Ch. 09 ベースはハーモニーとリズムの両翼を担う

 今度は何について書こうかしらと、ここしばらく考えていたのですが、本項では特にロックやポップスでは非常に重要な役割を占めているベースについてテーマとして取り上げたいと思います。


 ベースっていうのは音楽のパートとして非常に微妙なポジションなんですが、とてもとても重要なポジションなんです。


 まずは何が微妙なのかという点について。


 音楽を構成する三要素っていうのを音楽の授業で習ったことがると思います。

 メロディ・ハーモニー・リズムという三要素がそれですね。

 ボーカルバンドだとピアノやギターはハーモニー担当だったり、ドラムはリズム担当だったりということは明快に分かりますよね。


 じゃあベースは? というと、どちらとも言えるし、どちらとも明確には言えないんですよね。

 その点非常に微妙です。

 

 前にベースとドラムはバンドの屋台骨というようなことを書いたかと思うんですけど、そこのところと深く関わってくる話で、重要度が非常に高いのは間違いありません。


 和声法について前回はお話しました。

 コード表記だと大文字のアルファベットが一番左に来て、それがルートを示しているんでしたよね。

 あるいは和声法的に言えば、それぞれの調(キー)における音階の度数がローマ数字で示されていましたが、そのローマ数字もルートを示していました。


 そういった表記法からも窺えるのですが、ハーモニーにおけるルート(普通に和音を重ねると最低音になる)の音っていうのはとても重要というか、基本(ベース)となります。

 倍音の話で説明しましたが、音程を決めている一番大きな音で出ている基音の周波数はルートの音ということが言えるからです。和音っていうのは、言ってみれば音を重ねて倍音を足すことで音色を作っているようなものなんです。


 そんなわけで、和声(時間経過に伴う和音の変化)においてはルートとなる最低音がどのように動くのかということが非常に大事なんですね。

 前回説明したドミナント・モーション(安定を求めてIに戻ろうとする動き)においてもすごく重要な役割を担っています。


 では、もう一つのリズムにおけるベースの役割について。

 これがまた奥深い世界なんですよね。


 ポップス、特に踊れる音楽のリズムには、グルーヴという言葉がついて回ります。みなさんも耳にしたことがありませんか。

 でもグルーヴって何よ? という話になると、なかなか言語化するのが難しい感覚なんですよね。


 これは音楽的な高揚感なのですが、どんなときに感じるかというと、わたしの個人的な見解としてはある種の裏切りと言えるのかなと思います。


 これも音楽の授業で習ったかもしれませんが、リズムには人の自然な感覚として強拍と弱拍というものを感じるものです。

 四拍子ですと、普通一拍目と三拍目を強拍、二拍目と四拍目を弱拍と感じます。

 多分自然な感覚として、みんなでテンポを合わせようとするときに、リズムの頭(出だしと言えばいいか)を合わせようとしますよね。

 すると自然に頭になる一拍目と三拍目、特に一拍目を強調しようとしてしまうわけです。

 裏切りというのは、当然こうなるはずだという法則からずれたことをすることで、ある種の期待というか予定調和を裏切るという意味なんです。


 それで、ビートを強調するためには本来強拍で合わせるところを弱拍(裏なんて言いますね)で合わせて、それだけでなくアクセントも裏に持ってくることがまず基本中の基本になります。

 ほとんどのロックやポップスで二拍四拍にスネアドラムが入っているのは、裏にアクセントを置く目的なんですね。


 ま、これは基本中の基本なので、これだけでグルーヴ感を得るのは相当な手練ミュージシャンでないと難しいです。

 以前、拙エッセイの『ちらしの裏見せます』の中で、バックビートと揉み手ビートっていうお話をしたことがありました。(https://kakuyomu.jp/works/1177354054892393798/episodes/1177354054894098128

 その中で、

 

 ”北米で育まれた音楽の革命的な要素の一つはシンコペーションとアウフタクトです。シンコペーションは裏拍にアクセントの位置をずらすリズムの作り方で、アウフタクトとは弱起とも言われますが、ざっくり言うとメロディが一拍目から始まらないということです。”

 

と説明していました。


 音楽のビートを細かくしていって(つまり四拍子の曲でも、8ビートとか16ビートとかありますよね)、ビートに番号を振っていくと(四拍子なら1,2,3,4)、奇数番がオンビート(ダウンビート)で偶数番がオフビート(アップビート)となります。

 ビートのオフビート(アップビート)が裏にあたりますが、リズムのアクセントをいずれかの裏にずらすというのがシンコペーションの考え方でして、これがグルーヴにも繋がります。


 グルーヴのもうひとつの要素は音価です。

 音価っていうのは、音の長さのことを指すのですが、一番裏切られない安定した感覚を得られるのは、同じ長さの音が連続することです。


 これについては、これまた手前味噌ですが、拙作の小説『バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでサッサとくっつけばいいと思うよ』の72話(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891126118/episodes/16817139554724390322)の中で、ベーシストのメグ君がこう語っています。

