大文字伝子が行く49

クライングフリーマン

大文字伝子が行く49

大阪。新大阪近くのビル。南部興信所。江角総子が帰社。先輩の幸田が、ある部屋から総子を呼び止める。

「お嬢。所長がお呼びやぞ。何かやらかしたんか。」「相変わらず口説き方下手な先輩やな。」「悪かったな。」と、幸田は部屋の扉を閉めた。

所長室の扉をノックし、入る総子。腰掛けている所長の机の上に飛び乗り、「ただいまー、ダーリン。」「こら、やめんか。会社やで。」

「失礼しました。只今帰りましたー。」と、総子はおどけて言った。

「どうやった、『辻斬り』の見学は。」「つい手え出してしまいました。」「お前らしいなって言いたいとこやが、お前の従姉は強いんと違うたんか?」「従姉やなくて、従姉の連れの剣士。定年過ぎの中年。危なかったから、メダル投げて、後、乱闘に・・・あ、従姉はね、所長。木刀で真剣の日本刀を3枚に下ろしたりする人や。改めてびっくりしたわ。」

「アホ。魚やあるまいし、刀を3枚におろせるかい。」「へへ。3本に折ったわ。」

「ホンマか。そら凄いな。そんでまた泊まらんと帰ってきたんか。」「うん。夜行バス。」「運転手は男前か?」「アホ。ウチは浮気はせえへんがな。ダーリン。」

「そやから、ここは会社。区別せんかい。中津からの書類は?」「はい、これです。」と、総子は素直に書類を渡した。

伝子のマンション。「ヘックション。」「ほらほら、お臍出して寝るから。えーと、風邪薬は?あ、熱は?」と、高遠は伝子のおでこに右手を当て、自分のおでこに左手を当てた。

「お邪魔だったかな?」と中津警部補は言った。

「いや。風邪は万病の元ですから。熱はないみたいですね。」と高遠は誤魔化した。

「大文字さん。昨日、EITOの仕事で辻斬りを倒したそうですね。」「はい。」「お疲れ様でした。現場に、こういのうの、落ちてませんでした?」と中津はメダルを出した。

「これですか?あの変な仮面の子が投げていた。私と組んでいた天童さんが、これに救われたんだ。」「良かったら、回収させて貰えませんか?」「中津さん、あの子と知り合いですか?」「えーと、私の弟と知り合い、です。」「はい。」「あ、ども。」と言って、中津は帰っていった。メダルについては、後日判明することになる。

チャイムが鳴った。愛宕夫妻とひかるが立っていた。

「ああ。ひかる君。また助かったよ。伝子・・・さん。辻斬りの場所を推理したのは、ひかる君だよ。」「そうなんだ、ありがとう。よく分かったね。」「前に三角形の推理したことがあったでしょ?」「ああ。」「今度の事件は、五芒星の軌跡を書くに違いない、って推理したんだ。」「何故?私を誘導する為か?」「そう。1日置きは移動期間。まあ、たまたま国道をなぞった結果でもあるけどね。」

「よくやったね、ひかる君。」「よくやったね、ひかる君。」愛宕とみちるは違う方向を向いて呟いた。

「どうしたんだ、お前達。」「また、夫婦喧嘩ですか。みちるちゃんのワンダーウーマンが原因かな?」不思議がる伝子の横から高遠が推理した。

愛宕が突然、土下座した。「お願いです、先輩。そろそろ、危険な仕事から解放してやってくれませんか?」「止めてよ。私が勝手にやっているんであって、おねえさまが命令している訳じゃ無い。」とみちるは抵抗した。

「分かっているよ、愛宕。みちるとあつこはその内、第一線から退いて貰う。妊婦なんだからな。理事官に頼んでEITOから補充して貰うことになっている。大体、本来はみちるはメンバーじゃなかった。泣き真似しなくていいぞ、みちる。お前の実力は評価されている。」「金森さんも、大分戦力になって来たみたいだしね。」と、高遠がフォローした。

「愛宕。時期は私と理事官に任せてくれないか。」「分かりました。じゃ。」

「あ、そうだ。中津さんの弟って何している人か知らないか?」「さあ。青山警部補に聞いてみます。それ、急ぎます?」「急がない。」「じゃ、行こう。」と、愛宕はみちるを強引に連れ帰った。

「大文字さん。大文字さんが妊娠して、出産間近になったら、どうするの?」

「ひかる君、普通は聞きにくいことをさらっと聞くねえ。」と高遠は感心した。

「そうだな。DDは問題ないが、アンバサダーは、今私一人だし、なぎさに指揮させるしかないかな、EITOチームは。」と、伝子は微笑んだ。

「あ。これ、大文字さんに借りてた本。」「返さなくていいよ、あげるから。要らなくなったら、図書館に寄贈すればいい。あの素敵な司書さんを通じてな。タイプなんだろ?」「はい。」高遠と伝子は大笑いをし、ひかるは帰って行った。

