第125話 傾国の悪女様
アマツから提供された情報は、めちゃくちゃ役に立った。
だって、皇帝のことを快く思ってない勢力が分かれば、そこはほぼフリーパスで通過出来るし……皇宮の構造や隠し通路が分かっていれば、そこを守る守備隊と交戦せずとも皇帝のところまで辿り着けてしまうんだから。
ただ……いざ到着してみたら、そこまで警戒する必要はなかったかもしれないと思ってしまった。なぜなら。
「くははは! よく来たな我が愛しき姪よ、歓迎しよう!!」
皇帝が座する謁見の間には……いや、そもそも皇宮のどこにも、従者やメイドの一人さえいなかったからだ。もぬけの殻とはこのことか。
だからなのか、皇帝と思しきその男も、それはもう酷い有り様だった。
髪もボサボサだし、無精髭まで生えてるし、服も高級そうな布地の割にはヨレヨレになってるし……なんていうか、色々と台無しだ。
……戦争吹っ掛けて、ボロボロに負けて、国が荒れて、挙げ句俺達にどんどん占領されていって……逃げられたんだろうなぁ……誰一人残らない辺りに、この皇帝の人望の無さが窺えて、なんとも哀れだな。
「ええと、聞きたいことは色々とあるんですけど……まず、姪ってどういうことですか?」
今この場にいるのは、俺を含めて六人。お父様、ライガルさん、アマツ、リフィネ、それからセイウス先生だ。
セオ達も来たがってたんだけど、アマツが案内してくれた抜け道はあまり大人数で通れるような場所じゃないってことで遠慮して貰った。
ここへは話し合いに来たんだから、オルトリアとユーフェミアの代表ってことで、リフィネと先生は外せないしね。
俺がここにいるのは、一応皇帝の娘って喧伝されてたわけだから、事の真意を確かめたかったって感じだけど……それにしても、姪とは?
「決まっている、お前を産んだのは、余の妹だからだ」
しれっととんでもないこと言いやがったよ、この皇帝。
更に詳しく聞いてみれば、どうやら俺を産んでくれた人は、この皇帝との政争に敗れた末にオルトリアに落ち延び、そこでお父様に拾われてメイドになった、という経緯らしい。
「仕方なかったのだ!! あいつは、今ある帝国の歴史を破壊しようとしたから……占領地の民にも政治に関わる機会をなどと、世迷い言ばかり……!!」
聞いてもいないのに、皇帝はどんどん言い訳を並べ立てていく。
チラッとお父様の様子を伺ってみたら、「そうか……あいつにそんな過去が……」と、どこか遠い目をしていた。
……良い人、だったのかな? 俺は顔も覚えてないから、分からないけど。
「その点、お前は素晴らしい。どんな連中だろうと関係なく、何の対価も支払わずに従えていく姿はこの皇宮にいながらも伝わってきていたぞ。お前なら、余の後継者にしてやってもいい。さあ、共に覇道を極めようではないか」
散々言い訳を並べ立てて、何のつもりかと思ってたけど……どうやら、俺を取り込みたいと思って言ってたらしい。
うん、いくらなんでも、取り込む相手間違えてると思うよ? そうでなくても、今のこの人について行こうと思える人間はいないだろう。憔悴しきっていて、このまま放っておいたら何をしでかすか分からない危うさがある。
さて、どうしよう? 正直、話し合いが出来るような状態とも思えないんだけど。
「……分かりました」
「おお、分かってくれたか!!」
取り敢えず、ここは嘘も方便ってことにしとこう。
ここで下手に刺激してこいつが暴れだしたら、後ろにいるアマツが今にも首を落としそうな雰囲気出してるし……騙すみたいで心苦しいけど、適当に言いくるめておけばいいや。
「はい、皇帝陛下の願いは私がしかと受け継ぎました。必ずやこの国を、史上類を見ない覇権国家へと押し上げてみせましょう!」
「おお、流石は我が血族!! やはり私の目に狂いはなかった!!」
思い切り胸を張り、力強く宣言すると、皇帝はそれもうキラッキラに瞳を輝かせて俺の前に膝を突いた。
なんかもう、神様か何かを目の前にした貧者みたいになってるけど、それでいいの?
いや、俺は助かるけどさ。
「はい、ですので、私が国を纏め直すまでの間、陛下はお休みください。稀代の覇王がそのように憔悴した状態では、民に示しがつきませんので」
「そ、それもそうだな。だが、余の配下達は、皆余を見捨ててどこかへ行ってしまった……あの薄情者どもめ……!!」
「違いますよ。皆さん、陛下のために自ら武器を取り、敵に立ち向かう覚悟を決めてらしたんです。何も言わなかったのは、二度と帰れないと分かっていたからです」
いや、明らかに見限られてると思うけどね。そういうことにしておこう。
「そ、そうか、そうだったのか……!! あやつら、余のために……!!」
うん、あっさり信じたなコイツ。皇帝がそんなことでいいのか?
いや、今は弱ってるみたいだから、都合の良い言葉を全部信じたくなる心境なのかもしれない。
「ですので、今は私のお世話係をお付けいたします。全てが終われば、陛下に全てをお返ししますので、今は私に国を任せて頂けないでしょうか?」
「ああ、そうするとしよう。余は疲れた……少し、休ませて貰う……」
「では、ひとまずこの書類にサインお願いしますね」
「ああ、分かった。ありがとう、我が姪……いや、ユミエよ……」
適当な紙を見繕って、皇帝にサインと判子を押して貰う。皇室のマークが描かれた、由緒正しきやつらしい。
当たり前だけど、ホイホイ押したらダメなやつだ。白紙の紙なので、後はここに適当な契約を書いちゃえば、それがどんな内容だろうと皇帝が同意したことになる。
「それでは、寝室までご案内しますね。ライガルさん、連れていってあげてくれませんか?」
「……うむ、分かった」
フラフラと立ち上がった皇帝を、ライガルさんが連れていく。その後ろ姿は、まさに囚人って感じだったんだけど、当人は気付いているだろうか?
というわけで俺は、知り合い以外誰もいなくなった謁見の間で、ずっと無言のままポカンと俺と皇帝のやり取りを見ていたお父様達に、たった今手に入れたばかりの白手形を見せる。
「ええと……帝国、ゲットだぜ?」
こういう時、なんて言ったらいいか分からなかった俺がそう言うと……この中で一番遠慮のないアマツが、ボソリと。
「お前、優しいセリフ言ってるだけなら聖女サマだけど、嘘八百並べ始めたらまんま傾国の悪女だな」
そんな風に、俺を評した。
こうして、実に半年近くに渡って続いたベゼルウス帝国とオルトリア王国の戦争は、想像していたのとは違う形で、想像よりも遥かにあっさりと終息の時を迎えるのだった。
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