エピローグ

「パパ、お水持って来たよ」

「ありがとう睦月むつき。それじゃあ如月きさらぎと一緒にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお墓を綺麗にしてあげようか」

「はーい!」

「はーい!」


 元気よく返事する二人の女児がお墓の掃除を始めた。

 まだ小学一年生と二年生だけれど彼方ははに仕込まれているからか掃除の仕方がとても丁寧だ。

 優斗ちちも二人が届かないところを中心に掃除をする。


「ママ、おはな」

「くさとったよママ」

「ありがとう弥生やよい卯月うづき。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも喜んでるよ」

「えへへー」

「わーい」


 そして優斗達が掃除している隣のお墓では、彼方と女児と男児が一緒にお墓の手入れをやっていた。

 子供達はまだ保育園に通っている年齢だ。


 ここにある二つのお墓はそれぞれ優斗の両親と彼方の両親のもの。

 偶然にも優斗の両親のお墓の隣が空いていたため、そこに彼方の両親のお墓を建てたのだった。

 両親の遺骨を親族の墓になどいれるつもりは無かったので、こうして新しく建てた。


「彼方、彼方、どうしようどうしよう」

「うわあああああああああん!」


 優斗と彼方が子供達と一緒にお墓の掃除をしていると、辺りが騒がしくなる。


 号泣中の赤ん坊を抱えた智里がやってきたのだ。


「あれ、泣いちゃったの。これまで皐月さつきは智里でも泣かなかったのに」


 そう言って彼方はその赤ん坊を受け取った。


「あ~これはアレかな。パパ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、分かった」


 彼方はその場を離れ授乳タイム。


「いやぁ賑やかだねぇ」


 そんな中、今度は閃がスヤスヤと眠る赤ん坊を抱いてやってきた。


水無月みなづきの面倒みてもらってわりぃな」

「予行練習だと思えばなんてことないさ」

「閃ならいつでも大丈夫だろ。水無月みなづきだって大人しいし、赤ちゃんの扱いが得意だろ。誰かさんと違って」

「うるさいわね。自分の子供で上手く行けばそれで良いのよ」

「ほーん、それでそのご予定は?」

「う゛っ……」

「智里さんは実は案外照れ屋でして」

「照れ屋とか言わないでよ。ただ、その、あんた達みたいに無計画じゃないってだけよ。というか四人目が出来た時点でもう作らないって言ってたじゃないの。どういうことよ!」

「はっはっはっはっ」

「笑ってごまかすな!」


 師走まで揃えたいね、などと彼方と話をしているのは内緒である。


 優斗と彼方は高校卒業後同じ大学に進学し、いちゃらぶ育児・・キャンパスライフを堪能。

 大学を卒業すると彼方は智里の母の弁護士事務所のスタッフに、優斗は閃の父親の会社に就職。

 彼方は会計士などの様々な資格を取得して事務所の運営に大きく貢献し、優斗は行動力がありかつ現場を蔑ろにしない営業として大活躍していた。


 出費の激しい大家族でありながらも、それを苦にしない程に稼ぎまくるエリートとなっていた。


 なおその大家族の第一歩はギリギリ高校生では無かった、とだけ言っておこう。


「いやでも冗談抜きにそろそろじゃないのか?」

「~~~~っ!」


 智里は中学高校の頃から雰囲気が大分変わり柔らかい反応が多くなった。

 昔は彼方に弄られた時ですらここまで露骨に顔を赤らめるなんてことは無かったのだ。

 それがパートナーの愛の力によるものなのだと知っているがそれは男同士の秘密である。


 智里は新米弁護士として奮闘中。

 閃は父の元で経営について学んでいる最中で、ゆくゆくは父から離れて起業するつもりらしい。


 その時に経済的に不安定になる可能性が高いから子供を作らないようにと智里は考えているようだが、優斗達の子供をあやそうにも徹底して泣かれてしまい育てるのが不安だからというのが本当の理由である。

