書籍版発売記念SS 法皇国のとあるパーティー
神聖ユミエ法皇国。
色々あって、なぜか俺の名前が国名に刻まれるなんていう羞恥プレイをやらされることになったこの国で、俺は“法皇”兼“聖女”なんて二つの称号を付けられてしまった。
まあ所詮はお飾りで、実務はほとんど他の人達がやってくれてるんだけど……当然というべきか、お飾りにはお飾りなりの仕事がある。
具体的には、旧ベゼルウス帝国貴族と、俺の故郷であるオルトリア王国貴族との間を取り持つための、社交パーティーへの出席だ。
「ユミエさん、会いたかったですわ!」
「モニカさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そんなパーティーの場で、俺は挨拶もそこそこにモニカに捕まり、抱きしめられていた。
お互いにお役目があって忙しかったから、本当に久しぶりだ。嬉しくてぎゅっと抱き返すと、モニカの表情が嬉しそうに綻ぶ。
「私も、ユミエさんのお元気そうな顔が見られて嬉しいですわ。変わりありませんか? 気候はオルトリアと近いですが、食文化などは違いますし、体調を崩されたりなどは……」
「大丈夫ですよ、心配してくれてありがとうございます」
「なら良かったですわ」
俺が元気さをアピールするように胸をドンと叩くと、モニカは優しく微笑みを返してくれる。
ちょっと合わない間に、モニカも随分と大人びた感じがするな……元々、見た目だけならかなり色っぽかったんだけど、まだまだ背伸びしている感じが抜けてなかったのに、今やすっかり貴族としての所作が板についてる。
俺も負けてられないな、と素直に思った。
「セオはどうしたんですの? あの子なら、常時ユミエさんに引っ付いていそうなものですが」
「セオは今、私の従者になるためのお勉強中です。流石に、私のお友達だという理由だけで、あまり優遇し過ぎるわけにもいきませんし……セオもそうしたいと言っていたので」
「ふふっ、『それでユミエの役に立てるなら……頑張る……!』と言っている姿が目に浮かぶようですわね」
「あはは、大正解です」
一字一句変わらないモニカの想像に、俺は思わず噴き出した。
そのまま、俺達はしばしの間、二人でお喋りを楽しんだ。
挨拶回りも大事だし、あまり長話は良くないかとも思ったんだけど……モニカだってオルトリア王国の重鎮の娘だ、むしろ好機とばかりに纏めて挨拶しに来る人も多くて、結果としては二人で一緒にいて正解だったかもしれない。
「っと……すみません、モニカさん。少し外しますね」
「はい、行ってらっしゃいまし」
トイレに行きたいな、と思ってぼかして伝えると、瞬時に意図を汲み取ってくれたモニカに快く送り出される。
ありがたいと思いながら会場を後にし、トイレに向かったんだが……広すぎて、迷った。
「うぐぐ、まだこのお城での生活に慣れていないのが裏目に……誰かに案内を頼むべきだった……」
何とかトイレに辿り着くことは出来たんだが、あまりにもぐるぐる回りながら運良く見付けたって感じだったから、帰り道が分からない。
フラフラと、朧気な記憶を頼りに会場を目指していると……ふと、声が聞こえてきた。
「────」
「────」
「良かった、これで帰り道を聞ける……」
そう思い、早足で声がする方に向かうんだけど……近付くごとに、おや? と違和感に気付かされる。
いや、違和感というか……これ、言い争ってる声では?
「どうしてあなたのような下賎の民がここにいるんですか? ここは栄えある皇宮の中、選ばれし貴族しか足を踏み入れてはいけない聖域ですよ!」
「じ、自分は、ただ新たな皇帝……法皇陛下に呼ばれてここに来ただけで……」
「嘘おっしゃい! ユミエ様があなたのような人間を呼ぶはずがありません!」
場所は、皇宮内にあるちょっとした中庭。ここには来たことがあるから、もう人に聞かなくても道が分かるな。
そんな場所に、ひょっこりと顔を覗かせると、見るからに高貴そうなお嬢様が、お兄様くらいの年頃の少年を詰問しているところだった。
確か、お嬢様の方は旧ベゼルウス帝国でかなり歴史のある名家、レラート伯爵家のご令嬢、エイン様だったかな?
