俺は×××派なんだーッッ!!(魂の叫び)

 エオライトは飛竜に乗って、竜巻の中心部、ミュリエルが浮かぶ場所へと向かっていた。

 凄まじいマナの量だ。

 流石のエオライトでも、歯を食いしばってその威圧感に耐える。


(姫……)


 元を正せば、こんなことになってしまったのは、ミュリエルとコミュニケーションを取ろうとしなかったエオライトのせいなのだ。

 何とかしてミュリエルの誤解を解いて、謝罪しなければならない。


 エオライトは空に浮かぶ透明な卵まで飛竜を移動させると、ミュリエルの名を呼んだ。


「姫! ミュリエル!」


「……」


 半竜と化したミュリエルは、不機嫌そうに俯いたまま、何も言わない。

 いや、このおかしな卵のせいで、声が届いていないのかもしれない。


「くそ、割ってみるか?」


 エオライトは剣を抜いて、軽く卵にぶつける。

 しかし剣は弾かれ、傷一つつけることができない。


「もっと強く、姫を傷つけないように……!」


 さらに強い力で何度も剣で卵を斬りつける。

 何度か切りつけているうちに、ついに殻にヒビが入った。

 ヒビを狙って、勢いよく剣を突き立てる。


 ──ばきん!


 殻の一部がポロポロと崩れ落ちた。

 ヒビに剣を突き立てつつ、エオライトは叫ぶ。


「姫ぇええええ!」


「……」


 ミュリエルの暗い瞳がエオライトに向いた。

 エオライトは早口で、ミュリエルに事情を説明する。


「姫、違う! 俺は愛人なんていないし、浮気なんてしていないんだ!」


「……」


 ぼーっとしながらも、ミュリエルはつぶやいた。


「うそ。旦那様は、私のことが好きじゃないもの。私だけが好きだったって、わかってるもの……」


「! 違う!」


(……ここで本当の想いを言えなかったら、俺はクズ野郎だ!)


 エオライトは覚悟を決めた。


「路地裏のゴロツキから竜騎士になったのも、邪竜討伐に参加したのも! 姫を俺の嫁にしたかったからなんだ!」


「……」


「俺が……俺が陛下に頼んだ! 邪竜討伐の暁には、姫を嫁に欲しいと!」


「嘘! そんなの、嘘!」


「!」

 

 ミュリエルが突然叫んだ。

 衝撃波が飛竜ごとエオライトを襲う。

 飛竜はそれに耐えきれず、がくりと姿勢を崩し、下降していく。

 エオライトはすんでのところで、どうにか卵に突き刺していた剣を掴んで、落下を防いだ。けれどミュリエルのマナは凄まじい。このままでは落下するのも時間の問題だろう。


「旦那様は……妾のことが好きではないのだろ! だから別の女を愛人にしたのじゃ!」


「!」


「許さぬ! 迎えに来ると言ったくせに嘘をつきおって! 妾は二千年も待ったのに!」


 ミュリエルの口調が変化する。

 それと同時に、またマナの量が一気に増え、ミュリエルの竜化が一気に進んだ。

 バチバチとミュリエルの周りにまとわりついた電流が、エオライトを襲う。


「ぐっ……!」


(まずい、このままじゃ……)


 エオライトは電撃を浴びて、気を失いそうになった。

 不意に、一年前のことを思い出す。


     *


「もしもこの戦いで俺が邪竜を打ち倒したら、どうかミュリエル姫を俺にください」


 そう言って、エオライトは王に頭を下げた。

 王はそれを見て、しばらくおしだまった後、エオライトに問いかけた。


「そんなにミュリエルのことを愛しているのかい?」


「……はい。俺は生涯、あの方のお側にいたいです」


「彼女がこの先、この大陸を滅ぼしかねない存在になるのだとしても?」


「……」


 顔を上げたエオライトに、王は微笑んだ。

 

「もちろん知っているよ、君たちが相思相愛なんだってことは」


 王は窓の外を見て呟く。


「君に降嫁させるのも構わない。彼女は自由気ままな第七王女だからね。もしも君が武勲をあげて十分な地位を得れば、姫を娶っても周りはとやかく言わないだろうさ」


 でもね、と王は衝撃的なことを言い放った。

 

「姫は、なんだ」


 ドラゴンロード。

 その昔、この大陸を支配していた悪しき竜。

 人間が何百年もかけて打ち倒した伝説の邪竜。


 エオライトは驚いたが、同時に納得もした。

 ミュリエルが測定不能なほどのマナを有している理由が、分かった気がしたのだ。


「それでも君は、ミュリエルと添い遂げたいのかい?」


 正直、死ぬと思うよ? 君がね。


 王は真面目な顔でそう言った。

 しかし珍しいことに、エオライトの顔には、微笑みが浮かんでいた。


「それが、どうかしましたか」


「……」


「俺は姫と結ばれたい。ただそれだけです」


 俺は死にません。姫と添い遂げます。


 王はそうして、エオライトを認めたのだった。


     *


「!」


 意識を飛ばしかけていたエオライトは、はっと正気に戻った。

 ずり落ちそうになっていた右手に力を込めて、何とかその場に留まる。


(そうだ、陛下とも約束したじゃないか)


 俺は、ミュリエル姫と、添い遂げるんだ。


 そう思った瞬間、エオライトの右手から、青い光が生まれた。

 光は剣を包み込み、一気にあたりに広がる。

 青い光とミュリエルの黒いオーラがぶつかり合い、凄まじい光を発した。


「! これは……」


 光のいくつかが溢れて、ふんわりとあるものの形を作った。


 ──蝶々だ。


 いくつもの青い蝶々が群をなして、ミュリエルの黒いオーラにむらがった。

 そのうちの一匹がふわりとエオライトの元へやってきて、美しい声で言った。


〝約束を果たす時です〟


「!」


〝あなたは英雄ジークライトの生まれ変わり。あなたはドラゴンロードを倒した時、彼女と約束したでしょう〟

 

「やく、そく……」


〝ドラゴンロードとあなたは、恋仲だったのです。けれどドラゴンロードは罪を重ねすぎた。だから贖罪し、次に生まれ変わった時に必ず一生になろうと、あなたは誓いをたてました〟


「俺は……」


 よく思い出せない。

 けれど何かこの蝶が嘘ではないようなことを言っているような気する。


(いや、そんなことはどうでもいんだ)


「俺は今のミュリエルが好きだ。愛してるんだ! 彼女にこの気持ちを伝えたい!」


 蝶は頷いた。


〝私は神の使いです。再びこの地にドラゴンロードが復活することがないよう、あなたに協力しましょう〟


「!」


〝あなたの声をあの子に届くようにしてあげます〟


 その瞬間、ふわりと青い光が強くなって、ミュリエルの卵の大半を割ってしまった。中にいたミュリエルが、目を見開く。


〝さあ、今なら伝わります! ありったけの言葉と心を、叫んで!〟


「俺は」


 ドラゴンロードとか、ジークライトだとか。生まれ変わりだとか。

 そんなのは関係ない。

 ただ初めて会った時に見たあの笑顔を、ずっとずっと守りたいと思った。


「俺はっ」


 大陸を滅ぼす存在だとしても、ありのままのミュリエル姫が大好きなんだ。

 胸が大きいだとか、足が長いだとか、セクシーだとか、そんなものは何一つ関係ない。


 愛してる、ミュリエル。






「セクシーさなんてどうでもいい! 俺は……っ! 俺は太もも派なんだぁあああああああああ!」




(あっ……伝える言葉間違えた……)





 ──神の使いは思った。



 こいつ宇宙一アホじゃね?と。


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