第122話 頂上決戦
帝国最強の暗殺者たるアマツは、次から次へと湧いて来る強敵の存在に、かつてないほど胸を高鳴らせていた。
(まさか、ここまで昂る戦いになるとはな……! あのクソ皇帝の口車に乗って正解だったぜ!!)
実のところ、アマツ自身は帝国にも、帝国を治める皇帝に対してすら、何の義理も思い入れも持ち合わせていなかった。
今回のユミエ暗殺を成功させることによって得られる報酬──我が身の自由と過去の罪の精算にすら、興味はない。
彼にとって重要なのは、強者との戦いのみ。
ただ、自分と真っ直ぐ対峙してなお怯えることなく殺し合ってくれる存在と、殺意で以て語り合いたいだけだった。
「おらっ、行くぜぇ!!」
刀に魔力を込め、疾風怒涛の勢いでカルロットへと斬りかかる。
並の兵士であれば、反応すら出来ずに肉片と化すほどの速度と威力を誇る斬撃を、カルロットはいとも容易く剣で弾き、流れるように反撃に出た。
容赦なく胴を両断せんと迫り来る刃を、アマツが大きく距離を取って回避すると──その隙を狙って、レオルとライガルの二人が左右から襲い掛かる。
「《蒼雷拳》!!」
「《業炎掌》!!」
雷を纏った狼の拳と、炎を纏った虎の掌底が迫り来る。
魔法など使えないはずの獣人が、なぜ魔法としか思えない自然現象を操っているのか。
意味不明な攻撃に、アマツの口角は益々吊り上がっていく。
「《黒衝閃》!!」
アマツが刀を振り抜き、漆黒の魔力が魔法の斬撃となって荒れ狂う。
雷と炎と闇が混ざり合い、弾け飛び、町ごと吹き飛びかねないほどの大爆発を巻き起こす。
そんな激しい力のぶつかり合いの中で、なおも町は原形を留めていた。
「おい、レオル、ライガル!! お前達も少しは加減せんか!! 被害を抑えるこちらの身にもなれ!!」
「ワシ、こういうのは門外漢なんじゃがの……!!」
悲鳴のような声を上げるのは、カルロット達から少し離れた背の高い建物の屋上に陣取るカース・ベルモントとセイウス議長の二人だった。
セイウスが、翠猫族の能力でカースの魔力を活性化させ、その力で以てカースが町全体に結界を張り、カルロット達の戦いの余波で町に被害が及ばないよう抑え込んでいるのだ。
それも、単に町全体を覆うだけではない。
薄い幕のように基礎となる結界を纏わせた上で、戦闘の余波が生じた瞬間に該当箇所のみを集中的に力を込めて守ることで、魔力の消耗を抑えつつより強固な守りを実現している。
後方支援に徹してこそいるが、彼もまたカルロット達に劣らぬ強大な魔法使いなのだろう。アマツは、それを即座に看破した。
だからこそ、心の内で素直に感嘆の声を漏らす。「すげえな」、と。
彼らの力そのものではなく──これほどの力を持った男達が、ただ一人、ユミエ・グランベルを守るためだけにここに集まったという事実。
襲撃から僅か
(いや、こいつらだけじゃねえ、最初のガキどももそうだ。半端ねえ覚悟で俺に立ち向かってきた)
今対峙しているカルロット達はともかく、セオやモニカ、リフィネ、それにニールでさえも、アマツにはまだまだ遠く及ばない格下だった。
にも関わらず、誰一人として恐怖に怯えることもなく、互いの力と意志を信じて各々に出来る全力を懸け、ユミエを守っていたのだ。
それが、アマツにはとても信じられない。
今まで彼が対峙してきた敵は全て、自分には敵わないと悟った瞬間、恐怖に呑まれて赤子のように命乞いをする輩ばかりだったのだから。
(一体、どんだけのモンを持ってるんだ、ユミエって奴はよ……!)
レオルとライガルの攻撃で少なくないダメージを負いながらも、アマツは立ち上がる。
彼の持つ力は、“死”の概念そのもの。ただ魔力を放つだけで周囲の人間全てに嫌悪と恐怖の感情を植え付け、その心をへし折る悪魔のごとき力だ。
格下であればまともに目を合わせることすら難しいはずのこの力に抗えるほどに、ユミエの持つ“加護”が優れているのなら……なるほど、皇帝が名指しで暗殺を命じるのも納得だと、アマツは思った。
この場にユミエがいれば、果てしなく加速していく勘違いに目眩を覚えたことだろうが、幸か不幸か既に避難は完了してしまっている。
故に、アマツの中でユミエの評価は天井知らずに上がっていく。
それこそ、帝国の誉れ高き皇帝の存在も命令内容も、すっかり記憶から消え失せるほどに。
「改めて名乗るぜ……俺の名はアマツ。この国最強の剣士だ」
額から血を流しながら、アマツはニヤリと歓喜の笑みを浮かべる。
やっと見付けた最高の死に場所で、己の全てを出し尽くすために。
「お前らの大事な聖女様を守りてえなら、俺を殺してみせろ。さあ……楽しい楽しい
刀を携え、アマツは疾駆する。
どれほど多く見積もっても、カルロット一人と同程度の実力しか持たない彼では、レオルやライガルまで同時に相手をして勝ち目などないことは、最初から明らかだった。
それでもなお、彼は延々と戦い続け──
後に、この町の名前を取って“ベルタ街の決戦”と呼ばれることになる戦いは、夜が明けるまで続いたという。
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