慰め
井上 幸
【短編】慰め
相手チームが放った強烈なアタック。
その球を追って、仲間が観客席までダイブする。まるでスローモーションのように、宙に浮いた身体と伸ばした腕が目に焼き付いた。
この球が落ちれば僕らの負け。奇跡よ起きろと念じたが、それが叶うことはなかった。パイプ椅子の倒れる音とシューズが床にこすれる音が響く。
一瞬の静寂。
試合終了の笛が、遠くに聞こえた。
県大会予選。三年の先輩たちにとっては高校最後、引退がかかった大事な試合だった。二年である自分がレギュラーに選ばれたのは予選前に怪我を負った先輩の代わり。その僕が足を引っ張るわけにはいかなかった。ここで勝てば、次の試合にはその先輩が出場できる。僕は、僕たちは絶対に勝つんだと強く願っていたし、勝てると信じていた。それなのに。
「あー、こんなところに居た!」
良く通るマネージャーの大きな声に思わず顔を
「わー、ちょっと、もうっ! タオル持ってきてあげたのに、私まで濡れちゃったじゃない」
「頼んでないし」
不機嫌にあしらってみるが、特に気にした様子もなく彼女は続ける。
「まぁ可愛くないこと。先にタオル借りちゃったわよ。ほら、早く拭かないと」
「……」
ため息を吐いて受け取れば、やれやれと困った顔でこちらを見てくる。何か言いたそうな目に居心地が悪くなった。けれど彼女は何も言わず、くるりと
受け取ったタオルでがしがしと水をふき取り控室へと戻る。いつも通りの熱気と
先輩たちは励ますように肩やら背中やら叩いてくれて。あーだこーだと発破をかけられる。僕も次は絶対勝ちますよ、なんて笑って軽口を叩いた。
自分の口から出た言葉が、こんなにも胸を
翌日は部活も休みになった。普段なら自主練に行くところだけれど、今日は何もかも全部が無駄に思えて何もしたくない。かといって他にやりたいこともなく。日が高くなってから、いつものコースの途中にある河川敷でぼんやりと景色を眺めていた。盛りを過ぎた夏の日差しが、それでもじりじりと肌を焼く。けれど、頭の中は昨日の試合のことでいっぱいだった。
僕はこの一年半、何をしてきたのだろう。昨日、あの舞台で、あの瞬間に、期待を裏切った。これまで積み上げてきたものが全部無意味だったように思えて、悔しいというよりも
毎日、朝夕走り込んだ。家では筋トレばっかりしていたし、部活の練習時間は言うまでもなく、時間外だって地道な基礎錬を積んできた。けれど昨日、そのどれもが結果につながらなかった。先に点を取られて取り返し、焦っていたのは確かだけれど。それでも、僕たちが負けるなんてあるわけがなかった。絶対に。それだけの実力があったはずだ。チームワークだって完璧で。最高のチームだったのに。
「何がダメだったんだろ」
ぽろりと
積み上げてきた自信が砕けて散っていくような気がした。その破片が手をすり抜けて、いくつも傷を作っていく。息を詰め、その痛みにじっと耐える。じりじりとした陽射しが、むき出しになった首のあたりで
どのくらいそうしていただろう。かさり、と近くで鳴った足音にびくりと肩が跳ねた。握ったシャツの
「奇遇だな。昼寝でもしてんのか」
軽く響くその声は、良く知る先輩のもので。いつもよりほんの少しだけ
しばらくの沈黙の後、隣に座る気配がした。
ぽん、と頭に温かく乗る感触は。ダメだ。泣いて良いのは僕じゃない。先輩の前じゃ絶対泣かないって思っていたのに。そんなちっぽけな誓いは、先輩の手のひら一つで簡単にほどけてしまう。じわり、と押し当てた膝に滴が滲むともう駄目だった。次から次へと涙は溢れて止まらない。
先輩の手はぽん、ぽん、とリズムをつけて、声を押し殺して震える頭を撫でてくれた。僕が顔を上げるまで、ずっと。
「走るか」
しばらくして掛けられた先輩の言葉に
「心配するな。お前は何も間違ってないし、これまでの日々が無駄だったなんてことは絶対ない。だから、今はとりあえず練習続けとけ」
目を
慰め 井上 幸 @m-inoue
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