Ch. 10 残響について
早いものでもう10回目ですか。
好きなことならいくらでも語れる(しかもひたすら一方的に)のは、オタク魂の叫びなのでしょうか。
さてと。
今日は残響――リバーブについてお話しようかと思います。
以前に確か、残響は音楽の遠近法のようなものだと説明した記憶があります。
遠くのものほど輪郭や色彩がぼやけますし、近いものほどくっきりはっきり見えますよね。そして遠くのものほど小さく見えます。
絵画ではそれを意識的に利用して二次元で遠近感、つまり奥行きを表現しています。
音楽も同じで、電子機器をライン録りしていたとしても、リバーブを駆使して奥行きを表現することができるのです。
リバーブを深く掛ければ掛けるほど音が奥に行きますし輪郭がぼやけます。
実際のステージで生演奏した場合、奥にある楽器はその分オーディエンスの耳に届くまでに音の輪郭がぼやけて広がります。逆にステージのフロントに立つ人(大抵のポップスではボーカル)の音はオーディエンスに近いので一番くっきりと聞こえるわけです。
なので、通常メインメロディにはリバーブは程よく掛ける程度で一番前に出てくるように音作りしてますよね。音楽を聞く時に是非意識して聴いてみてください。
で、リバーブの基本的な使用法はこの遠近感の演出にあるわけですから、ステージ上にどのように演者を配置するのか、どの音を前に出したいのかといったことを基にして決めていけばいいわけです。
ということなのですが、今日メインテーマとして扱いたいのはリバーブの質についてなんです。
レコーディングにおいては、残響成分は一般的には人工的に作り出します。いわゆるリバーブマシンというのがあるんですね。
ただし、レコーディングスタジオには部屋鳴りを重視したよい残響を得られる専用部屋が用意されている場合もあって、その場合は演奏と同時に部屋鳴りの残響成分もマイクで収録する形になります。
そうでない場合はできるだけデッド(残響のない状態をこう呼びます。残響が多い音をライブと言い習わします)な音で録って、後でリバーブを付加するんです。
今日はそういう部屋鳴りではなくて、メカニカル・リバーブと呼ばれるものと、デジタル・リバーブについて扱う予定です。
実はリバーブ自体は結構古くからあって、今みたいなデジタルレコーディングが主流になる前から色んな種類のリバーブがあったんです。
メカニカルリバーブと呼ばれるものがそれに当たるのですが、それには大きくスプリングリバーブとプレートリバーブというタイプに分けられます。
そして現代主流なのはデジタルリバーブです。特にこのデジタルリバーブでは、コンボリューション・リバーブというタイプのものがあって、これは実際の部屋の形状や材質、広さなどを演算処理によって再現するというもので、CPUの負荷が高いですがとってもリアルで自然な残響音を得られるのが特徴です。
なんて言うと、じゃあコンボリューション・リバーブ一択じゃないですかってなるかもしれませんが、まぁ、それも必ずしもそうでないケースもあるんですよね。
リアルであれば良いってものじゃないって話です。
絵画の良さっていうのは、写実的かどうかとはまた別のところにあるじゃないですか。そういうことです。
ではまずスプリングリバーブについて。
これは箱の中にバネが張ってあって、音の振動をそのバネに伝えます。バネっていうのは共振するので、その共振によって増幅された振動をピックアップで拾って再び音声信号に戻してあげると、見事に残響音のように聞こえるという仕組みなんですね。
コンパクトかつ比較的ローコストで残響を手軽に得られるのが特徴で、ギターアンプに内蔵されたりします。
振動に弱いので、電源入れた状態でリバーブ内臓のギターアンプを乱暴に置くとグワシャーンと派手な音が出ます。逆にこの音を音楽の中に使うなんて使われ方も極稀にされてます。
高級品だとバネ臭さを消すためにスプリングを何本も内蔵して複雑化したものなどもあります。
まあしかし現代ではデジタルリバーブでスプリングリバーブを再現することが多いので、その場合敢えてバネ臭い残響としてテンプレートされている事が多いようです。
もうひとつのメカニカル・リバーブはプレート式のリバーブ装置です。
これは薄い(暑さ0.5ミリ程度)おっきな鉄板によって残響を得る方式のもの。
これから冬になったら、もしお宅に反射式のストーブがある場合はそのストーブの反射板に向かって歌うなりしてみてください。残響が発生するはずです。(我が家には反射式のストーブがないのですが、ちっちゃい頃に祖父の家で面白くて延々それで遊んでいたことがあります笑)
デジタル主流になった今でも、プレートリバーブを模したテンプレートがデジタルリバーブには入っていて、ボーカルなんかは通常プレートリバーブを掛けます。
シルキーなんて表現されるなめらかで非常に美しい残響音が得られるんですが、装置が大型なんですよね。なので、実機よりもデジタルでエミュレートされたプラグインエフェクトが使われることがほとんどです。
実機では1957年とかに出たEMT-140というモデルが至高と言われています。大型(四畳分あるらしい)なことと、やはりスプリング式同様振動に弱い(ということは不要な音も拾いやすい)ので、隔離された場所に設置してリモート操作する事ができるということで、スタジオユースにうってつけ。
とまあ、メカニカル・リバーブとしてはこういったものが主流なのですが、DAW上でプラグイン・エフェクトとしてこうしたスタジオ環境を仮想的に構築できる時代となりました。
