神の涙

柊三冬

第1話

神社があった。規模の大きなものでは無い。村の安全と豊作を願い、神を祀っている小さな神社。山の麓に立てられ、何百年と村を見守る神社は朝から降り続いた雨によって幻想的な雰囲気を漂わせている。


そんな古く歴史を感じさせる神社には、2つの人影があった。片方は青年、片方は少女。片方はこの神社を建てた村の者で、片方はこの神社が大好きな不思議な者。あぁ、神社を建てた者がこの神社を嫌っている訳では無い。無邪気に虫取りを楽しむ子供と、趣味で昆虫の標本作りをする大人とで虫に対する思い入れが違うように、この不思議な者が周りと比べてこの神社への思い入れが一段と強いのだ。


神社を建てた村の者である片方の青年は、そんな不思議な少女と仲良さげに話をしていた。


「久しぶり」


「やっと来てくれたのね」


「ごめんごめん、ちょっと色々あってさ」


拗ねたような態度をする少女に、青年は優しい笑みを浮かべて答えを返す。

降り注ぐ雨で着物が濡れないよう、2人で番傘を片手に雨の当たりにくい社の裏に移動する。雨の日はいつもこの場所で話をするのが決まりだった。


───カラン、コロン


石畳の上を歩くたび、履いている下駄の音が木霊する。深い緑の柄のない着物を纏っている15ほどの青年は、これ以上にないほどこの空間に似合っていた。

自分で持つ番傘の持ち手をいじって遊びながら、その後ろを同じ歳の少女が追う。すぐに社の裏へと着き、腰を下ろしてから彼らは他愛ない話を続けた。

村の花が咲いて綺麗だったとか、畑で美味しい野菜が取れたとか、子供の相手をして怪我をしただとか。境内で白い蛇を見かけてお祈りしただとか、鳥居に2羽の鳩が中睦まじげに止まっていて少し羨ましかったりだとか。知って何も無い話なのに───だからこそ、二人の間には形容しがたい心地のよい空気が流れ、時が緩やかに過ぎていた。


「知ってる?雨ってさ、神様の涙なんだって」


ふと、少女が口にする。


「へぇ、そんな話があるんだね。じゃあこんなにも土砂降りなら失恋でもしたのかな?」


それに対し、青年がそう返せばその場に笑い声が満ちた。

信憑性が皆無で子供騙しだと思われるようなものでも、彼らが話せば美しい逸話に早変わりする。

朝から降り続くこの雨は、止むどころか先程より強くなっているように見えた。


───ザーッ


雨音が心地よい音を立て、いつまでもその場に留まっていたいと願わずには居られないほど穏やかで平穏な空間を作り上げる。

だが、緩やかに感じられた時の流れも、緩やかであっても時が流れているがために時間は過ぎてゆき、当たりが夕焼けに染まり始める別れの時間がやってきた。


少女は寂しそうな顔をして青年を見つめる。


「じゃあ、また今度ね」


隠しきれない寂しさが声にのり、少女は青年に別れを告げた。


「これ、あげる」


すると、急に何かを取りだしたかと思えば、少女の差し出した両手のひらに重みが伝わった。青年が手をのかせば、そこにあったのは1本の美しい簪だった。

驚いた少女が青年の顔を見ると、彼は顔を背けて首に手を当てている。その耳は、僅かながらも赤く染っているように見えた。


「なくすなよ」


「当たり前じゃん……ありがと…………」


喜びを噛みしめつつ少女は消え入るほど弱々しい声でそういった。

青年はその様子を見て満面の笑みを浮かべ、


「近いうちにまたくる」


そう言って神社の鳥居をくぐった。

もう雨は降っていなかった。




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神の涙 柊三冬 @3huyu

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