第38話 終章
マリアがSNSのアカウントを削除する日、俺は自分のスマホの前でマリアの最後の投稿を待っていた。
投稿されるであろう、時間にスマホを恐る恐る開く。怖かった。受け入れたつもりだったが寂しさが募って気がついたら頬を雫が流れていた。
『今までありがとうございました。皆様からの沢山の応援があったからこそ私はSNSの中にマリアとして存在で来たのだと思います。今日でマリアとしての活動は終わります。新生マリアの活動をこれからも暖かく見守っていただければ幸いです。おやすみなさい』
そして、写真が添えられていた。ガーベラの花の写真だった。
花言葉は「希望」「常に前進」
最後までマリアらしい言葉だった。最後にマリアが「おやすみなさい」と言う言葉を選んだのには夜だからだと思うが、またいつかSNSのマリアとして目覚めて活動をする日が来ると言う意味が込められているのではないかと少しばかり期待を抱いてしまう。マリアがSNSの活動をやめてしまうのを前向きに考えようと思っても、やはり悲しくて、人生の目標を失ったような虚しさが湧いてきて平常心で生活できるようになるまではまだ時間がかかりそうだった。
この写真に、この花にマリアの全ての想いが詰まっている気がした。
俺はその写真をそっと大切に保存した。この時の胸の奥の虚しさを瑞々しい煌めきを、美しい思い出をずっとこのまま残しておきたかった。
マリアはSNSの中から消えてしまった。画面の中から消えてしまった。しかしこの花の写真がずっと俺の心の中で咲き続ける事だろう。
——そうして、半年前の事を思い出して空を見上げて、校門でショウの事を待っていた。
「アツシくーん!お待たせしました!帰りましょう」
ショウはまだSNSを続けている。以前話していた通り、性別を公開してより楽しく活動出来ているのだとか。
「はあー。穏やかな日々ですねー。いろいろありましたけどね」
「そうだな。ずっとこんな日々が続くといいな」
ショウは大空に向かって気持ちよさそうに肩や腕の関節を伸ばしていた。
「アツシくんもSNSやめるって聞いた時は驚きましたけど。あ、内緒にしてましたけど、僕アツシくんが最後に投稿していたあの言葉好きなんですよ!推しへの愛がひしひしと伝わってきましたよ。思わずスクリーンショットしちゃいました!」
「え!?見てたのかよ」
「見てるに決まってるじゃないですか!」
ショウはやんちゃな小学生のような笑みを浮かべる。俺もつられて笑ってしまった。
俺は、マリアの最後の投稿を見届けた後、画面の中のSNSで知り合った皆へ向けての想いを最後に投稿をしてから、自分のアカウントを削除していたのだった。
『こんにちは。マリアのファンアカウントのアッくんです。この度、マリアがSNSの活動を辞めてしまうと言う事でこのアカウントも閉鎖する事にしました。仲良くしてくださった皆様ありがとうございました。
事件が起きた時はシャボン玉が、割れるように一瞬で目の前が真っ暗になりましたが、こうしてまたマリアの元気な姿を見る事ができた事を大変嬉しく思っています。
そしてこの度マリアがSNS活動をやめてしまうという事でマリアの未来を応援したくも、寂しさが募っております。
マリアの存在は遠いようで近くて、そう感じさせてくれたのはマリアがファンに寄り添ってくれていたからだと今になって気付かされています。でもマリアはやっぱり遠くにいました。ずっとずっと俺達の届くはずのない場所にいた。だからこそ眩しいくらいに太陽のように輝いていたのだと思います。
マリアの笑顔も言葉も何にも変える事のできない俺の宝物です。
マリアと出会って世界が広がりました。友達もできました。瞬きをする間もないくらい、環境に沢山の変化があって、一つ一つがかけがえのない思い出です。俺もマリアのように少しだけ前に進む事ができたのではないかと思います。
出会えてよかった。ありがとう。
そして、俺から一つ忠告です。SNSの使い方には充分気をつけてくださいね。
それでは皆様、またどこかで』
画面の中の美少女へ 紅井さかな @beniiro_kingyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます