最終話 “可愛い”が紡いだ未来
ベゼルウス帝国改め、神聖ユミエ法皇国となったこの国の城、俺の私室となってしまった皇帝の部屋にて、俺は窓辺に肘を乗せながら一人ぼやく。
「いやぁ……本当に、どうしてこうなったんでしょうかね……」
「お嬢様だから、としか言えないのではないでしょうかね」
違った、一人じゃなかった。
振り返れば、そこにいたのは俺の専属メイドのリサがいる。
戦争に入ってから、一旦グランベル家に戻ってお母様の様子を見に行って貰ってたんだけど、無事に終戦したのでこっちに合流してくれたんだ。
今は、グレイと一緒に聖女となった俺の身の回りのお世話をしてくれてる。
「それじゃあ何の説明にもなってないですよぉ。はあ、私はグランベル領で、家族みんなで平和に過ごせればそれで良かったんですけどね」
「そういう星の下に生まれたのでしょう。諦めてください」
「リサ、もう少し慰めてくれてもいいんですよ?」
こういう場面は普通、望まぬ運命に巻き込まれた俺の悲劇に涙するところじゃないだろうか?
そう不満を露わにする俺に、リサは苦笑を漏らす。
「では、今までしてきたこと、後悔なさってますか?」
いきなり核心を突かれて、俺は面食らってしまう。
後悔してるかって、そりゃあ──
「ユミエ、いるかい?」
俺が口を開こうとしたタイミングで、部屋の外から声がかかる。
特に誤魔化す理由もないので、俺は喜んで彼を迎え入れた。
「はい、いますよ、シグート。入ってください」
やって来たのは、オルトリア王国国王、シグートだ。
この国がオルトリアの実質的な属国になったこともあって、今日執り行われる俺の戴冠式……聖女就任式典? まあとにかくそんな催しに、シグートも呼ばれたってわけ。
こうして顔を合わせるのは何ヵ月ぶりだっけって感じだし、その時も一晩顔を合わせただけで別れたから、もう随分と会ってなかったような感覚になる。
だからか、俺はシグートが扉を開けて入ってくるなり、その体に抱き着いた。
「おっと……久しぶり、ユミエ。会いたかったよ」
「私も会いたかったです、シグート。元気そうで良かったです」
前に会った時は、かなり疲れている様子だったけど、今は大分顔色が良い。
そのことを指摘すると、シグートは「参ったな」とばかりに頭を掻いた。
「ユミエにはなんでもお見通しか。戦争が終わったから、仕事がやっと一段落してね、最近はよく眠れてるんだ。これも、ユミエのお陰だよ、ありがとう」
「えへへ、シグートの役に立てたなら良かったです」
俺がそう言って微笑むと、シグートもまた微笑を浮かべ……何やらリサのアイコンタクトを送る。
それを受け取ったリサは、何かを察して部屋の外へ向かった。
「それでは、ごゆっくり」
「リサ??」
ゆっくり二人で話せってことなのは分かるけど、リサが出ていく必要あった?
首を傾げる俺の肩に、シグートが手を置く。
「ユミエ、覚えてるかな? 僕が以前、君を婚約者候補に、って言ったこと」
「あ~、ありましたね、そんなこと」
まだ、シグートと出会ってすぐの頃だ。
俺が欲しいって言い出したシグートに、お兄様が食って掛かって、それを見たシグートが笑って……本当に、懐かしいな。まだ一年くらいなのに。
「君はあの時言ったよね。婚外子でしかない自分が婚約者だなんて、僕と釣り合わないって」
「あはは、そうでしたっけ?」
「そうだよ。実際、あの時君と婚約していたら、色んなところから反対の声が上がったろうね」
確かに、あの時はナイトハルト家も健在だったし、その仲間だってたくさんいた。
そんな状態で、俺と婚約なんてしていたら……うん、俺、暗殺されてたんじゃないか?
「でも、今は違う」
「え?」
シグートの真剣な眼差しが、真っ直ぐに俺を射抜く。
王子から国王に変わったからか、その表情には以前のようなからかいの色は一切なく、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
「今の君は、オルトリアの危機を救った聖女であり、ユーフェミアとの友好の架け橋であり、更にはこの神聖ユミエ法皇国の象徴にまで登り詰めた。もはや、オルトリアの国王になった僕よりも、立場が上と言っても過言じゃない」
「……買い被り過ぎですよ。私は、みんながいたから頑張って来れただけです」
俺は、弱い。何の力もないし、特技と呼べるほどの特技もない。
それでもただ一つ誇れることがあるとすれば、とんでもなく人に恵まれていることだ。
ピンチになれば、助けに来てくれる人がいる。
辛くなれば、支えてくれる人がいる。
泣きたいほどに寂しい夜は、俺の気が済むまでぎゅっと抱き締めてくれる人がいる。
だから俺は、どんな状況でも折れることなく、ただ前だけを見て進むことが出来たんだ。
「もし、私に力があるんだとしたら、それはみんなが私にくれたものです。だから、私……っ?」
胸の内を正直に明かしていたら、シグートに思い切り抱き締められてしまう。
どうしたのかと思っていると、耳元で大きな溜め息が聞こえた。
「君は、本当に鈍いんだから……ちょっとでも遠回しになるとすぐそれだ」
「え? えーっと……?」
「はっきり言わないと分からないみたいだから、もう言っちゃうね。好きだよ、ユミエ。君のこと、愛してる」
「え……えぇ!?」
突然の告白に戸惑っていると、少し体を離したシグートと目が合った。
何度見ても、やっぱり俺をからかっているような雰囲気は微塵もない。ってことは、本気で俺を……?