「今日は静かね。」と藤井が顔を出した。「大文字さん、高遠さん。頼まれてくれない?これ。編集長が来たら渡して欲しいの。」と、藤井は料理のレシピを伝子に渡した。伝子は高遠に渡した。

「お出かけですか?」「うん。法事。お葬式行けなかったから、明日四十九日なのよ。」「了解しました。行ってらっしゃい。」と高遠は藤井を送り出した。

「学。この間、服部が持って来てくれたレコードかけようか?」「いいですね。」

伝子がレコードプレーヤーにレコードをセットした。『明日があるさ』だった。

並んで歌を聴いていた伝子が高遠の手を握り、こう言った。

「伝子って、呼び捨てしにくい?」「だんだん、慣れてきたよ、伝子。辰巳君に言われたよ。先輩後輩の前に夫婦なんだから呼び捨てにしていいんだ、って。遠慮じゃないんだ、尊敬してる先輩なのは事実だから。」「やっぱり、私の夫はお前しかいない。」

伝子は高遠を抱き寄せ、キスをした。

アラームが鳴った。EITO用のPCだ。高遠が提案した『起動』修正だ。

高遠が電源を入れ、伝子も寄って来た。「今日はラブシーンの邪魔をしなかったかな?」「今、パンティ履きました。」と伝子が理事官に言うと、草薙が横でクスクスと笑った。

「ん。実は、先日の辻斬り事件で負傷した名越さんが亡くなった。ご遺族に確認したところ、参列していい、ということなので、私と大文字君で行きたいのだが・・・。」

「参りましょう。日時は?」「お通夜が今夜7時。葬式が明日午後2時だ。青山墓地の近くの葬儀場らしい。」

午後6時半。葬儀場。名越家の遺族に挨拶を交わした後、『剣士仲間』に伝子は逢った。

「残念でしたなあ。名越さん達は、不意を突かれたんでしょうな。」と天童が言った。「私の責任です。」と恐縮する伝子に、「いやいや、大文字さんは悪くはない。卑劣な奴らが悪い。日本刀だし。」と松本が返した。

矢田が横から「我々も善戦はしたが、大文字さんの技は大したものだった。」

「いや、3本に折れたのは偶然ですよ。所詮那珂国製品ですから、日本刀と言っても。」

「文字通り『なまくらがたな』ですな。」と天童が言った。「しかし、こう言っては失礼かも知れないですが、大文字さんを狙って、ここにも現れませんかね。」と天童が言った。

「充分考えられます。理事官に頼んで、陸自の方から、それとなく警護して貰っています。」「それはいい。」「そろそろご準備を。」と、葬儀場のMCがやってきて言った。

午後8時。予定通り午後7時から始まったお通夜はつつがなく終了し、弔問客は三々五々、帰宅の途についた。

伝子は天童達と別れ、オスプレイが止まっている場所で理事官と合流した。なぎさが寄って来た。「どうやら無事に済んだようですね。理事官。念の為、おねえさまを送って行っていいですか?」

「ああ、無論だ。よろしく頼む。」理事官はオスプレイに乗り込み、空に消えた。

なぎさは、バイクに跨がり、伝子にヘルメットを渡した。「寄り道は?」「愛する夫が待っている。まっすぐだ、なぎさ。」「了解。」

高速道路を降りた時に、インターチェンジで止まっていたバイクが数台、近寄って来た。

案の定、途中で囲まれた。バイクから降りてきた連中を倒すのに、二人は3分とかからなかった。「悲鳴でもあげた方が良かったかな?」「おねえさまは、演技が上手くなったしねえ。」

