十六歳の誕生日に紹介された許嫁がどこからどう見てもまっしろ子猫ちゃん

海野しぃる

第1話

「浩治、実はお前には許嫁がいるんだ」

「は?」

「由緒正しい血筋のお嬢様だぞ」

 十六歳の誕生日、父親から告げられたのは思いもかけない一言だった。

 許嫁。将来、親同士が子供の意思と無関係に決める結婚を約束された間柄。この令和の時代にそんな人権意識の欠片も感じられないような暗黒の風習が残っているとはさすが北海道のクソ田舎だけはある。

「なんだよそれ、相手の女の子だってとま……」

 俺はともかくとして、相手の女の子にだって人間として自由に生きる権利が――

「この子だ」

「にゃ~ん❤」

 ねえわ人権。

 親父の膝の上でお行儀よく座っている真っ白でふわふわの小さな猫。お名前なんて言うの? かわいいでちゅね? まだ子猫かな? そうだね、お互い未成年ならまだ結婚は早いもんね~んな訳あるかい!

 そうだね猫ちゃんならそら選択する権利は無いね。

 それで、父さん、俺の権利は?

「本気か?」

「本気だ」

 父さんが取り出したのは俺が六歳の時に父の日に渡した『なんでも言うこと聞く券』。流石に十年前の自分を恨め……ねえよ。あの頃の純粋な思いをハッピーバースデージョークの為に秘蔵するヤバい男が俺の父親だったってだけだ。

「ふみぃ~❤」

「あらぁ~かわいいねぇ~」

 俺の足元に白くて小さくてふわふわの猫がすり寄ってきた。心の隙間に染み渡るような鳴き声と今にも壊れてしまいそうな細い身体を見ていると、この子を守ってあげる義務が俺にはあるのではないかという気持ちがむくむくと湧いてくる。

 おかしい。急に我が家の居間に現れただけの小動物に、なぜ俺はこんなにも庇護欲をそそられてしまっているんだ。

「どうやら上手くやっていけそうだな。お父さん安心したよ。ふつつかな息子ですがよろしくお願いいたします」

「んにぃ~❤」

 親父が深々と頭を下げると、俺の隣で子猫もぺこりと可愛らしく頭を下げた。いい子だねかちこいね。

「待てぃ」

 猫ちゃんが俺の方を見上げる。俺は怖がらせないようにゆっくりと優しく蝶よりも花よりも丁重に頭を撫でながらクソ親父を問い詰める。

「急に許嫁とか聞いてないぞ。しかもそれが真っ白でふわふわの猫ちゃんってこともな」

「だいぶ絆されてるな」

「いいから質問に答えな……猫を飼うのは構わないが許嫁ってなんだよ男子高校生の純情弄んでるんじゃねえよ彼女居ない歴十六年舐めるなよ」

「かわいそ(笑)」

「おまえぇ……!」

 親父は両腕を左右に広げて興奮する俺を制止する。

「まぁ聞け。これはお前にとっても悪い話じゃないんだよ」

「どういうことだ?」

「この子は『猫又』という。妖怪の一種だ。つまり人間ではない」

「……は?何言ってんの?」

「だから言っただろう。妖怪だと」

「にゃんにゃん」

 猫又とやらは俺のパジャマの紐で遊び始めた。

「ただの猫ちゃんでしょ、あーかわいいね~よちよち」

「ふしゃっ! ふしゃっ!」

 俺はパジャマの紐を猫じゃらし代わりにしながら彼女と戯れる。

「今はな。だが真実の愛が目覚めることで種族の壁を越えられるらしい。お前の曾祖父さん、俺の祖父にあたる男はそう言っていた。実際、あの爺さんは猫と会話ができたしな。きっといける。いけるよ。だからお前もその娘を大事にしてあげなさい」

