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ほどなくして記者たちに着席するよう促すアナウンスが流れ、ハーマン社代表のベンジャミン・ハーマンと数名の社員が入場して会見が始まった。


ベンジャミンが簡単な自己紹介をした後にロズリアの説明を始めた。


「このロズリアは認知症の治療薬です。

進行した認知症を回復させる事ができる画期的な薬です。

従来の薬品ではせいぜい症状の進行を遅らす程度でしたが、これは違います。

一か月に思い出せなかった子供の顔を、名前を思い出すことが出来るようになります。

認知症に伴う人格変異も免れます。

死ぬまでその人らしくいられるのです。

愛する人に忘れられることもありません。

亡くなる間際まで手を取り合って昔の思い出話をすることも可能でしょう」


ベンジャミンは朗々と自信たっぷりに語りかける。

上背があり整った顔立ちのベンジャミンは周囲に影響力を与える存在で、演説も得意だった。

記者たちベンジャミンを食い入るように見つめ、話に真剣に耳を傾けている。


ロズリアの説明が一通りの終わった後に質疑応答の時間が設けられ、挙手をした記者にマイクが渡され、ベンジャミンに質問が投げかけられた。


「ハーマン製薬は19年前にも認知症の治療薬を開発していましたよね?

それは残念ながら世に出なかったようですが、その薬を元に作られたのがロズリアになるのですか?」


ベンジャミンは一層魅力的な笑顔で答える。


「よくご存じで。

19年前にも意欲的な治療薬の開発を進めていましたが、市販には至りませんでした。

私たちはそこで諦めずに、ずっと認知症の治療薬を研究と開発を続けていました。

19年前のものとはもちろん性質は違いますが、あの薬があったからロズリアができたことは間違いありません」


ベンジャミンの静かでありながら、堂々とした物言いは福音の様に甘美に耳に流れ込む。

聞くものを魅了する声の持ち主だった。

そんな中冷めた目をしてベンジャミンを見つめるケンが挙手をした。


「元ハーマン製薬の従業員からのリークなんですが、ロズリアにはヒト由来の成分が使われているとか。

その成分は19年前の治験の参加者の血液から作られたものだという話を聞いたんですが、お心当たりは?」


ヒト由来。

この言葉を発した時にベンジャミンの顔が一瞬強張ったのをケンは見逃さなかった。

ケンの目が鋭くなる。

さぁ、なんと答えるハーマン製薬の4代目。


「さすがにジャーナリストさんは耳が早いですね。

しかし、当たらずとも遠からず。ですね」


認めた? 今度はケンが驚く番だった。

ベンジャミンは続ける


「ハーマン家では、19年前の治験に参加した女性のお嬢さんを養子として迎え入れました。

残念ながら参加された女性は治験参加後に病気とは関係の無い事故で亡くなられたのです。

身寄りの無いそのお嬢さんをわが娘として迎え入れました。

仮にその少女をエンジェルと呼びましょうか。

全ての認知症患者に福音をもたらす天使なのですから。

研究にはエンジェルにも協力して貰いましたが、彼女の血液なんて入っていませんよ」


ケンは、ありがとうございます、と礼を述べた後ベンジャミンの顔をもう一度見た。

先ほど一瞬見せた動揺は影を潜め元の社長の顔に戻っていた。

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