プラグインっていうのは、DAW上で追加できるソフトウェアのことで、DAW界ではよくプラグインを挿すなんて言い方をします。
当然デジタルなのですが、過去のこうしたメカニカル・リバーブを踏襲したテンプレートというのがほぼすべてのプラグイン・リバーブの中に初期設定のテンプレートとして入ってるんですね。
何も知らずとも、テンプレートからSpringだのPlateだのHallだのと名前のついたものを選べば、それだけで簡単にそういった環境を実現できるわけです。
デジタルの良さっていうのは音質のクリアさというのがひとつあるわけなんですが、以前も話したように、音楽的に良い音っていうのが必ずしもクリアさとイコールではないという原則がここでも適用されます。
もっとも、リバーブの音質がどうのこうの言ってるような人は初心者にはまずいません。
リバーブの音質なんて普通聞き逃してるもんで、かなり分かりやすく音作りして比較しながら聴かせないと多分聞き分けるだけの耳も育ってないと思います。
ただ、やっぱりプロの人達は鍛えられた耳をお持ちなので、デジタルリバーブがプラグイン化して普及する頃には、その音のクリアさが果たして本当にいい音なのかについて疑問を持たれるようになったんです。
そうなると前に言及したビンテージのコンプレッサーやコンソールと同じく、アナログの名機の音をエミュレートしようという流れがそのうち出てきたわけですね。
その中には前述したEMT-140とか、フェンダーのツインリバーブと呼ばれるスプリングリバーブ内臓のギターアンプのようなビンテージ機器をプラグインで再現しようとするものなんかも出るわけですよ。
また1970年代後期に出てプロのレコーディング・スタジオで使われていた、Lexicon社の224や、後継機種である1986年製の448というデジタルリバーブのエミュレート・プラグインも出てきます。
こうした初期のデジタルリバーブの名機と呼ばれる機材ですが、なぜかデジタルなのにあまりクリアじゃない独特のモヤッと霞のようにまとわりつくような、独特の質感のある残響を作り出していたんですよね。
恐らくですが、当時のA/D・D/Aコンバーターの性能や、含まれているアナログ回路の部分でそういう独特の味付けが生じていたのじゃないかと想像するのですが。
今の高性能プラグイン・リバーブだと、そういう質感がないんですよね。
音がクリアで透明感があるわけですが、オケに混じった時リバーブ成分が透明なので、文字通り存在感が消えるんですよ。
ところが、同じデジタルでもこうした実機をエミュレートしたプラグインの場合、不思議とオケに混ざっても存在感がしっかりあるんですよね。要は雑味が旨味をアップさせるような感覚でしょうか。
こういう結局アナログ回帰みたいな流れに至るまでには、自然界の残響を演算処理で再現するというのが流行った時期もありました。
デジタルのクリア過ぎる残響に、果たしてこれっていい音なのか? という疑問からの流れで出てきた技術だと思います。
先述のコンボリューション・リバーブというタイプのものですね。
コンボリューションっていうのは、日本語にすると畳み込み積分のことのようです。
このタイプのリバーブには、まずIR(Impulse Response)と呼ばれる元データが必要になります。
何のことかと言うと、こんな残響がほしいという部屋の中で単発音を発生させ、その音を録音するんですよ。んでそれをIRデータとしてコンボリューション・リバーブに読み込ませると、リバーブ側はその音響データを基にして残響のはね返り方(レスポンス)を解析するわけです。
それでそのリバーブを付けたい元音に対してIRデータと同じような残響効果を演算処理によって再現して返すというややこしい仕組みです。なのでいちいちリアルタイムで複雑な演算処理をさせるため、CPUに高負荷がかかります。
でも、例えばノートルダム大聖堂でこのオルガンを鳴らしたらとか、NYのアバター・スタジオで叩いたドラムの音がほしいとか、IRデータさえあれば自宅にいながらにしてその残響を再現できてしまうという夢のような技術なのです。
そういう時代を経て、今はアナログ名機をわざわざデジタルでエミュレートするというところに来ています。
まあ刺し身もいいけどラーメンもそれはそれでいいよねみたいなものなのかな。違うかもしれないけど。
何にしろ、ほしいのは音の味わいなんですよね。
わたし、ごくたまにですが勉強を兼ねて過去の音楽的な名作を完コピしてみることがあるんです。
細かいところまで再現しようとすると相当難しくて、結果的に妥協することにはなるのですが、しかし違いを生み出しているのは結局本当に小さな違いなんだなと気付かされるんです。
ほんのわずかなニュアンスなんです。その積み重ね。
その中で、リバーブの質感って意外に大きいんだなと実感するわけなんですよ。違いは小さいんですけど、結果的に大きな違いをもたらすんです。そのニュアンスを感じ取る人にとってはっていう話ですが。
ま、しかしリバーブの質感がどうこう言い出すと、DTMerとしてはかなり深い沼にハマっているということになるでしょう。かなり重症です。
お大事に。
星加Lab. ――素人音楽家の制作の裏の裏―― 星加のん @NonHoshika
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