 閃が毎日のように頑張って説得・・しており陥落は時間の問題だ。


「遅れたッス!」


 そんな感じで子供達と一緒にお墓の掃除をしながら旧交を温めていたら、今度は春臣がやってきた。


「牧之原はやっぱり来れないのか?」

「ダメでしたッスね。そのかわりこれ持ってきたッス」

「これ?」


 春臣がタブレットを取り出すと、そこには無駄に豪華な椅子にふんぞり返った秋梨の姿があった。


『センパイお久しぶりで~す』


 わざとらしくワイングラスなんか手に持っているが、グラスの中身がトマトジュースであることを春臣だけが知っている。


『ハルくん、センパイなんかより子供達を見せてよ』

「ええ?」

『早く早くぅ!』

「仕方ないッスねぇ」


 秋梨がここに来れないのは、祖父の後を継いでいるからだ。

 若い女が裏組織のトップだなんて普通であれば考えにくいが、祖父がバックについていて実質のトップはまだ祖父であることと、秋梨が裏社会での才覚をこれでもかと見せつけて実力で黙らせていることもあり上手く行っているらしい。


 そんな人物が優斗達と仲良くしていたら敵対組織に優斗達が狙われてしまうかもしれず、距離を取らざるを得なかったのだ。


『きゃああああ! 可愛いいいいい!』


 尤も、画面の向こうの秋梨からはそんなシリアスな様子は一切見られないが。


「春臣は上手く行ってるか?」

「ハイッス。めっちゃ厳しいけど頑張ってるッス」


 春臣は父親と同じく警察官への道を歩むと決めた。

 実力や資質はあるのだが、それとは別に大きな問題があり優斗は今でも心配していた。


「お前ら良くそんな不自由な関係で満足出来てるよな」


 片や警察、片は反社会的組織。

 付き合うことなど無謀に等しい間柄だ。


「分かってないッスね。禁断の恋だから燃えるじゃないッスか」


 だが春臣と秋梨はその関係を悪くは思っていなかった。

 結婚して家庭を築くことは難しいかもしれないが、愛し合えないというわけではない。


 それに表と裏の組織がこっそりと手を繋いでいるということは場合によっては悪い事では無い。

 もしも優斗や彼方がトラブルに巻き込まれた時に役立つかもしれないのだ。

 こんな美味しい状況を手放すつもりは毛頭なかった。


「パパ、パパ、お掃除終わったよ」

「おう、そうか。それじゃあママを待ってからお線香をあげよう」

「終わったら遊んで来て良い?」

「良いけど遠くまで行かないようにな」

「は~い!」


 墓地の隣には小さな公園がありそこで遊びたいのだろう。

 そうなることが分かっていたのでちゃんとその時間を用意してあった。


 優斗も彼方も子供には甘々なのである。


「優斗君お待たせ」


 皐月へミルクを与え終えた彼方が戻って来たので、男性陣が線香に火をつけて皆に配った。

 そしてそれをまずは優斗の両親のお墓に供える。


「どうだい母さん。こんなに幸せになるなんて母さんの予想以上だっただろう」


 愛する人がいて、子だくさんで、親友が家族ぐるみで見守ってくれている。

 遺言を守るにしてもやりすぎじゃないかと苦笑いしているだろうか。


「みんな元気な良い子に育ってるよ。母さんにも……」


 見せたかったな。

 その言葉をぐっと飲みこんだ。

 子供達の前で湿っぽい話はしないと決めていたからだ。


「母さんにも負けない優しい人にきっとなるよ」


 だからこう笑顔で誤魔化した。


 次に彼方の両親のお墓に線香をお供えする。


「お父さん、お母さん、私は相変わらず幸せだよ」


 胸に抱いたスヤスヤと眠る皐月を紹介するように見せると、それに合わせて優斗も同じく水無月を見せた。


「沢山の大切な人と一緒に、これからもずっと幸せでいるからね」


 伝えたいことはすでにこれまで何度も伝えてある。

 今はこの風景を見せるだけで十分だ。


 それにこれ以上時間をかけたら遊びに行きたい子供達がぐずってしまう。


「さぁみんな遊びに行っておいで」

「わーい!」


 笑顔で駆け出す子供達の背を見ながら彼方は優斗に向かって微笑んだ。


「優斗君、幸せだね」

「ああ、そうだな」


 その笑顔は生きる気力で満ち溢れていた。


「ちょっと、すぐそうやって二人の世界に入るんだから。まさか七人目を作る気じゃないでしょうね」

「こりゃあ今年中かな」

「テレビ局から大家族スペシャルの取材が来そうッスね」

『ねぇハルくん、私達もこっそり作っちゃおうか』


 こうして親友達に揶揄われるのもいつもの光景だ。


 誰もが笑顔で笑い、何ら憂うことは無く、輝かしい未来に向けて歩いている。


 この光景を見る度に彼方は何度でも思うのだ。


 生きてて良かった。

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生きる気力を無くした同級生を幸せにして『生きてて良かった』と言わせたい マノイ @aimon36

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