1章

02

アメリカ  サンフランシスコ


朝日がオフィスビルの窓ガラスを照らし、初夏の乾いた風がビル群を吹き抜け、街全体に夏の気配を漂わせていた。


ビル群の中の一つにハーマン製薬のものがある。

全面がガラス張りの50階立てのビルは、光を一身に受けてキラキラと輝いていた。


そのビルの最上階の部屋にいるのは社長のベンジャミン・ハーマンだ。

しかし、社長らしからぬ落ち着きのなさで部屋の中を歩き回っている。


社長室の日当たりは最高で、水平線とそこから湧き出た入道雲が良く見えた。

しかし、ベンジャミンはそんな開放的な夏の風景にも気づいていない。


ソワソワとデスクの前を行ったり来たり、窓ガラスに映る自身が目に入る度に、真っ白になった髪を後ろに撫でつけネクタイを締めなおす。


スーツはこの日の為に新調したものだった。


ベンジャミンは自分でも緊張しているのが分かりおかしくなってきた。


この年でこんなに上がることがあるのかね、とネクタイを撫で苦笑い浮かべる。

おろしたてのスーツと違い、淡い薄紫色のネクタイは年季が入っているように見える。


僕は相変わらず緊張しいだよ。


ベンジャミンは口の中で小さく呟いて、デスク上の写真立てに目をやった。

写真に薄紫色バラを持った中年女性が笑顔で写っている。


写真立てに手を伸ばそうとしたとき、ノックの音がベンジャミンの耳に入った。

反射的に手を引っ込める。


「社長、そろそろ会見のお時間です」


秘書がベンジャミンを呼びに来たのだ。


「あぁ、わかった」


振り返ったベンジャミンはハーマン製薬取社長の厳めしい顔に戻っていた。


今日は、自分の製薬技術者としての総決算。

夢の認知症の薬の発表の日だ。

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