午後9時。伝子のマンション。「一佐。お茶漬けでも食べて行きますか?」と高遠が言った。「じゃ、頂きます。」「学。私もお茶漬けでいい。」「はいはい。」

「変ですね。」「変だ。」「何が変なんです?」と給仕をしながら二人に尋ねた。

「葬儀場近くでは狙われなかった。」「高速道路を降りた時、バイクに囲まれたけど、明らかにチンピラだった。」

「死の商人の動き、ですか。」「学はどう思う?」「日本の葬儀って、独特ですよね。意外と伝子さんが、伝子が現れるのが明日と思い込んでいる可能性もあるのでは?」

「高遠さんの言うことも一理あるわね。おねえさま。明日は私たちだけでもう一度警護します。」「うん。よろしく。」

午後10時。なぎさは帰って行った。

翌日。午後3時。伝子のマンション。徹夜で原稿を仕上げた二人は、遅い朝食を食べていた。「無事済んだみたいだな。電話もLinenも静かだった。」

洗濯物を取り込んでいた高遠が言った。「取り越し苦労で良かったじゃない、伝子。」

「明日、交通安全教室だっけ?学。」「ああ。5時にヨーダ達が来ますよ。打ち合わせに。」

チャイムが鳴った。藤井だった。「高遠さん、編集長に渡してくれた?」「あ。そう言えば来てないですねえ。原稿は副編集長が処理しているから、返事は来ないし。」

その時、伝子のスマホが鳴った。「大道寺か?」「いや、間違い電話だな。」「ん?待て。大乗寺か?」「やっぱり、間違い電話だろう。」伝子はスピーカーをオンにした。

「ふざけるな。」「ふざけているのは、そっちだろう。誘拐犯人さん。」

「何?なんで分かった?」「編集長が何か怒鳴っているから。私は犬笛も聞こえる耳を持っている。」

「山村とかいう出版社編集長は、お前の知り合いか?」「だから、編集長のスマホで私に電話してきたんだろう?何が目的だ。」「お前。探偵なんだろ?」「みたいなもの、かな。何だ?猫でも探すのか?」「娘だ。24時間以内に探せ。」「無茶ぶりだな。お前の娘の名前も顔も姿も分からないのにか。編集長に代われ。」

「編集長。悪いけど、そいつを連れて来て。今どこ?」「みゆき出版社。誘拐じゃないわよ。警察署の前で頭抱えていたから、連れて来たの。あ。昨日はごめんね。取引先の人とばったり逢って、今朝まで飲んでたの。で、朝イチで運転免許の更新に行ったら、彼にあったの。」

「で、編集長が私を紹介したのか。誘拐犯人か?に何で分かったって言うから。とにかく連れて来て。あ。娘さんの写真は?」「パス入れに写真入っているわ。」

1時間後。伝子のマンション。藤井が編集長に新しいレシピを渡し、編集長が新しい伝子の仕事の資料を渡した。藤井は帰っていった。

編集長が連れて来た客は、「俺は小山って言う。小山ゆう。娘は小山明子。」と言った。

「家出なら、生活安全課に捜索願いを出せば。」と高遠が言った。「出したよ。でも、俺が昔ヤクザやってたから、相手にしてくれないんだ。」

「そんなことないですよ。」と、後からやって来た愛宕が言った。「みちるが受付けたらしくて、適当な処理しちゃったみたいで。すみません、先輩。ご迷惑かけちゃって。」「分かった。ポイント2だな。学、覚えといて。」「了解。」と言って、高遠は小山に煎餅とお茶を出した。

「上手いなあ。警察署は苦いお茶だけだったが。」と小山は感心した。

「実はね、大文字君。誘拐されたのは私じゃ無くて、小山さんの娘さん。」と編集長が言った。

「え?家出じゃないんですか?」「家出かと思って捜索願い出しに来たが、直前に女房から、娘の友達が、娘がお爺さんに連れられて車に乗るのを見たって連絡してきたんですよ。それで、婦警さんに話を聞いて貰ってたんだけど、ここに書いといて、って言ってどこかに行っちゃって、帰って来なかったんです。」

「学。もう2ポイント加算だ。」「了解。」「それで、その後連絡は?」「ありません。24時間以内って言ったのは、女房が24時間以内に解決しないと離婚だって言うから、つい・・・。」

「愛宕さん、誘拐事件ですよね。」と高遠が言うと、「すぐ誘拐事件として逆探知班を向かわせます。」と、愛宕は青山警部補に連絡した。「小山さん、行きましょう。」

愛宕は小山を連れて慌ただしく出ていった。

編集長は「私、帰るわ。進展あったら、教えてね。」と言って帰って行った。

「伝子。夜はカレーライスでいい?」「いいよ。あ、カツカレーがいいな。」

午後5時。伝子のスマホが鳴った。「先輩、大変です。小山さんの家に入れません。」

「どうした、犯人が立てこもったか。」「いえ、火事です。あ。風呂場が爆発しました。」

「学。出動する。」「はい。」伝子はDDバッジを押した。依田達にはLinenで打ち合わせ中止を報せた。

高遠は、台所の隠し扉を開け、準備をした。一方、伝子は手早く着替えを済ませて、台所のバルコニーに出て、下りて来たオスプレイからの縄梯子に乗り移って、空に消えた。高遠は台所の隠し扉を閉め、Linenで仲間にメッセージを送った後、久保田管理官とEITOに事情を報告した。

