第124話 狂信者の国(?) 

 帝国最強(自称)の暗殺者、アマツが仲間になった。


 いや、俺としては、別に戦争が終わるまで一旦捕虜として大人しくしといてくれたらそれで良かったんだけど……「はあ?」って呆れ顔を向けられたんだ。理不尽。


「俺にあんだけ言っといて、後は放置だなんて無責任だろ? ちゃんと面倒見てくれよ、聖女サマ」


 なんとこいつ、このまま俺に仕えたいとか言い出したのだ。


 お父様からは「いくらなんでも暗殺者をいきなり家に入れるわけにいくか」と当たり前のように拒否されてたんだけど……「俺が仕えるのはオルトリアでもグランベルでもなくそこの聖女サマだ、勘違いすんな」とか言い始めた。


 それ、屁理屈では?


「そもそも私、誰かを雇えるようなお金持ってませんよ? 何か欲しい時も、お小遣いじゃなくてお父様におねだりしてますから」


「んじゃあ、俺が欲しいってねだってくれよ。役に立つぜ?」


「うーん」


 まあ実際、お父様達三人を相手に何時間も戦い続けられるような凄腕が味方になってくれるのは頼もしいし、何より皇帝から直々に命令されるくらいの立場だったなら、色々と情報も持ってそうだし……。


「……お父様、ダメですか?」


「はあ……この戦争での働き次第だ」


「よっし、任せとけ。早速良い情報をくれてやるよ」


 端から見ても分かるほどにウッキウキの表情で、アマツは帝国の情報を色々と喋ってくれた。


 今ある帝国の勢力、政治情勢、皇帝の支持基盤、それに皇宮に続く隠し通路の存在まで、本当に色々と。


「そんなに教えていいんですか?」


「あん? そりゃあだって、別に俺はこれまで一度だって皇帝に忠誠なんか誓ったことないからな。そのうち抜け出すつもりだったし、構わねえよ」


 なんでも、この辺りの情報も、いずれ帝国相手に一人で喧嘩を売って大暴れするために集めたものらしい。


 皇帝も、そんな彼の危険性には気付いていたのか、長らく牢屋に閉じ込めたりしてたみたいだ。


「ったく皇帝もよー、俺が帝国軍の中でも凄腕って言われてた連中に片っ端から決闘挑んでボコボコにしてたのを、人斬りだなんだって騒ぎだしてよー。まあ戦闘狂ってのはその通りだから否定しねえけどなー」


「あ、あはは……」


 うん、俺、ものすごーく厄介な人に気に入られてしまったのでは?


 なんだか不安になってきたけど、アマツが俺のこと気に入ったっていうのは嘘じゃなさそうだし、大丈夫かな?


 ……多分。


「で、これからどうすんだ? 皇帝の首がいるならすぐにでも獲りに行くぜ?」


「いりませんから、そんな物騒なこと言わないでください」


「ん? なんだよ、それが一番手っ取り早く戦争終わらせられるぜ?」


 確かに、国のトップが暗殺なんてされれば、戦争どころじゃなくなるだろう。


 でも、それじゃダメだ。


「せっかくここまで、帝国の人達と仲良くなりながら平和的にやって来たんです。最後まで、平和的に行きましょう」


 これまで出会った帝国の人達は、みんないきなり戦争を始めた皇帝に、多かれ少なかれ不満を露わにしていた。


 でも、あくまでそれは俺が話を聞いた範囲での話だし、中には俺達に負けたからひとまず表面上反皇帝を掲げて保身に走ってる人もいたかもしれない。


 そんな状態で、仮に皇帝を暗殺したりなんかしたら──次は自分の番かもしれないって、不安になる人もいるだろう。


 それは、出来れば避けたい。


「なので、皇帝さんの前まで行って、正々堂々話し合いたいです。今後のことを」


 これは何も、俺一人の我が儘ってわけじゃなくて、シグートからの要望でもある。


 想像以上に俺達が快勝し続けてるから、このまま行くと帝国全土を掌握してしまう勢いなんだけど……今のオルトリアに、この国を統治するほどの余裕はない。


 だから、帝国の支配者層は出来るだけ残したまま、俺達に恭順するようにしたいらしい。


 皇帝を失脚させるにしても、あくまでベゼルウス帝国それ自体の決定としてそれを行うんだと。


 そうしたことを、つらつらと話し終えた俺に、アマツは「ふーん」と興味なさげに呟く。


「要するに、帝国の東側だけじゃなくて、西側も全部聖女サマの狂信者で埋め尽くしたいってことね。分かったよ」


「待ってください、今の話のどこに狂信者が出てくる要素があったんですか!?」


「いや、この町で一日過ごしたら、そういうことかって感想にもならぁ」


 アマツの容赦ない意見に、俺は「うっ」と言葉を詰まらせる。


 俺達が今滞在しているのは、帝国領にあるごく普通の町だ。


 そして、そんな町でつい数時間前、天変地異でも起きたのかと思うほどの大激闘が繰り広げられた。

 人的被害がゼロとはいえ、建物はいくつかぶっ飛んだし、町の人達は下手な災害より酷い目に遭って、一時避難を余儀なくされた。


 アマツだって、今は平気そうに俺と喋ってるけど、一週間は絶対安静ってくらいの大怪我だったらしい。


 さて、そんな大事件が、他国の占領下で起きてしまったら、人々の感情はどういう方向に動くでしょう?


 ……まあ普通は、占領してる俺達への不満とか、あるいは町ごとぶっ飛ばす勢いで攻撃を仕掛けてきた皇帝への怒りとか、そんな感じだよね?


 一方、この町の人々が取った行動は……俺が怪我してないかを心配して、宿に詰めかけてくる、というものだった。


 ……うん、なんで?


「死にかけてた時、お前は俺みたいになるなよって言ったけどよ、訂正するわ。お前、俺よりとんでもねえ存在だわ、比較対象にもならねえ」


「なんでですかぁーー!!」


 何度も言うけど、俺は何もしてないからね!?

 戦闘力ゼロ、医療技術ゼロ、獣人みたいにすごい能力とかないし、本当にただ可愛いだけの十歳児だよ!?


 それなのに、どうしてこうなったの!?


「むしろ、そんだけ何の力もないのに、国一つ……じゃねえな、三つも陥落させようとしてんだから、余計にやべえんじゃねえか。意味わかんねえよ」


 ズバッと言い切られた俺は、何も言い返せずにその場に崩れ落ちる。


 なんかさ……噂では、今の皇帝に変わって俺がこの国を統べればいいって意見が、占領地を中心に広がってるらしいんだけど。


 このまま皇帝のところに乗り込んだら、本当に俺が次の皇帝に祭り上げられるとか、そんなこと……ならないよね?


 そんな想いを込めて、俺は隣にいるお父様に目を向けたんだけど……そっと目を逸らされてしまった。


 ……どうしよう、戦争とは別の意味で不安しかない。誰か助けて?

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