少年の方は、誰だったかが俺の絵画を皇宮に飾る! とか言い出して、それならと帝国軍の野戦病院で見かけた絵の上手な兵士さんを俺が紹介したんだったな。
どうやら、あの男の子がここに不法侵入したと思い込んでいるらしい。
……俺の何気ない発言が切っ掛けみたいだし、見て見ぬふりは出来ないな。
「お待ちください、エイン様」
「っ……!! こ、これはこれは、ユミエ様。お見苦しいところをお見せしましたわ」
おほほほ、と誤魔化すように笑いながら、レラート嬢が俺の方に擦り寄ってくる。
そして、少年を睨み付けた。
「あなたは、いつまでそこにいるのですか!? 早くユミエ様の御前から……」
「いいえ、大丈夫です。この方は私が呼んだのですから」
なっ……と絶句するエインを余所に、俺は少年の前まで進み出る。
その場に座り込み、怯えるように身を縮こまらせていた少年と目を合わせると、出来るだけ安心させるように笑いかけ……その顔を、優しく胸に抱いた。
「すみませんでした、私の我儘のせいで、怖い目に遭わせてしまいましたね。謝罪いたします」
「っ……!? い、いえっ、自分など!! 新たに法皇となられたユミエ様に、そのようなことを言われる身分では……!! それに、こんな……あなた様は、私に触れるべきでは……!!」
「それでもです。本当にすみませんでした」
もう一度、少年と目を合わせる。
少し刺激が強かったのか、真っ赤に茹で上がったその顔に微笑みかけ、最後に伝えるべき一言を添えた。
「それから。あなたの絵は、とても素敵でしたよ、もっと自信を持ってください。ありがとうございました」
「っ……!! きょ、恐縮……!!」
なんだか、俺が来る前よりも更に小さくなっている気がするけど、それはまあ気にしないでおこう。
「さてと……エイン様」
「な、何ですか……私は、私は何も間違ったことなど言っておりませんわよ!? その方は戦闘奴隷、この国の市民権すら持たぬ下賎の民です! それを……」
「落ち着いてください。私はあなたを責めているわけではありません」
えっ? と、エインが意外そうな顔をする。
話の流れから、怒られるとでも思ったんだろう。そんな彼女の手を引いて、俺は皇宮の中へと促した。
「ついてきてください。見せたいものがあります」
あなたも、と絵描きの少年にも呼び掛けて、俺は建物の中を進む。
やがて辿り着いたのは、パーティー会場へ向かう道の途中にデカデカと飾られた、俺の姿絵だった。
「どうでしょう? すごい絵だと思いませんか?」
ハッキリ言って、美化し過ぎだった。
いや、俺自身自分が可愛いとは思ってるけど、そこに描かれているのは単に可愛い女の子ではなく、美の女神がそこに舞い降りたかのような、神々しさと神聖さを感じる絵だった。
エインも、一度はそれを目にしているんだろう。すっかり言葉を失くしている。
「たとえ奴隷の身分であっても、人は時に素晴らしい才能の種を持っています。それは身分に関係なく、尊いものです」
「っ……ユミエ様は、貴族が奴隷に劣ると言いたいのですか」
「違いますよ。私は言いましたよね、“才能の種”と。種は、正しい場所に植え、誰かが水をあげて育てなければ、花を咲かせることは出来ないのです」
ですから、と俺はエインの手を取って、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「誰もが見落としている種を拾い、育て上げることもまた、貴族として生まれた私達の、大切な役割ではないでしょうか? ……大丈夫です、あなたが手塩にかけて育てた花の美しさは、決してその花だけのものではありません。共に力を合わせたあなた自身も、美しく彩ってくれるはずです」
この絵のように、と俺はもう一度彼の描いた絵を見上げる。
正直恥ずかしいけど、これを見て俺を下賎だと見下す人間はいまい。実際、パーティーでも大好評だったしな。
「エイン様も、一緒に探しませんか? この世に二つとない、私達だけの花の種を。エイン様なら、きっと出来ます」
「ユミエ……様……」
ポロポロと、エインが涙を流す。
想像していたよりも大分激しい反応に驚く俺の手をぎゅっと握り返し、震える声で言った。
「ありがとう、ございます……ユミエ様のお言葉、深く胸に刻みました……」
「それは良かったです。あ、私もそろそろ戻らないといけないので……またお会いしましょう、エイン様。あなたも、また後で」
二人に手を振って、俺は会場に戻る。
