第5話 ハロウィンの悪魔団体ツアー
翌日、新鮮なネタを引っ提げて私は意気揚々とオカ研部室へ。部長に昨日の悪魔との会話を披露する。先輩もこの情報は初耳だったらしく、キラキラと目を輝かせていた。
「じゃあ、その言葉を確かめてみる?」
「あ、でもどこで見られるか聞き忘れた……」
「なら、当日はあちこち歩いてみようか? 当然付き合うよ」
この先輩の提案に私はコクリとうなずく。こうして、私達のハロウィンの予定は決まった。
時は流れて10月31日。歩き回る想定で私達は放課後一旦家に帰り、着替えて手ぶらで商店街の入り口で合流した。私がハロウィンらしくちょっと魔女っぽい服装で待ち合わせ場所に向かうと、私服姿の先輩の姿が目に飛び込んでくる。
特にハロウィンを意識していない普段着の彼は、制服姿しか知らない私の目に新鮮に映っていた。
「ごめん、待った?」
「いや。今来たトコ」
まるで付き合いたてカップルの初デートみたいなテンプレのやり取りを済まし、私達は商店街を歩き始める。ハロウィンなのでそれっぽい飾り付けをしてはいるものの、予算が少ないのかすごくチープで、眺めていても苦笑いしか出てこない。
「一応ハロウィンを意識してはいるみたいだけど……」
「モールに比べたらちゃちいかな。でもこれが限界なんだろう」
「ちょっと淋しいね」
一応商店街を隅から隅までチェックしたものの、悪魔の姿は一匹も見当たらなかった。こんな時に限ってジェシカ婆さんも見当たらない。彼女に会えたら、悪魔の出現場所も知っていると思ったのに。
「こんな時にあの魔女の婆さんがいないなんて」
「もしかして別の場所でお店をしてるのかも」
「こんな事なら昨日会って話を聞いておけば良かったー!」
私は自分の詰めの甘さに落胆する。前回会えたからいつでも会えると思ってしまったのが敗因だったのだ。商店街の端っこまで行き着いた私達は、次に進むべきルートを考え始める。
「次は、岡田さんが悪魔を見たって場所に行ってみよっか」
「ですね。今度こそ」
こうして私は先輩をエスコートして、悪魔出現スポットに向かう。そこに向かう道中で、私達は他愛もない雑談で間を持たせた。彼の興味に合わせて、まずは自分が見た悪魔の事。そこから悪魔が野良猫に似ている事、猫が好きなのに猫に好かれていない事――。
基本私が話しかけて、先輩が相槌を打つ形で会話は続いていく。
「猫好きなんだ? ウチでも飼ってるけど触りに来る? 多分岡田さんでも触れると思うよ」
「え? は? え?」
「まぁ猫の好みもあるだろうから、良かったらだけど。ちなみに白黒のハチワレ」
「ぜぜぜ、絶対に行きます! よろしくお願いします!」
こうして、次の日の休みの予定が成り行きで決まる。もう悪魔なんてどうでもいいかも。先輩の家、全然想像つかない。でも家に誘うって事は――。
いや、多分ただの善意だ。だって私達、別に付き合っても何もないし。ただの先輩後輩だし。
結局、いつも悪魔を見かけるルートを辿っても私の目が異形の存在を視認する事はなかった。この道は私が家に帰る帰宅ルートであり、行き着いたところで必然的に自分の家を紹介する流れになる。
「こ、ここが私の家。寄ってく? 悪魔は見られなかったし、残念会とか」
「いや、それはいいよ。それよりハロウィンの本番は夜だから、もうちょっと歩いてみようか」
この時点の時刻は午後5時。確かにハロウィンと言うには早いかも知れない。私達は完全に夜になる午後7時まで足掻いてみようと言う事になった。
私から提案するルートはネタ切れしたので、次は先輩が考えるルートを歩いて行く。地元の公園、無人の神社、団地、展望台、色々回ったものの、私の目はいつもの風景しか映していない。
徒歩で巡っていたので、今まで散々話題にしたショッピングモールへは行けなかった。かなり離れた山の上にあるので、自転車でもないとしんどいのだ。
「結構暗くなってきたし、最後に原点に戻ろうか」
「原点?」
「商店街だよ」
時間は午後6時45分。私達は最後にもう一度商店街に戻る。ここでも悪魔が見られなかったら現地解散だ。ここまで頑張って何の成果もないなんてなぁ……。私服の先輩と2人で色々歩くのはちょっと楽しかったけど。
商店街に着いたのは午後7時5分、予定より時間オーバーになってしまった。ここで終わりだと思うと少し虚しくなって、思わず私は空を仰ぐ。
「あっ!」