 

 ”「同じ音価でこんな風に刻んだ場合とさ、裏拍だけミュートしてスタッカートでこんな風に演奏するのとではグルーブ感が全然違うでしょ?」”


 まあこれじゃわかりにくいですね。

 ベースの音で説明しますと、『ブン・ブン・ブン・ブン・ブン・ブン・ブン・ブン』(8ビートです)というのが同じ音価(音の長さ)で刻んだ場合。

『ブン・ブッ・ブン・ブッ・ブン・ブッ・ブン・ブッ』というのが、裏拍だけミュート(音が伸びないように手や袖で弦を押さえる奏法)して刻んだ場合です。

 リズムは同じ8ビートですが、音価が違うことで裏切りが発生。それがグルーヴに繋がります。


 例に上げたのはひたすら8ビートを真面目に刻んだだけのリズムですが、音楽によってこれをもっと複雑にシンコペーションさせたリズムにすると、裏切られまくって高揚感が生まれ、それがグルーヴになるのです。

 4分音符以上の長めの音符も、音符の長さを超えない範囲でどれくらいの長さで止めるかというところで、実はベーシストの個性が大きく出たりなんかしますね。

 ベースとドラムは一蓮托生の関係なので、ドラムのキックやスネアのタイミングとベースのリズムパターンをうまく組み合わせる……のみならず、音を切るタイミングも大事なんです。

 それによって大事なアクセント(それは他のパートが出す音だったりするかもしれない)が強調されることになりますから。

 ここまで分かってやってるベーシストは、なかなか素人離れしているレベルかも知れませんね。


 さて、裏にアクセントを置くことが大事という話でしたが、このアクセントを強調するために関係してくるもうひとつの要素が、音像なんですね。

 言い換えると音の距離感と言いますか。


 遠くで鳴ってる音はぼやけ、近くで鳴ってる音ほど大きくくっきり聞こえますよね。

 チャンネルストリップの項で少し触れましたが、レコーディングした音に残響音(リバーブと言います)を付加するという話が出てました。話に出したのはちょこっとですけどね。

 実はリバーブっていうのは、音の距離感を出すためにつけるもので、いわば絵画で言う遠近法のようなものなんですね。

 絵画は二次元なのに三次元のような奥行きを感じさせますよね。

 遠くの山は色合いも細かな木々の輪郭もぼやけます。片や手前の花や蜜を吸っている昆虫ははっきり描かれることでしょう。


 音響的にも同じなんです。この遠近を感じさせる音像がアクセントを強調し、グルーヴを生むんですよね。

 なので、リバーブも全体にダラッとかけるのではなく、ソースごとの特徴を捉えてリバーブ成分の量を加減するのは大事です。

 またリバーブがかかると残響の効果で本来の楽器の音よりリリースが伸びますよね。それを音価として捉えるなら、やはり音像的なオンオフがグルーヴに関わるのも頷けます。


 これらの応用編になるかもしれませんが、ベースで目立たない割にとても重要なのが、ゴーストノートというものです。

 ゴーストノートというのは、いろんな楽器の奏法にあるのですが、多くの場合楽音的でないノイズに近い音を出す奏法です。


 ベースの場合だとものすごく短くミュートとした音(音程すらもわからないアタック音のみ)を、休符代わりに入れることで、グルーヴ感が出るんです。

 初心者はこの辺の意識がないので、まずやってないと思いますが、譜面には出ないこういったところで違いが出てくるもんなんですよね。


 グルーブに関わる要素をざっと書き出しました。

 実はこれだけじゃなくもっと深い世界ではあるのですが、今回書いたことを意識して行くだけでもう音楽的なデキには雲泥の差が出るはずです。

 もちろん、これらの要素は効果的に組み合わせられることが大事なんです。


 書いたことを意識しながら、質の高い音楽を聴いていくと、やがて耳が成長して違いが聞き分けれるようになります。

 こういったことがいかに高度になされているかに気づいて、きっと驚愕したり感動したりするでしょう。


 音楽って音を楽しむことですから、歌詞に感情移入してしみじみするっていうのもひとつの楽しみ方ではあるんですが、醍醐味っていうのは今日説明したようなところにたくさんあるんですよ。


 ベースを打ち込みでやろうっていう人も、この辺の要素を知ってるのと知らないのとじゃ全然グルーヴが違ってくると思います。


 あ、よかったらこのコラムで時々参考資料としている、わたしが星野源さんの『うちで踊ろう』キャンペーンに乗じてアレンジしてみた音源で、ベースも弾いてますから今日書いたことをどんな風にやってるかに注目(耳)して聴いてみてください(https://twitter.com/NonHoshika/status/1271048199591976962)。


 これTwitterに直接あげてる動画なので、特にわたしには何の得もありませんのでどんどん聴いて参考にしてみてくださいね。(←自信満々かよ笑)

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