15分後。小山邸の近くでオスプレイから降りた伝子は現場に走った。

伝子と高遠が愛宕と青山警部補に話していると、「よく燃えるなあ」と、感心しながら近づいている老人がいた。

「お爺さん。まだ消火活動中だから、近づかない方がいいですよ。」と、愛宕が言うと、「心配ないよ、愛宕警部補、青山警部補。それに、大文字伝子さん。」と、老人は言った。

「あんた、何者だ?」と伝子が言うと、「自分が火を点けた家を見るのはなかなか酔狂だな。」と老人は笑った。

伝子は思い出した。『どこにでもいそうなジジイ』、あいつはそう言った。「お前は、辻斬り事件を操った、『死の商人』か?」

「ご明察。流石、大文字探偵。いや、EITOのアンバサダーというべきか。自家用のオスプレイに乗るのは楽しいかね?」

伝子は長波ホイッスルを吹いた。吹きながら、それとなくDDバッジを押した。

「おやおや。こんなジジイを何人がかりで倒す積もりかな?」老人は曲がっていた背をすっと伸ばし、ステッキを持ち替えた。仕込み杖のようだった。伝子は、ふくらはぎのポケットから、ヌンチャクを抜き出した。

愛宕と青山警部補は、電撃警棒を持った。火の手が大きくなり、何も知らない消防局員が走り回った。

「そこに公園がある。ついてこい。」そう言うが早いか、老人は走った。

伝子達が追いついた時、伝子は、はっきりと罠と悟った。

公園のブランコ。肝心のブランコの部分は取り外され、後ろ手に縛られた女性が吊されている。

近くには、2人、老人の、いや、死の商人の部下がいた。

「じゃ、ゲームと行こうか。ゲームに1本勝てば、吊しているのを下ろしてやろう。もう1本勝てば、言うまでもないな。来い!大文字伝子。警察は指をくわえて見ていろ。」

ステッキから変化した仕込み杖にはやはり、刃があった。しかし、伝子は迷うこと無くヌンチャクで対応した。

オスプレイが上空高く飛来した。何かが落ちて来た。いや、あつこがオスプレイから飛び降りたのだ。腰にロープを巻き付けたスーパーガール姿のあつこは下方のブランコにブーメランを投げた。後から落ちた、いや、降りたブラックウィドウ姿の金森がパラシュートを開いた。金森とあつこはロープで繋がっていた。

ブーメランはブランコのロープを切り、近くの木に刺さった。見張り役の二人は腰を抜かして、動かなくなった。

オスプレイはブランコから少し離れた、駐車場に降りた。

ワンダーウーマン姿のなぎさが走った。「おねえさま、これを!」となぎさが三節痕を投げた。伝子は右手で三節痕を受け取り、左手でヌンチャクを投げた。それをキャッチしたのは、バットガール姿の増田だった。

伝子と老人の闘いは続く。小山邸は、消火が進み、崩壊しつつあった。

炎の明かりに照らされながら、四人の『妹』達は、固唾をのんで二人の闘いを見守った。

午後7時半。遂に老人の仕込み杖は折れた。老人は片膝を突いた。

「終わりだな、何もかも。家は崩落したし、勝負にも負けた。もういいだろ、親父。」

小山が立っていた。火事になったのは、老人が自分で自分の家に火を点けたのが原因だった。

なぎさは、ブランコの下に転がっている女性のロープを解き、気絶している女性に『かつ』を入れ、目覚めさせた。南原瞳だった。

あつこは、警官隊に合図を送り、ブランコの下の男二人を連行させた。

青山警部補が小山を連行しようとした時、老人は「そいつは、俺の息子だ。その二人は孫だ。コロニーは、ヤクザにも厳しかった。落ちぶれて、解散した俺たち一家に、組織が近づいて来た。あんたらが『死の商人』と呼んでいるのは那珂国のマフィアにスカウトされたエージェントだ。他のエージェントのことは知らない。俺が引き受けたのは辻斬り事件だけだった。何とか報復しようと思ったが、『年寄りの冷や水』だったみたいだな。大文字伝子。完敗だ。」

老人は、愛宕と警官隊が連行した。

伝子の近くになぎさが瞳を連れてきた。「美容室の帰り、落としものを探している、って言うから一緒に探していたら、誘拐されちゃった。」「怖い思いをさせたな、瞳。」

「ううん。先輩がきっと助けに来てくれる、って信じていたから。」という瞳に、伝子は頭を撫でてやった。「よしよし。」

「あああ。おなか減った。」という伝子に、「先輩。それ、私の台詞。先に言っちゃうんだから。」

女性達の明るい笑いが薄暗がりの公園に響いた。

―完―


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