第123話 暗殺者の最期(?)

 お父様達と、帝国の暗殺者を名乗っていた男──アマツとの戦いは、夜明けまで続いた。


 空の色が何度も書き変わるくらい激しい戦いが何時間と続いていたにも係わらず、人的被害はゼロだし建物もほぼ全部原形を留めてる。


 代わりに、モニカのお父さん……カース公爵が真っ白に燃え尽きてたけど、モニカが「尊い犠牲でしたわ」って言ったら「もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないか!?」って泣きながら復活してたから、まあ大丈夫だろう。


「お父様!! 大丈夫ですか!?」


「おおユミエ。心配するな、この通り大きな怪我はない」


 俺も、一番戦闘が激しかった広場まで赴き、座り込んでいたお父様を見付けるなり、一目散に駆け寄った。


 そのままの勢いで抱き着くと、お父様は珍しく戸惑いの声を上げる。


「おいおいユミエ、今は汚れているから、あまりくっ付かない方がいいぞ?」


「そんなの、またお風呂に入ればいいだけです。それより、私にとってはお父様の方が大事なんです」


「ユミエ……!」


 俺が真剣な表情でそう伝えると、お父様は感動の涙を流しながら俺の体を抱き締めてくれた。


 鎧越しではあるけど、俺を傷付けないようにそっと包み込んでくれるお父様の優しさが、不安になっていた心に染みる。


「セオ!! 大丈夫か? 怪我しているじゃないか!!」


「大した傷じゃないから……平気」


「セイウスぅぅぅ!! セオを!! セオを早く治してやってくれぇ!!」


「平気だってば……もう」


 セオの方は、俺とは逆にレオルさんがセオを心配していた。


 なお、セオの怪我は擦り傷レベルなので、絆創膏で十分だとセイウス先生から既に診察は降りている。さすが親バカ、過保護だなぁ。


 セオ自身、そんなレオルさんからの扱いを満更でもなさそうに受け入れてるみたいだけどね。


 ちなみに、ライガルさんはそんな俺達を見て、「俺も娘が欲しいな……」なんて呟いていた。なお、お相手は募集中だそう。


 まあ、うん。ライガルさんなら、そのうち良い出会いもあるよ!


「は、ははは……いやぁ、完敗だよ、楽しかったぜ……」


 そんな風に話していると、広場の中心から掠れた声が響いてきた。


 言うまでもなく、お父様達が打ち倒したアマツだ。

 刀は折れ、全身血だらけで、もう指一本動かせないって感じの状態だけど、それでも満足気に笑ってる。


 なんとなく、危険な感じもしなかったから、俺はフラッとアマツのところまで歩いていく。


「ユミエ」


「大丈夫です」


 心配そうに声をかけてくるお父様に断りを入れながら、俺はアマツの傍にしゃがみこんだ。


 そんな俺に、アマツはどこかぼんやりとした目を向けた。


「よお……どうした、負けた俺を笑いにでも来たか?」


「そんなことしませんよ。負けたのに楽しそうにしてるので、不思議だなって思っただけです」


「不思議、か……まあ、お前には分かんねえだろうな」


 皮肉っているというより、どこか羨ましがっているような声で、アマツは呟く。


 どういうことかと首を傾げていると、アマツはその理由を話し始めた。


「力ってのはな……あったらあっただけ良いってもんじゃねえ。それが人の道から外れたモンであるほど、周りから人はいなくなっていく」


 アマツが生まれつき持っていたのは、ただ近くにあるだけで“死”を想起させる漆黒の魔力。性質としては、人よりも魔物に近い、今のセオのような力だったらしい。


 それ故に、アマツは誰とも関わりを持たず、戦いの中に生き甲斐を求めるようになっていったんだと。


「お前も気を付けろよ……自覚があるかは知らねえが、お前の力は簡単に国を滅ぼすぜ?」


「怖いこと言わないでくださいよ。ていうか……なんでそんなアドバイスしてくれるんですか?」


 俺に、国を滅ぼす力なんてものはないと思ってるのは確かだけど、なんでそれを敵であるはずのアマツが指摘するのか。


 疑問に思って尋ねると、アマツは「はっ」と鼻で笑った。


「そんなもん……最期に遺す言葉なんだから、ちょっとくらい勝った相手に意趣返ししたいじゃねえか。それだけだよ」


「最期って……なんでそんなこと……」


「そりゃあ……俺はもう死ぬからな、当然だろ?」


「っ!?」


 明るい調子で話してたから気付かなかったけど、アマツの体からどんどんと血が溢れてる。

 目の焦点も定まってないし、このままだと本当に死にそうだ。


「セイウス先生! 治療を……!」


「いらねえよ……言ったろ、楽しかったってよ。俺はもう、満足だ。ずっと探し求めてた、俺と対等にやりあえる奴と、限界振り絞って最高の戦いが出来たからな……悔いはねえ」


