05
ロズリアの発表会見の後、アンソニーと連絡先を交換して会場を後にしたケンは近くのハンバーガーショップに入った。
申し訳程度にレタスが挟まれたハンバーガーとコーラを片手にカウンター席に座って、PCを立ち上げ会見の内容を整理する。
ヒト由来の成分は入ってない、か。だが、俺が興味があるのはそこじゃない。
研究に協力した"エンジェル"の事だ。
エンジェルねぇ。
キザったらしいベンジャミンらしいなとケンは鼻を鳴らし、ハンバーガーにかぶりつく。
ヒゲについたパンくずがパラパラとキーボードに落ちた。
タッチパッドに指を滑らせハーマン製薬関連のデータを格納しているフォルダを開く。
クリックしたのは19年前に雑誌に載ったベンジャミンのインタビューだ。
当時、開発中だった認知症の薬"H102"を語るものだった。
開発責任者だったベンジャミンの認知症治療薬にかける並々ならぬ思いと共に開発中のH102の治験の状況を語っていた。
薬の効果はまずまずだが、非常に良く効いている被験者が1人いる。
その原因を遺伝子レベルで突き止めたいと話していた。
当時は遺伝子解析が流行り出した頃でヒトゲノム計画が完了すれば圧倒的に効果的な薬ができると一部で信じられていた。
ベンジャミンもそのうちの1人だったのだろう。
しかし、それは叶わなかった。
その患者が亡くなったのだ。
結局その患者を解析は叶わず、開発が頓挫したH102も市場に出回ることもなく、多くの薬と同じように消えて行ってしまった。
ベンジャミンは絶望したはずだ。
この薬にかけていたのだから。
ハーマン製薬はベンジャミンの祖父のジョセフが興した会社だ。
最初はジェネリック薬品専門の小さな製薬会社だったが、それを大きくしたのがベンジャミンの父親のトーマスだ。
この父親がやり手だった。
ジェネリック薬品専門に甘んじることを許さない野心の持ち主だった。
技術者というより、商売人気質だったトーマスは他分野の技術者を引き抜き、斬新な方法で新薬を開発した。
市場を席捲するほどの薬をいくつも作って、企業買収を繰り返し、ハーマン製薬を世界的な製薬会社に押し上げた。
一方息子のベンジャミンは開発畑に長い間いたものの、効果的な薬を生み出せないでいた。
あげく、トーマスが引退するときに次期社長に指名したのは弟のミハエルだった。
ベンジャミンは相当ショックだったはずだ。
そのベンジャミンが熱を入れていたのがH102だった。
認知症の治療薬は世界中が渇望している。
劇的な効果を生みだす治療薬を作れれば、うだつの上がらない息子の汚名を払しょくできると考えていたはずだ。
ケンが怪しんでいるのはエンジェルの出どころだ。
ハーマンは治験に参加した女性の子供だと言っていた。
両親が死亡して身寄りが亡くなったから引き取った。
大層な美談じゃないか。
ハーマン製薬は慈善事業にも熱心だ。
難病の子供、身寄りの無い子供たちへの支援する施設も運営している。
何故、そこにエンジェルを入れずにハーマン邸に迎え入れたのか。
そして、その治験に参加した女性の素性も気になる。
"H102が異常に効きのいい被験者"がいたはずだ。
その被験者を遺伝子レベルで研究したい、そう明言している。
エンジェルはその被験者の子供なのではないか?
亡くなった被験者の代用品として研究を続ける為に引き取ったのではないか?
正規の手続きを踏んで引き取ったのであれば問題は無い。
怪しいのはそこだった。
その治験者には子供はいなかったはずなのだ。
厳密にいえば、この世に生を受けた子供は。
その夫婦は2人の受精卵を凍結胚として保存していた。
病気の妻に何かがあった時の為にということだろう。
その胚をハーマンがかすめ取ったということは考えられないだろうか?
ハーマンは相当追い詰められていたはずだ。
しかも、胚を預けた病院を経営していたのはハーマン一族だ。
ケンはこの突拍子もない仮説を信じていた。
数年前にバーで出会った女性から聞いたのだ。
最初は酔っ払いのたわごとかと軽くあしらっていたのだが、その割に妙に辻褄が合うことが気になった。
それは記者のカンとも言える半ば根拠のないものだったが、ケンはそれがきっかけでハーマン製薬のことを興味を持ち、周辺を調べるようになったのだ。
治験者の名前は"アナミ ユノ"その夫の名前は"アナミ ハジメ"
そしてその間に生まれた可能性があるのか"エンジェル"という訳だ。
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