結婚してください!

「俺は太もも派なんだぁあああああああああ!」


 ミュリエルとエオライトの壮絶な戦いを固唾をのんで見守っていた四人は、ポカンとしてしまった。


「……なぜあの男は拡声魔術で性癖を暴露しているのだ?」


「わからん。死ぬほどわからん」


「馬鹿なの? 馬鹿なんですの?」


 四人がポカンとしているうちに、上空で激しい光が飛び散った。

 凄まじい音がして、ミュリエルを覆っていた卵が完全に割れる。


「お、おい! まずいぞ! このままじゃ二人とも落ちて死んじまう!」


 ゼオが焦ると、素早くアインダークが竜の姿になった。


「行くぞ! 乗れ、人間ども!」


「おう!」


「はい!」


 空中を落下する二人に向かって、勢いよくアインダークは突き進む。

 地上ギリギリのところで二人を回収することに成功し、アインダークはそのまま竜巻を突き抜けて、大空へ飛び上がった。

 その瞬間、目に痛いほどの青い色が、四人に降り注いだ。


「姫! しっかりしてくださいまし!」


「おいエオライト! 死んでるんじゃないだろうな!?」


 どうやら二人とも、疲れ果てて眠っているようだった。

 規則的に胸が上下しているのを見て、ゼオとピナは安堵する。

 夢でも見ているのか、ミュリエルが、掠れた声でつぶやいた。


「太ももくらいなら、なんとか、なりそう……」


 ふにゃ、と笑って、そのまま気持ちよさそうに寝返りをうつ。


「え? もしかしてあの太もも発言で正気に戻ったのこの姫?」


「相変わらずぶっとんでますわ。頭がおかしいのですわ」


 まあでも確かに、セクシー好きというよりも、太もも好きというなら、ミュリエルでも何とかなりそうだ。


「ああああ、お騒がせな奴ら!」


「本当に!」


 ゼオとピナは疲れ切って、その場でため息をついた。

 いつの間にか黒い竜巻は消えて、雲の隙間からいく筋もの光が、地上に降り注いでいたのだった。


     *


「この度はご迷惑をおかけいたしました」


 王都にある宮殿。

 ミュリエルとエオライトは二人揃って、国王夫妻に頭を下げていた。


「全くですよ。もう二人は夫婦なのですが、ちゃんと話し合って問題は解決するように!」


 王妃はぷんぷんと怒っているが、王は笑顔だ。


「まあ、二人の仲が戻ったなら、それでよかったんじゃない? そもそもの発端は、あの迷惑な御令嬢なんだし」


 ミュリエルに愛人だと言ってきたあのベアトリーチェという令嬢。

 実はエオライトに片想いをしてミュリエルに嫉妬していただけのようだった。

 竜騎士団が駐屯地にしていた伯爵領の令嬢で、休憩していたエオライトに一目惚れをして、あんなふうにミュリエルに嘘を吹き込んだらしい。


「エオライトのこととなると、ミュリエルは盲目になりすぎです。これからはしっかりと情報を精査して、領民たちに迷惑をかけないように精進なさい」


「はい、お母様」


「エオライトも、恥ずかしがらずにミュリエルと話し合いなさい。私たち夫婦でさえ、今でも言葉で説明しなければ分かり合えないことはあるんですから」


「……心に刻みます」


 二人の返事を聞いて、国王夫妻は微笑んだ。


「これからも夫婦仲良く過ごすようにね」


「「はい」」


 二人はしっかりと頷いたのだった。


     *


 エオライトには仕事の話があるからと、ミュリエルを退室させ、部屋には国王夫妻とエオライトのみが残っていた。


「しかしまあ、ミュリエルがドラゴンロードの姿に戻ろうとしていたなんて。そんなことは今まで一度もなかったのに」


「それだけショックだったんだろうよ〜」


 王妃はため息をついた。

 エオライトは二人に報告する。


「……姫は、自分がドラゴンロードの生まれ変わりであるとは気づいていないようです。どうやらあの日の記憶は曖昧になっているようでした」


 エオライトとミュリエルが衝突したあの日の出来事を、ミュリエルはほとんど覚えていない。どうやら魔力が暴走して、意識が飛んだと思っているようだった。


「あの子の力は日に日に強くなっています。不安だわ……」


「まあまあ。エオライトがそばにいてくれるんだもの。きっと大丈夫さ。それにあの子自身も成長していくよ。必ずね」


 そう言って王は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「どうやらこの大陸の平和は、君たちの夫婦仲にかかっているようだ」


