【最上階】 首刈り女王の庭園
「この先に女王さまがいるの?」
「ロサの頭もね」
「返してくれるかな」
「返してもらうんじゃないわ。奪い返すのよ。自分を」
「……うん」
最上階は他の階とは様子が違った。
海を負かすほどの絢爛な赤薔薇が生い茂っている。
船の頭では陸地には上がれず、階段の途中で水がなくなったのでロサは頭を薔薇に変えてきた。
「返してもらわなきゃ」
最上階に繋がる扉の前で深呼吸を数回。
「行こう」
薔薇の模様が描かれた荘厳な両扉は想像よりも簡単に開いた。
扉の隙間から真っ赤な花弁が流れてくる。
ない嗅覚が、甘い香りに襲われた気がした。
「すごい薔薇園」
息を飲むほどの壮麗な薔薇園。
しかもただの薔薇園ではなく足元には薔薇の頭だけが切り取られて敷き詰められている。
ロサは感動を覚え、大輪の赤薔薇へと一歩踏み出し「ひっ」
反射的に足を引っ込めた。
「あ、頭……? こんなにたくさん……」
薔薇の頭の中に、生き物の頭が混ざっていた。
鳥や魚、犬に猫、そして人間の頭部。
様々な女の子の頭が薔薇に絡まって転がっている。
「だぁれ?」
異常な光景に竦んでいたロサへと愛らしい声が投げられる。
薔薇の砂糖漬けよりもドロリとしたあまい声。
「あたくしのお茶会に必要なお客さまは一人だけよ」
薔薇園の中心に鎮座する丸テーブルで、少女が紅茶を嗜んでいた。
艶やかな黒髪。薔薇色の頬。薔薇飾りのついた真紅のドレスを摘み上げ、愛らしい
「貴方は違うわ。帰ってちょうだい」
潤む唇を尖らせ、女王はロサを追い払おうとする。
自分を睨み付けてくるその顔にロサは懐かしさを感じた。本能的に理解する。
「その頭……わたしの頭!」
ロサは叫ぶ。
「返して!」
ロサの訴えに女王は眉を顰め、より表情を険しくした。
自分の顔なのに恐怖を感じる。
「お前よりあたくしのほうが似合っているわ」
「そ、それでもわたしのだもん!」
「まあ、頭にも選ぶ権利はあってよ」
「でも……」
あまりにも自信に満ちた女王にロサは無意識に後退った。
「いいえ。似合ってないわ」
そんなロサの背中を押したのはガーネットの声。
「その頭、まったく似合ってないわよ。それじゃあ誰か分かったもんじゃないわ」
ガーネットが忌々しげに吐き捨てる。
「そ、そうだよ! 似合ってないよ! わたしのだもん。返し――きゃ!」
突然、ロサの足元がうねった。
薔薇の隙間から茨のツルが這い出してロサに襲い掛かる。
「ロサ!」
茨のムチに打たれる前にガーネットに突き飛ばされた。
「ガーネット!」
ガーネットの身体に強烈な茨のツタが打ち付けられる。黒猫の華奢な体躯は乱暴に吹き飛ばされた。
「ガーネット! 大丈夫!?」
ぐったりと薔薇の中に横たわるガーネットに近付こうとしたが波打つ茨に邪魔をされてしまう。
「返さないわ!」
女王の金切り声とともに鋭い棘のついた茨が暴れ始めた。
ロサはすかさず走る。ロサがいたところに凶暴な茨が叩き込まれた。
敷き詰められていた薔薇が破ぜ、花吹雪が舞う。
「あたくしはあの子を待ってるの! あの子が来るまでお茶会をしてないといけないのよ!」
ヒステリックな怒声に合わせて獰猛な茨が次々に襲い掛かってきた。
「邪魔しないで!」
必死に逃げ続けるが、衝撃を受けてロサの頭の薔薇も散っていく。
薔薇の花弁が落ちるごとにロサは目眩を感じた。
――――このままじゃ……!
――――どうしよう! どうすればいいの!?
焦っても足は止められない。
「ここはあたくしとあの子の場所よ! 出て行って!」
女王のヒステリーと茨のムチは激しさを増すばかり。
ロサは逃げることしかできなかった。
「白薔薇よ!」
逃げ惑うロサに突如投げ付けられたのはガーネットの声。
「白薔薇が生えた頭! それを壊して!」
「う、うん!」
訳が分からないまま、ロサは言われたものを探す。
茨のムチを必死に避けて走って「あった!」
敷き詰められた赤薔薇に混ざって白薔薇が一輪落ちていた。
「あれだ!」
ロサの薔薇頭の花弁も少なくなっている。
視界が霞むが、ロサは白薔薇へと全速力で駆け寄った。
「これを壊せば……!」
赤薔薇の中に隠れている、眼孔から白薔薇が生えた小さな頭蓋骨。
ロサはそれに向かって靴底を強く強く叩き付けた。
頭蓋骨は白薔薇ごと砂糖菓子よりも儚く、脆く、砕け散った。
ギャァアアア――――!
断末魔。
同時に、凶悪な茨のツタが一斉に枯れた。
茨だけでなく周囲の赤薔薇までカラカラと干からびていく。
「終わった、の……?」
枯れ果てた薔薇園で女王が横たわっていた。
頭を取り返すためにロサは恐る恐る女王へと近付く。
女王はなにかを呟いていた。
「待ってるのよ。帰ってくるまで。お茶会を一緒にするのよ……。約束、だもの……だからあたくしは、あたくしはずっとお茶会を続けなくちゃ……早く、帰って……」
「きてるわよ」
ロサが戸惑っていると、ふらつきながらもガーネットが女王の元へやって来た。
「頭を変えすぎてアンタはアンタじゃなくなった。だから気付けないのよ……」
ガーネットはリボンを失った尻尾を揺らして彼女の頭を前脚で小突いた。
女王の身体と頭が、離れる。
「もしかして、飼い主って」
「いいえ」
ロサの言葉をガーネットが遮る。
「オレの飼い主はいないわ。とっくに」
それは自分に言い聞かせるような言葉だった。
「頭、よかったわね」
「うん。ありがとう」
ロサは静かに膝をつく。
「お帰り。わたし」
薔薇の頭を、取り替えた。
ロサと頭のない城 彁はるこ @yumika_ka
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