すると、なぜか入口のすぐ傍で待っていたモニカが、俺に飲み物が入ったグラスを差し出した。
「ユミエさん、やっぱり流石ですわね。絵描きの子を救うだけでなく、レラート家の令嬢の意識までもをこの短時間で変えてしまうなんて、そうそう出来ることではありませんわ。特にレラート家は、歴史ばかりで他に誇るものなどないと、近年この国では下に見られがちだったそうですから……ユミエさんの言葉は、彼女によく響いたでしょう」
なるほど、あの令嬢にはそんな事情があったのか。
新しい国、新しい人が次々に現れ、自分の立場が追い落とされると不安に駆られていたのかもしれない。
……しかし、だ。
「いつから見ていたんですか? モニカさん」
「ユミエさんが中庭に現れたあたりです。ユミエさんの帰りが遅いので、心配になりまして」
「そうだったんですか……心配かけてすみません」
「いいんですわ、良いものも見れましたし」
「むうぅ……」
最初から見られていたと思うと、なんだか恥ずかしくなってきた。
誤魔化すようにグラスを傾ける俺に、モニカはくすりと微笑んだ。
「あのご令嬢を見ていると、昔の私を思い出しますわ。世間もロクに知らず、貴族としてのプライドばかりが大きくなっていた、高慢な私を」
「……モニカさんにも、そんな時期があったんですか?」
「変えてくださったのはユミエさんですのに、何を言ってますの?」
えっ、と固まる俺に、モニカは益々楽しげに笑う。
正直、俺の記憶にモニカがプライドだけの高慢ちきな性格だった時期はないんだよね。だって……。
「モニカさんは、最初から優しかったですよ? 初めて会ったあの時も、モニカさんの方から話しかけてくれて、すごく嬉しかったですから」
俺がモニカと初めて出会った、俺の誕生日パーティーの日。
婚外子の俺が、貴族だらけの空間に上手く馴染めるか不安でなかったといえば嘘になる。
そんな俺に話し掛けてくれたのが、モニカだった。
「だから私にとっては、今も昔も、モニカさんはとっても優しい理想のお嬢様で、私の憧れですよ。大好きです」
えへへ、と微笑む俺とは裏腹に、モニカはスッと表情を消す。
えっ、なんで? と戸惑っていると……モニカは、そのまま俺を抱き締めて来た。
「モ、モニカさん?」
「本当に、ユミエさんはズルいですわ。そんな風に言われたら、益々好きになってしまうではありませんの」
まるでもう離さないと言わんばかりに、モニカの腕の力が強くなる。
そして、どこか拗ねたような口調で文句を言ってきた。
「その癖、ちょっと目を離した隙にすぐ浮気するんですもの。私は一体、どれだけのライバルと竸わなければなりませんの?」
「浮気!? いえ、そもそも、ライバルって何のことですか!?」
モニカは以前、俺をお嫁さんにすると宣言してきた。
その答えはまだ出してないし、シグートからも同じように言われてるから、普通に考えたらシグートのことなんだけど、今のはちょっと違う気がする。
「そういうところがダメなんですわ。男女二人も籠絡しておいて、その自覚すらないんですもの」
「してませんよ!? ただ言うべきだと思ったことを言っただけです!」
「その言うべきことが、いちいち心に刺さるんですもの、そうなって当然ですわ。やれやれ、この調子だと、世界中全ての人間を堕としてしまいそうですわね」
無理に決まってるでしょ!? と、よっぽど叫びたかった。
けれど、それより早く俺の口を指で塞いだモニカは、悪戯っぽく微笑んだ。
「まあ……私も、シグートも、他の皆さんも……そういうところが、好きになったんですけどもね?」
そう言って離れたモニカは、すぐに背を向けて会場の中へ向かう。
そして、呆然とする俺に顔だけで振り向いて、言った。
「ほら、早く行きますわよ。パーティーの主役が、お客様を待たせるものではありませんわ」
「わ、わかってます!」
微妙に納得行かない気持ちになりながらも、俺はモニカを追って今度こそ会場に戻る。
後日、絵描きの少年やエインを見かける度に、やたら熱っぽい視線を向けられるようになるんだけど……この時の俺は、まだそんな未来が来ることに半信半疑だった。
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ありがとうございました!!
転生した俺が可愛すぎるので、愛されキャラを目指してがんばります ジャジャ丸 @jajamaru
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