夏の羊たち

蝉川まり

プロローグ

01

ドリー(Dolly、1996年7月5日 - 2003年2月14日)

世界初の哺乳類の体細胞クローンである雌羊。

スコットランドのロスリン研究所で生まれ育つ。

享年6歳。

 


"夢のクローン羊"、"眠るときに羊を数えるからドリー"かと思っていたら、開発担当者がドリーというグラビアタレントに似てたからドリーになったらしい。


「……意外と俗っぽいな」


クローン羊のサイトをスマホで見ながら阿南光莉は口の中で呟いた。

消灯後の飛行機の中でブランケットに潜り込むようにして画面を眺めていた。

発光する液晶画面が光莉の顔を照らし、赤ん坊のように青みがかった白目に反射する。


もたれた丸い小さな窓の外は真っ暗だ。

日本時間で深夜2時を回ったところだった。

薄暗い機内には低くエンジン音が響いている。

暗い機内でベージュのブランケットを頭から被り、モゾモゾと動く光莉のシルエットは生きているズタ袋の様で滑稽だった。


ピンクのネイルエナメルが塗られた細い指でブックマークフォルダをタップしてドリーのサイトを保存した。

フォルダの中にはクローン、代理出産、DNA鑑定のサイト等が登録されていた。

ついでにドリーの画像を長押ししてダウンロードする。

高校の友人たちとの自撮りやデコラティブなスイーツの写真の中に、まるで笑っているようにみえるクローン羊の画像が追加された。

ドリーの画像を選択してフォルダを移動させる。

保存先のフォルダは"追跡中"と名付けられたカテゴリを選んだ。

その中には両親の結婚式や自分の幼少期の写真、戸籍謄本の画像など、女子高生の画像フォルダとは思えない、警察の押収品のリストのような無機質で冷たい情報がズラリと並ぶ。


ドリーとヒカリ。

"リ"つながりか。

なるほど。


しょうもない思いつきに光莉はフフと笑って、あまりの下らなさにもう一度声なく笑ったが予想に反して鼻がなってしまい、とっさに口元を押さえた。


似てるのが名前だけに留まっていればなぁ、とため息をつきながら、画面をスワイプする。


現れたのは母親と自分とのDNA鑑定結果の画像だ。

画像を拡大して、鑑定書の最後の一文を見つめる。


"遺伝子情報全一致。二人を 同一人物と認める"


母親の阿南柚乃と娘の阿南光莉は遺伝子的に同一人物だった。


光莉は、自分が母親の死後に凍結胚で代理母から生まれたということは知っていた。


しかし、19年前に死んだ母親と同一人物なんてどういうことだ。


まぁ、アメリカに行けば何かがわかるだろう。

私が産まれた育った場所だ、産みの親にも会える。

父親が何も教えてくれなくても、自分で何かを掴んでみせてやる。


光莉はフォルダを閉じてスマホを充電ケーブルに差し込んだ。

座席の下に押し込んでいたバッグからパーカーを引っ張り出し腕を通す。

7月とはいえ冷房の効いた機内は寒かった。

シートを倒し、横になってブランケットを胸までかけて目を閉じる。


数分と経たないうちに他の乗客同様、眠りに落ちて寝息を立てていた。


飛行機は夜の海の上を飛び続ける。


サンフランシスコまであと8時間だ。

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