 もう思い残すことはないと告げながら、アマツはゆっくりと目を閉じる。


「じゃあな、聖女サマよ……お前は、俺みたいにはなるなよ……」


 ゆっくりと、目の前で人から生気が失われていくような感覚。

 この戦争の中で、俺自身何度か目にしたことのあるそれを前に、俺は──


「えいっ!!」


 思いっきり、アマツの頬をひっぱたいた。


「ぶふぉっ!? てめ、何して……」


「勝手に満足して、勝手に死なないでください!! ほら、まだ助かりますから、気をしっかり持って!! もう悔いはないだなんて、そんな悲しいこと言わせません!!」


「いや……普通、ここは死なせてくれる流れじゃねえ……? 人間、悔いを残さねえ人生送れたら、上等だろ……?」


「ダメです。死ぬなら後悔しながら死んでください」


「鬼かてめえは……!?」


 今にも死にそうだったアマツからのツッコミに、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 うん、やっぱり、これなら助かりそうだ。


「たかが百年程度しか寿命のない人間の癖に、人生に後悔はないだなんて、そんなの寂しすぎます!! 生きて生きて生き抜いて、それでもやり残したことや見届けたいものがたくさんあって、お化けになってでもしがみつきたいって思えるような……そんな一生の方が、悔いのない一生なんかよりずっと良いに決まってます!!」


 俺の言葉に、アマツは目を丸くした。


 俺自身、あんまり記憶も残ってないけど……俺も、一度は自分の人生を終えた人間だ。


 だからこそ、余計に思うんだ。


 もしまた次があるのなら、“新しい人生”なんかじゃなくて……“この人生の続き”を生きたいと思えるような、そんな一生を。ここにいる、大好きな人達と一緒に過ごしたいって。


「だからあなたも、ちゃんと後悔してください! どうしても悔いが見付からないっていうのなら、私があなたの悔いになりますからね!!」


「……どうやって」


「あなたが、威勢よく『俺は皇帝の命でやってきた暗殺者だ(キリッ)』って現れたかと思ったら、お父様達にボコボコにされた途端、『俺、最初からここで死ぬつもりだったもんね!(泣)』って負け惜しみを言い始めて、それはもうカッコ悪く死んでいったって言いふらしてやります!」


 ふんす! と鼻息荒く宣言すると、アマツはしばし呆然とした後……ボロボロの体で、腹を抱えて笑い出した。


「くは、はっ、ははは……! た、確かに……そいつは嫌だな……」


 ひとしきり笑った後、アマツは俺に手を伸ばす。

 いつの間にか、生気の失せていた瞳には光が戻り、しっかりと俺の手を取って再度口を開いた。


「しゃあねえな……お前の、バカみたいな説得に応じて、生きてやるよ。よろしくな、聖女サマ?」


「バカって言わないでくださいよ、私は真剣なんですから」


 ぷんすこと怒ると、アマツはまたも笑い出す。


 全く、今にも死にそうな顔してたのに、やってみれば結構余裕あるじゃん。やれやれだよ、本当に。


「なあ……やっぱり、ワシの存在もういらんのじゃないかの? ユミエに任せておけば、それだけで戦死者なんて出ないんじゃないかの? ぐすん」


「拗ねてないで、さっさと治療してやれセイウス、あのままでは死ぬのは確かなのだからな。……まあ、気持ちは分かるが」


「ん……やっぱり、ユミエはすごい……!」


 後ろの方から、セイウス先生、ライガルさん、セオの三人がなんか変なこと言ってる声が聞こえてきた気がするけど、まあ気のせいだろう。


 いやだって……俺、今回は本当に何もしてないよ? 守られて、逃げて、戻ってきて少し話しただけだよ? そうだよね?


 そんな俺の、あまりにも当たり前の認識を、この後誰一人として共有してくれなかったことについては、厳正な抗議をしたいと思う。切に。

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