花を見に行く(地底に咲いた花)

帆尊歩

第1話  花を見に行く

「花を見てみたいんだけれど」と砂羽が言う。

「何、花って」と僕が尋ねる。

すると幼なじみの砂羽がボロボロの紙の塊を開いて見せた。

そこには古ぼけた写真があり、原色の薄い物が折り重なった物体が写っていた。

「これは何」その写真が花かどうか以前に、この紙の塊が分からなかった。

「辞典っていうらしいよ」

「辞典?」

「いろんな物を検索する物らしい」

「検索?端末じゃなくて」

「昔は紙だったんだろうね」

「へー」と僕は持っている端末に、「はな」と入れてみた。

検索不可のエラーメッセージがでた。

「この辞典どこにあったの」

「学校の図書室の書庫の奥に隠し扉があって、その中にあった」

「これって、やばい物か」

「やばいって?」

「だって隠されていたんだろ」

「隠されていたというか」

そのとき僕の端末にメールが入った。

開けると優しい感じで。

(ただ今「はな」と検索されましたが。その言葉はどこでごらんになったのでしょう)

僕はその文面の画面を砂羽に見せた。

「嘘。今よね」

「やっぱり、やばいのかな」と言って僕は即座に返信をする。

(申し訳ありません。誤入力で意味不明な文字を入力してしまいました)

(それならけっこうです)

それからこの図鑑に関しては、僕と砂羽の二人だけの秘密になった。

その図鑑には知らない言葉が大量に書かれていた。

例えば太陽。

月。

空。

海。

昼の太陽、夜の星。

昼も、夜も時間だけの枠組みで、そこにつなげる言葉は存在しない。

例えば空の説明

頭上広がる空間。

頭上の空間とは天井までの空間だ。

でもそれを空と呼んだことはない。

太陽ってなんだ。

僕は砂羽と天井までの空間を見て言った。

どうも地表という物があり、その上に空という物が広がり、さらにその上に星や太陽、月という物があるらしいという事が分かった。

ではここは?


放課後、何ヶ月もかけて辞典を見て行くと、様々なことが分かってくる。

ここは地下で、このはるか上に地表という物があるらしい。

そして、そこには植物という物が育つ、ということが分かった。

そして花はその一種類。

ではその地表に出る事は出来ないのか。

「はな」と検索しただけでメールが来るのだ、地表に出るにはどうしたらいい、なんて検索したらとんでもない事になりそうだ。

とりあえず、花を見るにはどうしたら良いかこの辞典で調べる。

そこから導き出した答えは、いま植物は、食料用の水耕栽培の野菜だ。

花が植物であるなら、そこにしか手がかりがない


僕と砂羽は食料プラントを見て回った。

あちらこちらにあるプラントは、社会科見学に行くくらいだから見に行くことは出来る。

でも一つだけ立ち入り禁止のプラントがあった。

入り口の前に立ち、

「どうする」と僕は言った。

「行こう」

「いや、やばくない」

でも砂羽に押し切られる形で、中に入って行った。

水耕栽培の野菜が大量に作られていた。

でもその一つに花が咲いている。

「花だ」と砂羽が言う。

「綺麗、これが花なんだ」と砂羽は言うけれど、それはまだ開きかけの状態だった。

辞典に載っていた花はもっと広がっていた。

でも、何とそのプラントの植物に、大量のおそらく花になるだろうつぼみがついている。

「これが開いたら」砂羽は言葉にならない。

「これって。あと何日かすると、ここは花が咲き乱れるという事か」

「見てみたい」と砂羽が口走る。

僕の中で危険信号が光る。

僕らは慌ててプラントを後にした。

何だか見てはならない物を見たような感じだった。


数日後、僕は砂羽に尋ねた。

「なぜ花を見てはいけないのかな」

「地上に行ってはいけないからじゃない」

「なんで花を見ると地上」

「私は、花が地上に育つことを知って、地上で花を咲かせてみたいと思った。もし地上に出てはいけない理由があったとしたら」

「たとえば」

「地上では人は住むことが出来ないとか」

「だから花の存在を隠したって」

「うん」

「そんな考えすぎだよ」

「でもあのつぼみが、みんな開いたところを見てみたいな。綺麗だろうな」と砂羽が言う。

「オイオイ。危ないことを考えるんじゃないよ」

「うん」


でも。それから何日かして、砂羽がいなくなった。

と言うか砂羽の痕跡がなくなった。

教室にも砂羽なんて女の子は、初めから存在していなかったかのように。

まさかと僕は思った。

砂羽は花を見に行ってしまったのか。

僕は砂羽のユニットブースに行ってみた。

本来は人のユニットブースを訪問することは禁止されているが、そこまで厳しくない。

そこには、うちもそうだけれど砂羽とは似ても似つかない登録上の親が出てきたが、砂羽なんて娘は知らないし、そんなユニット登録もないという。


砂羽は完全にいなくなってしまった。

僕は思う。

砂羽は咲き乱れる花を、見ることが出来たのだろうか、あんなに見たがっていたのに。

僕は図書室の図鑑を元の場所に戻して、親という名前の、登録上の同居人に行って来ますと言い、ユニットブースを出る。

そして何事もなかったかのように暮らしている。


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花を見に行く(地底に咲いた花) 帆尊歩 @hosonayumu

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