やっぱりそれはわたしには似合わないよ。」


「え?」


 千回の夏を詰め込んだみたいだとか、真夏の太陽みたいだとか、そんなの私とは真逆のもののはずだ。だって、私は誰よりも日陰で生きていかなきゃいけないような人間で。

 それは、つまり


「私はさ、見た目は男だけど、中身は…心は女の子なんだ。…ごめん。騙したかったわけじゃないの。でもやっぱり、こんなにも優しい光輝をこれ以上謀ることなんてできない。」


 開きすぎた心の扉は、ずっとずっと私自身を守ってきた壁すらも壊してしまうほど“外”を受け入れすぎてしまったみたいだ。

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