最終話 そして彼は伝説になった
「じゃあみんな、世話になったな。またたまには遊びに来るとは思うけど達者でな!」
フォーレスカヤの相談役の立場を返上し、すべての仕事の引き継ぎを済ませたユージローが、彼を見送るために集まったみんなに別れを告げる。
誰もが目を真っ赤に腫らして彼との別れを惜しんでいる。
彼はみんなから愛され慕われていた。誰もが彼を頼りにしていた。彼がいなければ今の幸せな生活はなかったと誰もが分かっているから、みんなが心から彼に感謝していた。
ワタシも含め、彼がこれからもずっと共にいてくれると信じて疑わなかった。でもそれでは駄目だと彼が教えてくれた。
世話され導かれる
それに、数百年の時を生きるエルフに比べて人間の寿命は短い。そろそろ身体は中年になり、衰えを実感しつつあるとユージローは少し寂しそうに言っていた。彼自身は数年前に老化遅延スキルを使ったからまだ100年以上は元気に生きれるだろうが、向こうの世界における彼の親しい人たちはそうではない。だから、日本での生活を大切にしたいんや、と言った彼を誰が止められるだろう。
ユージローの足元に転移の魔方陣が光り、彼の姿がこの世界から掻き消えた後、その場にいた全員が泣き崩れた。しかし、ひとしきり泣いた後で一人、また一人と立ち上がって自分の仕事に戻っていった。ワタシたちのことを信じてくれたユージローの期待に応えるために。次に彼が来た時に胸を張って自分の仕事ぶりを見てもらえるように。
ワタシもまた仕事に戻ろうと立ち上がった時、宰相のシュベニックスが思いにもよらなかったことを言い出す。
「姫様、ユージローはこれから新しいことを始めると言っていましたが、何をするにしても新しいことを始めるのは大変です。一人ぐらいエルフを代表して手伝ってもいいのではありませんか?」
言うまでもなくそんなことが可能なのはワタシしかいないが、ワタシはフォーレスカヤの領主なのだからそういうわけにもいかないだろう。
しかし、周囲の長たちまでもがシュベニックスの言葉に同調しはじめる。
「エルフの生は長く、人間の生は短い。姫様がほんの100年ばかり彼に寄り添ったところで大した誤差でもありますまい」
「然り。そもそもエルフは真に愛した相手以外とは子を為せぬ種族。姫様がユージロー以外の男を愛せるとは思えませぬゆえ、このままではこの世に最後の一人となったエルフ王族の血が絶えてしまいますからな」
「我らとしては大恩人たるユージローの血を引く者ならば喜んで一族に迎えたいと思っておる次第でしてな」
「姫様もユージローと同じくずっと民のために働いてこられましたからそろそろ自分のために生きてもよいかと」
「そもそも、姫様は神器を持つ勇者なのですからユージローがしていたのと同じくこちらの生活との両立もできるではありませんか。領主でなければできない仕事は最近ではかなり少なくなっておりますし」
「いや、姫様にはこちらのことは気にせずに過ごしていただきたい。我らはユージローのみならず姫様にも甘えすぎたのだ」
「ならば領主代行を任命すればよろしかろう」
長たちの意見が粗方出揃ったところでシュベニックスが微笑んでワタシに決断を促す。
「我々はユージローだけでなく、姫様にも本当に感謝しておるのです。故にお二人には幸せになってほしいと思っております。この通り、長たちは姫様が望むのであればそれを応援すると決めました。あとは、姫様がどうしたいか、ただそれだけです。ユージローと共に生きることを望まれますか?」
「……ワタシが向こうが居心地が良すぎて戻ってこなかったらどうするつもりですか?」
長たちの思惑通りというのが少し悔しくて、せめてもの抵抗にそんなことを口にしてみればシュベニックスは軽く肩を竦めてみせる。
「それはそれで仕方ないですな。そもそも、魔王軍との戦いで姫様以外の王族が全員殺された後で、残った姫様をも勇者の一人として送り出すと決めた時に我らは最悪の覚悟はしておりましたからな。姫様が仮に帰ってこずとも、どこかで元気で生きていてくれさえすれば、それはそれでいいのです。……もちろん、姫様のお帰りはいつでもお待ちしておりますが」
そこまで言われては、もう自分の心に嘘はつけない。ワタシはユージローのもとに行き、彼の生涯が終わる時まで彼と共に生きると決めた。
