第126話 神聖ユミエ法皇国

 皇帝からの白手形を手に入れた俺達は、当然のごとく戦争を終わらせる方向で動き出すことになった。


 ……んだけど、その方向性について、少しばかり議論が紛糾した。なぜなら。


「え!? 私を皇帝に据えるんですか!?」


 この俺……ユミエ・グランベルを次期皇帝として擁立し、終戦の宣言をしようという話になったからだ。


 いや、なんで!? と、俺の悲痛な叫びが皇宮に響く。


 例によって、リフィネやセイウス先生、ライガルさん、お父様にカース公爵と、政治に関わる要人だけ集まった場で、俺が話題の中心になってるの、めちゃくちゃ違和感ない?


 そう思うのは、どうやら俺だけだったらしい。


「なんでというか、他に正統な継承権を持つ人間がいないからだぞ?」


 何を言っているのだ、と、リフィネがごく軽い調子で告げる。


 そう、あの皇帝、子供もいなければ妻もなく、親兄弟すら全員あの世行きにされていたので、後継者と呼べるのが俺しかいないのだ。


 いや、どんだけ寂しい人生送ってたのよ皇帝さん。自業自得ではあるけど、ちょっと同情しちゃうレベルだよ。


「心配するな、ユミエ。皇帝と言ってもあくまで象徴だ、実務は全て他の者がやるのだ」


「それなら大丈夫……なんですかね?」


 いや、肩書きだけでも皇帝になるって、めちゃくちゃヤバイ気がする。そもそも、俺みたいな子供がトップで国民は納得するんだろうか?


 そんな疑問を口にすると、セイウス先生がごく軽い調子で否定した。


「むしろ、喜ぶんじゃないかの? お前さん、もうこの国の民にまですっかり聖女呼びが定着しとるしの」


「聖女と皇帝は違うと思います……」


 百歩……いや、一万歩譲って聖女はいいとしよう。

 でも、皇帝だよ? 国のトップが幼女なのは流石に問題だろう。


「そうだ、ユミエに皇帝などという肩書きは相応しくない」


 そんな中、初めて飛び出した反対意見はお父様からだった。


 お父様……やっぱり頼りになる……!!


「ベゼルウスは戦争と侵略によって成り立った国だ、そのトップである“皇帝”という肩書きは、可憐で優しく慈悲深いユミエには相応しくない!! もっとこう、神聖で優美なイメージが付くものに改名すべきだ!!」


「そこですか!?」


 うん、全然頼りにならなかった。そんなことどうでもいいでしょ。


 でも、それをどうでもいいと思ったのは俺だけだったようで、みんな真面目な顔で議論し始める。


「確かに一理あるが、帝国のトップは皇帝だろう? そこを変えてしまうともはや帝国ではないのではないか?」 


 そうそう、ライガルさんいいこと言う。


「ならば、そもそも帝国でなくなれば問題ないのではないか?」


 ちょっとリフィネちゃん、何しれっととんでもないこと言ってるの? それ国名ごと変えるってこと?


「確かに、オルトリアが主導となってこれまでの帝国主義を打ち壊そうとしているんだ、国の名を変えるのは、民の意識を切り替える切っ掛けとして申し分ない」


 カース公爵まで賛成してるし、しかも結構合理的な理由まで付けられた!?


「じゃあどんな国名にするのかの? 無難なところだと、ベゼルウス共和国とかになるが」


「それでは、ユーフェミアと同じくトップは議長という形にならないか? 元々皇帝の絶対的な権力によって纏まっていた国だ、いきなり大きく変えすぎると反発もあろう。ユミエを一番上に置いても不自然でない形が望ましい」


 セイウス先生の案に、公爵が懸念を示す。


 いや、そもそも俺をトップに据えないという方向で話を進めることは出来ませんかね?


「ならば、いっそ宗教国家にしてしまうのはどうだ? それなら、国のトップであり象徴は女神や聖女だが、実務は代理人が執り行うという形でも不自然ではないのだ」 


 そんな俺の願いも空しく、更にとんでもないアイデアがリフィネの口から飛び出した。


 宗教国家? そのトップ?

 いや待って、それつまりこの国の人達の信仰対象になるってことでは!?


「いやいやいや、流石にそれはおかしいですよ!? 聖女ってだけでも身に余るのに、神様役なんて務まるはずないですよ!?」


「別に神様ではなくても構わんのだぞ? というか、ユミエは既に聖女ではないか、問題ないのだ」


「その聖女って呼び名自体、シグートが始めたただのプロパガンダですからぁ!!」


 何度も言うけど、俺ってば何の力も能力もないからね?


 演出魔法は得意だけど、あくまで宴会芸の域を出ないし。

 剣は得意だったけど、それも正騎士には遠く及ばないし。

 医療技術もなければ、政治に関してもほぼ素人。あるのは見た目の可愛さだけ。


 これで国の象徴になろうなんて、何かの拍子に俺の正体がバレちゃったら、すぐに下剋上されるんじゃない?


 そんな不安を口にする俺に、リフィネは「大丈夫なのだ」と肩を叩く。


「ユミエの魅力に気付かないような愚か者は、妾が拳で分からせるのだ!」


「うん、ダメですからね?」


 本当に、リフィネはこの帝国をどうするつもりなんだ。国民全員が俺を信仰する国とか怖すぎるぞ。


 そんな俺に、お父様が優しい声色で告げる。


「何度も言うが、お前はあくまで象徴だ。多少、式典や祭典で顔を出す機会もあるだろうが、実務は全て他の者が執り行うし、オルトリアの実質的な属国になる予定だ。引っ越しを考える必要は出てくるかもしれんが、これまで通りちゃんと家族で暮らせる、心配するな」


「お父様……」


 たとえ俺が国のトップになっても、家族と離れ離れになったりしない。そう言われただけで、俺の中にあった忌避感がかなり薄まったのを感じる。


 ……自信ないとか、荷が重いとか、色々言ってはいたけど、俺にとって一番不安だったのはその点だったらしい。自分でも気付かなかった。


 おれがそれを自覚して、少し前向きになったと判断したんだろう。この話し合いを総括するように、お父様が宣言する。


「とはいえ、ユミエが信仰対象となることに忌避を示す民が出ないとも限らないからな。一応、帝国の民に信を問うとしようか」


「そうじゃな、結果は見えておるが」


「異議はないのだ」


「…………」


 いやほんと、みんなの俺に対する熱い信頼はどこから来るの?


 そんな疑問を抱きながら、その日は解散となり──




 この一ヶ月後、見事に帝都の誰一人として反対の声を上げなかったことで、ベゼルウス帝国は晴れてその国名を変更。


 “神聖ユミエ法皇国”として、新たに生まれ変わることになってしまった。


 うん……誰だ、国名に俺の名前を採用しようなんて言い出したやつ。今すぐ出てこい!! 目の前で泣いてやるぅーー!!

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