「どうか守ってくださいね。あの子も、この大陸も」


 エオライトは拳を胸に当てた。


「はい。この命に代えても、お守りいたします」


     *


 ミュリエルは夫が戻ってくる間、庭園を散歩して花を集めていた。

 すると、見覚えのある男が、庭園の花を眺めているのを発見した。


「あら、アインダークさん。こんにちは」


「む? ああ、ミュリエルか。暫くぶりだな」


 それは人の姿になったフレイムドラゴン、アインダークだった。

 彼はあれから、ミュリエルたちを領地に届けてくれたりと、大活躍してくれた。


「ちょうどどうしているか気になっているところだったんです。お元気でしたか?」


「うむ。吾輩も千年ほど眠っていたからな。この辺りのことはさっぱりで、しばらく観光がてら、この大陸をブラブラしようかなと思っていたのだ」


「まあ、そうだったのですね」


「幸いなことに、国王夫妻も仲良くしてくれそうだからな。そうだ、今度はお前のところにも遊びに行っていいか?」


「もちろんです! ぜひいらっしゃってくださいな」


 そう言ってにっこり笑うと、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。


「あああ! 姫、こんなところにいましたの! さあ、わたくしと決闘なさい!」


 いつも通り騒がしいのは、ピナだった。

 どうやら何か用事があって王宮に来ていたらしい。


「うふふ。残念ですけど、今日はドレスですから、また今度にしましょう。それにピナさん、何か用事があってここに来たんじゃありませんか?」


「あっ、そうでしたわ」


 ピナはポンと手を打った。


「今騎士団の訓練場でバーベキューをやってるんですの。ここにいるアインダークさんの炎で焼く肉は、絶品ですのよ。よかったらいらっしゃいません?」


「それはいいですね! 用事が済んだら伺います」


 ミュリエルは頷いた。


「さ、みんな待ってますわよ、アインダークさん! いきましょう!」


「ああ」


 去っていくピナの後に続いて、アインダークも歩き出す。

 ふと気になったことがあって、ミュリエルはその背中に問いかけた。


「アインダークさん」


「む?」


 振り返ったアインダークに尋ねる。


「アインダークさんは、願いの果実に、何を願ったのですか? 願いは叶ったのですか?」


 そういうと、アインダークは考えこんで、ふっと笑顔になった。


「ドラゴンという存在は強すぎるが故に、昔から人々には嫌われていた。嫌われなくても、畏怖や崇拝の対象とされて孤独なことが多かった。しかし吾輩は、実は人間に興味があったのだ」


 アインダークは言った。


「だから吾輩はあの果実に、友人が欲しいと願ったのだ」


「まあ」


「すると吾輩よりも強いお前がやってきた。お前よりも弱かったおかげで、ピナたちは吾輩を恐れなかったのだろう」


「ピナさんもピナさんで常識がぶっ飛んでいるところがありますけどね」


 ミュリエルは苦笑いする。


「友人ができたことには変わりない。願いは、叶ったのだから」


「なるほど」


「強すぎる力は人を恐怖させる。だからこそ、それでもなおそばにいてくれる人は大切なのだ。人間でもドラゴンでも、種族を問わず、な」


 ミュリエルは頷いた。

 遠くでピナが呼ぶ声がする。

 アインダークは真っ直ぐに、その声の主に向かって歩いて行った。


     *


 ミュリエルが花を集めていると、背後から足音がした。その音だけでそれが誰かわかった。もちろん、エオライトだ。

 ミュリエルは手に持っていたものを背中に隠して、振り返った。


「姫、ここにいたのか」


「はい。旦那様をお待ちしておりました」


 にっこりとミュリエルが笑うと、エオライトは真っ赤になった。

 彼が全然話しかけてくれなかった理由も、ミュリエルはすでに知っている。

 エオライトは正直に、ミュリエルと対面するのが恥ずかしかっただけなのだと教えてくれた。でもこれからは、恥ずかしくても、顔が真っ赤になっても、ミュリエルと向き合ってくれると、約束してくれた。


「旦那様、私、伝えたいことがあるんです」


 ミュリエルはそう言ってから、ふとエオライトも背中に何か隠していることに気づいた。


「私──」


「待ってくれ。俺も伝えたいことがあるんだ」


 どうやらエオライトも、ミュリエルが背中に何か隠しているものがあることに気づいたようだった。


 二人は目を合わせてはにかんだ。


「じゃあ、せーので言いませんか?」


「……ああ、わかった」


 エオライトは頷く。

 ミュリエルは微笑んだ。



「じゃあ、せーの」



 国王の命令で降嫁するのではなく。

 ドラゴンを打ち倒した褒賞として結婚するのではなく。


 あなたが好きだから。

 あなたを愛しているから。


「俺と」


「私と」



「「結婚してください!」」




 二人が同時に差し出した花束から、まるで二人の愛を祝福するかのように、花びらが青い空へ舞い上がっていった。

 






END.

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【完結】離縁しましょう、旦那様。 美雨音ハル @andCHOCOLAT

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