第?話 〚法具〛の行方

────?side────


「クソ……ッ!!! 何故だァっ! 何故、ヤツは動けた!? 制約の魔導具をあれほど使っていたのにィ……!!!」


 ひび割れ、ボロボロになった地下牢の中で男の金切り声が響き渡る。

 立派な脂肪を腹に蓄えたその男はあぶらぎった汗を額に浮かべ、顔を真っ赤にさせて激昂する。

 一頻ひとしきりに地団駄を踏むと何の前触れもなく、ぐるりと180度体を回転させる。そして、その勢いのまま後ろでひかえていた衛兵の胸ぐらを掴み上げた。


「貴様ぁ……! 本当に魔導具を使ったんだろうな!!??」

「ま、間違いなく使用しました! 魔力の回復を停止、身体機能および生命活動の制限もとどこおりなく───」


 そこまで言い終えると、衛兵は力任せに地面に叩きつけられる。


「ならば……、ならばどうしてっ、ヤツはここに居ないんだ!!!」


 男はわざわざ衛兵の鎧と鎧の間を縫って、何度も何度も踏みつける。

 冷たい地下牢に衛兵の苦しそうな声が低く響いた。


 何人かの衛兵が仲裁に入ろうとするが、他の仲間たちがそれを止め、無念そうに首を振った……『やめておけ、長引くだけだ』、と。

 衛兵たちはその悲痛な光景に目を逸らし、悔しそうに唇を噛む。


 一方的な暴行が始まって数十秒が経過した頃、ようやく男の息が切れ、足を退しりぞける。

 大きく肩を上下させながら男は半壊した地下牢を───いや、そこに居ただろう少女を恨みがましく、忌々しげににらみつける……すると、視界の奥に地下牢の素材とは明らかに異なるモノが視界に入った。


「ぬぅ??? あれは───」


 男の視線の先。そこには瓦礫がれきの上で横たわる……一本の杖があった。


 男は駆け足でその杖に近づき、それの全貌ぜんぼうを見て───無意識に体を震わせた。


 それは闇に溶け込むような深い黒色のつかを持ち、光を一切反射しない無光沢な黒が、手で触れなくともひんやりとした感触を伝えてくる。

 杖の先は緩やかな半円を描いており、その中心には粗削あらけずりの透き通った青い石が宙に浮かんでいた(端的たんてきに〝青い石〟と称したが、実際は何とも形容し難い、不思議な色合いの〝あおいろ〟だ)。

 無駄な装飾は無いが、半円の途中に一本だけ良質な白色の手巾ハンカチが巻いてある。

 全長は1メートル50センチに迫ろうとする大きさだが、その細部に至るまでまで技巧がらされており、何よりも……美しかった。


 一目で分かる。理解させられる。


 確実に業物わざものだ。……それも並大抵のものではない、国一番の職人が生涯をけても作れないような至高にして、極地にして、最高峰の傑作。


「ふ、ふひ! こ、これは何だ!? こんなものが、ここに……! わ、私のだ! これは私のモノだ! 誰にも、誰にも渡さんぞッ!!!」


 早口にそうまくし立てた。

 誰が取るわけでも無いのに、男はその大杖に急いで手を伸ばす───が。


 男の指先が黒塗りの柄に触れる寸前で、その大杖はひとりでに浮き上がる。

 まるで大杖自身が『気安く触れるな』と言うかのように、そのまま男が触れられない高さまで上昇していった。

 重力に反して空中で浮かび続ける大杖を見て、男は口をあんぐりと開けながら、ポカンとその場で立ち尽く。


「……〚法具〛」


 衛兵の誰かが、ぽつりと呟く。


「おい、あれって……」

「俺、あの杖見たことある気がするんだけど」

「俺も」

凱旋がいせんパレードの時に見た気が……」

「[クラウ・ソラス]の……」

「あっ、グラス様の後ろにひかえてた人?」

団長グラス様の後ろ? ……ってことは、副団長か」


 未だに開いた口が塞がらない男には聞こえない声量で、衛兵たちは口々にそう言った……残念ながら、名前は出てこなかったが。




────Tips────


〚法具〛も突き詰めれば道具の一種ではあるため、意思を持つことはない……とされるが、そもそもそれ自体が世界の〝法則ルール〟を書き換える力を有しているため、どうなるかは分からない───というのが正しい。




◇作者が受験のため、ここで更新ストップとなります。一応プロットはあるんですがね……。それでは皆さん、またいつかお会いしましょう◇

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或る魔術師と少女の2人旅 恩ちゃん(旧:時計) @time-eater

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