「え、えっと……その……」
あまりにも誤解の余地がない告白に、俺の顔が熱くなっていく。
ユーフェミアでも何度かプロポーズはされたけど、あの時はお互いよく知りもしない相手だからなんとも思わなかった。でも、今回はシグートが相手だ。
何度も顔を合わせて、頼られて、守って貰って……時間にすればまだまだ短いけど、たくさんの経験を積み重ねてきた。
そんなシグートからの想いに、俺は咄嗟に答えを出せない。
「…………」
俺の返事を待つことなく、シグートの顔が近付いて来る。
頭が真っ白になった俺は、それを拒むこともせず、ただ高鳴る胸の鼓動を聞きながらじっとその時を待ち──そして。
「待ちなさぁぁぁぁい!!」
ドカァン!! と、派手に扉が吹き飛んだ音に驚いて、びくりと体が跳ね上がる。
振り返れば、そこにはお手上げと言わんばかりに肩を竦めるリサと……全身から炎を噴き上げんばかりに燃える、モニカの姿があった。
「シグート陛下、ふらっと現れてそのままユミエさんを奪おうなんて、そうは行きませんわ!! なぜなら!!」
俺の体をシグートから引き離したモニカは、自分のモノだと主張せんばかりに抱き締めながら、高らかに。
「ユミエさんは、私のお嫁さんになる運命なのですから!!」
そう、力強く宣言した。
って……はいぃぃぃ!?
「も、モニカさん、何を言ってるんですか!?」
まさかの告白に、益々顔が熱くなっていくのを実感しながら、俺はどうにか問いかける。
そんな俺の疑問に、モニカは堂々と答えた。
「グレイを脅……こほん、協力者に迎えたことで、ついに完成したんですわ!! ユミエさんと、女の子同士でも子供を作れる魔法を!! これで、私達の結婚を阻む倫理的課題は解決しました、今こそ私と婚約しましょう、ユミエさん!!」
「えぇぇぇぇ!?」
急展開過ぎて、何一つ理解が追い付かない。グレイまで巻き込んで何してるのこの子?
ていうか……え? モニカまで俺のこと、結婚したいほど好きってこと?
いや、俺、今はシグートから告白されたばっかで……ええ?
「待てこらお前らぁ!! ユミエは誰にも渡さないぞ、ずっとうちにいるんだからな!!」
ただでさえ混乱する俺の頭に追い討ちをかけるように、お兄様までその場に現れて状況を引っ掻き回す。
モニカから俺の体をひったくると、番犬のようにがるがると唸り始めた。
「またあなたですかニールさん!! いい加減妹離れしなさいな、いずれはユミエさんも私のところへ嫁ぐのですからね!!」
「いーや認めない!! ユミエは結婚しなくていいの!!」
ぎゃあぎゃあと、俺の耳元でいつもの言い争いを始めるお兄様とモニカ。
こういう時こそシグートが冷静に仲裁してくれれば、と期待の眼差しを送ると、心得たとばかりに頷いて──
「残念だが、僕とユミエの結婚にはリフィネも賛成しているからね。多数決で僕の勝ちだ」
俺の意思を空の彼方にぶっ飛ばす、とんでも理論を捩じ込んで来た。
いや待って、いつもの立派な王様としての威厳はどこへやったの!? お前はもっと理知的なキャラだったはずでしょシグート!!
「結婚に多数決なんてありませんわ!! 大切なのは愛ですわよ、愛!!」
「愛なら俺が誰よりもユミエを愛してるっていつも言ってるだろ!!」
どんどん収まりがつかなくなっていく大論争に、俺はつい遠い目をしてしまう。
どうしようこれ、と思っていると、これまたいつの間に部屋に入ってきたのか、セオがちょいちょいと俺の服の裾を引っ張って来た。
「ユミエ……誰と結婚してもいいけど……私のことは、ずっと傍に置いてね……?」
「……はい、ずっと一緒ですよ、セオ」
なんかもう、頭がこんがらがった俺には、いつも通り可愛いセオが癒しだ。
そう思ってセオのことを抱き締めると、その場を総括するようにシグートが手を叩いた。
「仕方ない、この話はまた後にしよう。今日はユミエの晴れ舞台だしね」
「そうですわね、今はユミエさんの聖女就任を祝う時ですわ」
「だな、父様達も待ってるし」
どうやら、セオのアニマルセラピー(?)はシグート達にも冷静さを取り戻させる力があったらしい。
うん、やっぱりセオが一番だな。この子がいれば世界も平和になるってもんよ。
「では、準備もありますし、着替えに行きましょうか、お嬢様」
「はい! ……あ、そうだ、リサ」
「なんでしょう?」
リサに連れられ、衣装室へ向かおうと足を踏み出す直前。俺はリサを見上げながら、満面の笑みを溢した。
「さっきの話の答えですけど……私は、後悔なんてしていませんよ。今、とても幸せです」
俺が前世の記憶を取り戻してから、辛いこともたくさんあった。国を背負う覚悟もなしに担ぎ上げられて、今後のことも不安でいっぱいだ。
でも……それ以上に俺は、俺のことをこんなにも想ってくれる大切な人達に囲まれて、今を生きている。
これ以上に幸せなことなんて、どこにもないだろう。
「だから、ありがとうございます、リサ。これからも、よろしくお願いしますね」
俺にとって初めての味方で、一番の理解者だったリサにそう告げると、リサは目を瞬かせ──ふんわりと微笑んだ。
「はい、お嬢様。たとえお嬢様が誰を選ぼうと……誰も選べずに両手に抱えきれないほど大量の花に囲まれることになろうと、生涯お供いたします」
「怖いこと言わないでくださいよ!?」
ついつい、ツッコミを入れてしまいながらも、俺はリサの手を取って歩き出す。
大勢の人々が待つ、光と歓声に包まれた舞台へ。
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