そこで私が目にしたのは、空を飛ぶ大量の黒い塊。そう、話に聞いていた悪魔達だ。普段見かける悪魔が野良猫みたいに地上を歩いたりしていたのと違って、かなり上空をものすごいスピードで何処かに向かって飛び去っていく。
初めて目にしたその異様な光景に、私は釘付けになった。そんな私の耳に、心配そうなトーンの声が届く。
「岡田さん……?」
「ものすごい数の悪魔が、ものすごいスピードで飛び去ってる。空に黒い帯が出来てる……」
「えっ? どこっ?」
そのリアクションから言って、やはり先輩の目に悪魔は映らないらしい。あんなに大量に飛んでいるのに。でもそれも当然の話だろう。普通の人に当たり前にこの光景が見えていたら、とっくにパニックになっているはずだ。
「でもなんで地上には降りてこないんだろう?」
「色々あったんじゃよ。それであの形になったのじゃ」
「うわっ、ジェシカさん?」
私の独り言にジェシカ婆さんが反応する。いつの間に出現したのだろう? このイレギュラーな出来事に、やっと私は視線を落とした。
「色々ってどう言う事ですか?」
「色々は色々じゃ。お嬢ちゃんが知るにはまだ早いかの」
彼女は返事をぼかしてはぐらかす。この時、私の直感が深入り禁止を叫んだので、ひょっこり顔を出した好奇心をグッと抑え込んだ。
「もしかして、ジェシカさんもその時の当事者……とか?」
「ふふ……」
ジェシカ婆さんは意味深な笑みを返す。私がその意味を考えていると、その会話を聞いた先輩がキョロキョロと顔を動かし始めた。
「えっ、ジェシカさん来たの? どこ?」
「あ、ここに……あれ?」
私は説明しようとしたものの、彼女の姿はもうどこにも見当たらない。狐につままれたような感じになって、思わず2人で顔を見合わせた。
「さっきまでいたんだよ」
「ジェシカさんは自分の事を魔女って言ってたし、信じるよ」
「神出鬼没だよね。私も魔法使えたりしないかなぁ?」
「才能はあるかもだよ。悪魔が見えるんだから」
彼の慰めの言葉に、私は不思議な希望を抱く。陸上の才能はなくしたかもだけど、別の才能はあるかも知れない。とても不思議な別の才能が――。
上空の悪魔達の地上観戦ツアーは続いていたものの、最後まで見届けるのが目的ではなかったので私達は帰る事になった。もうすっかり暗くなっていたし。
「それじゃあ先輩。また学校で」
「夜道は危ないし、家まで送るよ」
地元はそんなに治安が悪い訳じゃないけど、私は彼の提案を素直に受け入れた。家に着くまでの間、私は自分が見たものを身振り手振りを加えて大袈裟に説明する。先輩は盛りに盛った私の話を興味深く聞いてくれた。
「不思議なのは、空が真っ暗なのに悪魔の姿がはっきり見えていたって事だよ」
「霊能者が幽霊を見るのと同じ感覚なのかもね」
「私もペンダント貰うまで霊感とかなかったのになー。あ、買ったんだった。あのせいでパフェ食べられなかったんだよー」
そんな雑談を繰り返している内に自宅に到着。今度こそお別れだ。
「送ってくれて有難うございます」
「悪魔はダメだったけど、岡田さんと話すのは楽しかった。今日は有り難う」
彼は私にペコリと頭を下げると、そのまま闇の中に消えていく。私の家は知られてしまったけど、今度の休みは彼の家に遊びに行くんだ。お互いの家を知るって何だか特別な関係っぽいな。
そう考えると突然体が熱くなって、私は急いで家の中に入ったのだった。
翌日、私が学校に行く支度をしていると玄関のチャイムが鳴る。ちょうど靴を履いていたところだったので、外の人物の確認もせずに私はドアを開けた。
そこに立っていたのは、意外な人物で――。
「やあ、岡田さん。おはよう」
「せ、先輩? どうして?」
「一緒に学校に行こうと思って」
折角なので、私は彼と一緒に学校に登校する。家を知られたとは言え、昨日の今日でいきなりのこの展開に考えがまとまらない。お互いにしばらく無口になって歩いていると、突然先輩が私の顔を見る。
「あのさ、岡田さんオカ研に入らない? 嫌だったらいいけど」
「いやっ、あのっ、私今帰宅部なので、入りますっ!」
彼が迎えに来た理由が勧誘だと分かった瞬間、私は反射的に即答していた。きっと自分もこの展開を望んでいたのだろう。私達はお互いに笑顔になって、学校までの道を歩いていく。
何か新しい予感を感じさせる、そんな11月の始まりの朝だった。
ハロウィンは悪魔達の観光ツアーの日 にゃべ♪ @nyabech2016
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