「もう。ワタシはちゃんと定期的に帰ってきますからね! ユージローと、もし授かったなら彼の子も連れて! シュニット、あなたを領主代行に任命します。ワタシが政務に復帰するその時までフォーレスカヤ領をお願いしますよ」
「はい。お任せください。姫様、行ってらっしゃいませ」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
長老たちが揃って恭しく頭を下げる。ワタシは神器を使い、転移の魔方陣の光に包まれ、一瞬の浮遊感の直後に日本での拠点であるガレージに降り立った。ここはユージローが借りてくれた物件で、大量の物資をストレージに収納するのや、ストレージから車を出し入れするのを人に見られないようにするのに重宝している。
「ナスーチャ? あれ? 俺なんか向こうにやり残したことあったん?」
やや白髪が混じり始めた本来の姿のユージローが当惑した様子で訊ねてきた。
「ええ。報酬を一つ受け取り忘れておられたのでお届けに来ましたよ」
「あれ? そやったか? わざわざごめんな。ちゃんと貰ったと思ったけどなんやったっけ?」
「ちょっとだけ目を閉じてください」
「ん」
素直に応じて目を閉じる彼の頬に手を添えてそのまま口付けする。
「え? ちょ、ナスーチャ! なにを!?」
狼狽する彼に澄まして答える。
「ワタシ自身が追加の報酬です。ご不満ですか?」
「いやいやそんなわけないやろ! てかさすがにそれはアカンやろ!」
「シュニットを筆頭に長たち全員が賛成してくれましたよ。むしろ彼らからの提案です」
「え、マジで? そんなのありなん?」
「はい。そしてそれはワタシ自身の望みでもあります。ワタシはユージローを愛しています。ユージローもワタシを愛してくれていると思っていましたがそれはワタシの勘違いだったのですか?」
「……いや、勘違いやない。俺もずっとナスーチャのことが好きやったよ。種族も立場も違うから最初から諦めとったけど」
「……では、追加の報酬を受け取っていただけますか?」
「もちろん! やっぱやらんって言われても返さへんで」
「ふふ。望むところです! ユージローの生涯中は返品不可ですからね!」
そしてワタシは、ユージローと共に日本で暮らし始めた。
******
ユージローがフォーレスカヤを去ってから長い年月が流れ、長命種であるエルフたちの世代交代も進み、彼のことを直接知る人はやがて誰もいなくなった。
しかし、その地は食文化の中心地としてその後も発展し続け、数多くの優秀な料理人たちを輩出し、この世界の食文化に大きな影響を与え続けた。
そして現在、料理人を目指す若者たちにとって、世界最高峰の料理技術を学ぶためにフォーレスカヤの料理大学に入校することは大きな目標となっており、毎年多くの料理人の卵たちが希望に胸を膨らませて料理大学の門戸を叩いている。
かつてのフォーレスカヤ政庁があった場所に建てられた料理大学の前の広場には一組の男女の銅像が建っており、料理大学に入校する料理人の卵たちは皆、尊敬の眼差しでそれを見上げる。数百年前、異世界の料理の技術をこの地に広めた伝説の料理人ユージロー・タナカと当時のフォーレスカヤ領主であり料理大学の創設者となったアナスターシャ・フォーレスカヤが笑顔で乾杯している姿を。
また一人、入校試験に合格した少女が高揚を隠しきれない様子で階段を駆け上がってきて大学前広場の銅像の前で足を止める。
この世界では珍しい黒い髪のエルフの少女は目をキラキラさせながらしばらく銅像を見上げていたが、やがて銅像に向かって一礼して
Fin.
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございました。こちらはカクヨムの中編コンテスト用に過去に書き、カクヨム限定で公開していた作品を、今年(2024年)の土用の丑の日に合わせて改稿したものです。今年は特に暑さが厳しいので皆さん、夏バテ予防に鰻を食べましょう!
さて、この物語はいかがだったでしょうか? ジャンルとしてはよくある異世界での日本食無双ですが、あえて自分の専門分野である鰻にテーマを絞ることで独自性を出してみましたが楽しんでいただけたなら幸いです。感想や応援コメントいただけると作者喜びます。
メシマズの国の美女に鰻をご馳走したら異世界で料理の先生をすることになった 海凪ととかる@沈没ライフ @karuche
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