「代々!?」

「猫又の血が八分の一以下になった時点で、生まれた子供と猫又をかけ合わせて、妖かしの血を継ぎ足すんだって」

「宮本家秘伝のブレンドじゃんね」

「まあそういうわけで今度はお前の番だ。逃げたり約定を破ったら祟り殺されるらしいから、気をつけるんだよ。江戸時代にそれで村が滅びかけたらしい」

 そう言ってから父さんは俺の肩を掴む。

「クソ因習村が滅ぶ分には構わないが俺はお前に幸せに生きて欲しい」

 真剣な瞳で言われると怖い。

「祟り? 祟りって、その、ちょっと待て父さん」

「じゃあちょっと父さん、仕事行ってくるから。あとは若い二人でごゆっくり」

 父さんはネクタイを締め直し、いつもの格好良い後ろ姿を残して仕事に行ってしまった。

「……とりあえず、今日からここがお前のお家だ」

「なぁああ……」

「お前の寝床とかトイレとかどうすれば良いんだろうな」

「ご心配なく」

 ん? 声は足元からした。でもそこには猫ちゃんしか居ない。

 周囲を見回して、もう一度下を向く。

 猫ちゃんが俺を見上げている。

「……喋った?」

「お初にお目にかかります。浩治様。私、タマと申します」

「喋った……!」

 そういえば、ひいじいちゃんが猫と喋れたって親父が言っていたな。これか!?

「このことはまだ二人の秘密です。浩治様、夫婦の契を交わさぬ内から、あなたの力を他言なさいますと、私とあなたの命がございません。マジおやめくださいませ」

「十六歳の朝から命の危機か……」

「私なぞ生後半年ですよ? 人の子は十六年も何をしていたのですか」

「そう、いつか訪れる運命の出会いを待っていた……かな」

 スネに猫パンチを食らった。ぽふっ、と柔らかいタッチ。

「浮ついたことを言う殿方は嫌いです! 今朝いきなり会ったばかりでにゃぁ~にが運命ですかっ! おたんこなすっ!」

 そう言いながらすごい勢いで頭突きをかましてくる。いや、これは頭突きじゃなくて……撫でろってことか?

「悪かったよ。ちょっとびっくりしているんだ。気持ちが浮ついて妙なことを言ってしまったかもしれない。嫌だったのかな。ごめんね」

 俺はかがみ込んで彼女の頭を撫でながら、謝ってみる。

「あやまらないでくださいましっ!」

 撫でた手に猫パンチを食らった。男子高校生に猫女おとめ心は難しい。

「はいはい。落ち着いて。暴力よくないよ」

 おとめごころ、そうか、そうだ。ただの猫じゃないんだもんなこの子。この娘。

「……まあ、そうですね。はしたないところを失礼しました。ただ、ううん、その、浩治様」

「なに?」

「正直、私、というものがよくわかりません。生後半年なので」

「奇遇だね、俺も分からない」

「とはいえ、周囲は我々に妙な役目を押し付けてきた……訳です。何もわからない私たちに」

「そうだな。正直俺もまだ夢か何かじゃないかと思ってる。やっていけるかどうか不安っちゃ不安だよ、こうやって喋れるってことは冗談とかじゃないとは思うんだけど」

「不安ですよね。そうですよ。だって猫ですもの。ですからその、結婚とかそういうことにはなっていますが、浩治様は私の事をあまり気にせずに自由に生きていただければ……」

 こんなこと言っているけど、一番不安なのはこの娘だろう。

「自由って言うならさ」

 タマの両脇を抱えて持ち上げる。ピローンと伸びた。とても伸びた。長い。

「にゃんです?」

 彼女の顔を覗き込む。

「最初からなんでも決めていくのはやめようよ。周りが勝手に決めたからって、こっちも急いでなにをどうするか決める必要なんてないじゃん」

「ええと、それは、その」

「ふんわりいこうよ、ふんわりさ」

「んまーっ! 不真面目な人! そういうの、良くないと思います!」

「良いんだよ、それくらいでさ。お互い困らされてる同士じゃん」

「まあ……それは、その」

「とりあえず、家族になろうよ。人と猫でさ。それはいいよね?」

 タマはなにか言いたげだが唸るばかりで言葉にはならない。猫語が分かるといってもなんでも伝わる訳ではなさそうだ。まあそのあたりはゆっくり話すことにしよう。

「ミルクとか……飲む?」

「飲みます!」

 いい笑顔だ。

 正直、何がどうなっているのか、何をどうしてあげたら良いのか、俺にはさっぱりわからない。

 この子のことが分かってあげられるまで、俺のことが分かってもらえるまで、ひとまず隣に居ようと思う。この子の言葉が分かる人間は、多分俺くらいなのだから。

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十六歳の誕生日に紹介された許嫁がどこからどう見てもまっしろ子猫ちゃん 海野しぃる @hibiki

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