【4】夢の続き

 哲也と凜人が射的の対決をするのを、きゃあきゃあ言いながら姉妹で見守り、和太鼓チームの発表がはじまったのを機に、引き上げることにした。帰り道、飲みかけのラムネを手に提げて、凜人が私の袖をそっと引っ張った。

「茜ちゃん、もしかして、さっきのさ」

「うん?」

「さっきの人、茜ちゃんが話してた人じゃないの?」

 耳元で小声でいう凜人。重要機密を漏らすわけにいかないからだ。前をゆく二人は気が付かない。

「さあ、どうだろうね」

 茜は微笑んで濁した。




 思い出すと、ほんのりと胸が熱くなり、トクトクと心臓の音が脈打つ。スピーカーから流れる祭囃子の少し割れた音を耳にしながら、前を歩く哲也と妹を見つめる。

 今は、哲也は皐月を相手にはしていないかもしれないけど、皐月だってあと数年したら、哲也が追いかける側になるかもしれないんだな、とおかしくなった。


「ねえ凜人君、先に2人で帰っちゃう?」

 イタズラな気持ちが湧いてきて、耳打ちする。すると凜人は真面目な顔をした。

「俺、今日は皐月に協力してやってるけど、哲兄にも渡すつもりないから」

 凜人の言葉に茜は驚いた。

 凜人は後ろからじっと皐月を真剣な目で見つめてる。


「これは……どっちを応援するか、選べないな」

 つぶやくと、

「俺は哲兄を応援するつもりだったけど、茜ちゃんの事応援するよ。だからさ、おれが哲兄よりいい男になったら、俺に協力してよ」

 とヤンチャな笑顔を向けてきた。

「よし、乗った!」

 ニヤリと笑った凜人と私は、拳を差し出すとグータッチした。

「早く来いよ、置いてくぞ」

 いつの間にか哲也たちがずっと先にいた。

「今行くー!」

 一度駆け出そうとした凜人は、ハッとしてこちらを振り返った。そして戻って来ると、サッと手を差し出した。

「下駄、危ないから」

「ええ?エスコートしてくれるの?」

 私はおかしくなって笑いながら凜人の手を取る。

「砂利道歩きにくいだろ?いい男になんなきゃな」

「なるほど」

 二人で笑いながら手を繋いで近づいてくるのを見て、哲也が憤慨した。

「お前っ10年早いんじゃねーの?」

 笑顔を引き攣らせて、哲也はなんとか歳上の面子を保つ。

「砂利道危ないじゃん、哲兄も皐月の手、繋いでやれば?」

 自分が皐月と手を繋ぎたいのが本音だろうに、凜人は哲也にニヤッと笑う。


(この子は、なかなかいい男になりそうだな)


 と自分よりも小さな男の子の手に、頼もしさを感じた。先が楽しみだ。


 歳下の従弟に余裕を見せられて、引き下がったら男が廃るとばかりに、

「ほら」

 哲也は皐月に手を差し出した。

「え、でも……」

 皐月は躊躇しつつも、嬉しそうに赤くなっておずおずと哲也の手を取った。茜は昔を思い出して甘酸っぱい気持ちになる。


 街頭が照らす道を4人は歩いた。ほんの数十分の夜道。やがて姉妹の家の灯りが見えてくると、照れくさそうに手を離して、家の前で別れた。

 哲也と凜人の後ろ姿を見送ると、皐月が大きなため息をついた。


「あー、緊張したぁ」

 と抱きついてきた。

「あははっ良かったね、凜人君ナイスアシストだったね」

「全く、ビックリしたよ。緊張してばっかりで楽しめなかった」

「でも、嬉しかったでしょ?」

 皐月の顔を覗き込んだ。皐月は赤くなって素直に頷けない。

「お姉ちゃんこそ、あの人誰なのよー?」

 皐月も負けずに言い返してくる。抱きついていた皐月の肩をそっと押しやってふふっと笑う。


「内緒」

「ええー?」


 皐月の不満げな声を笑顔でかわし、玄関のドアを開けた。



 ***


 それから数日後の夕方の事だった。バイト先の最寄り駅の出口に丈太が待っていた。


「茜!」

 不意打ちの丈太の出現に、サンダルの足が止まる。胸がドキッとはねた。平日の夕暮れ時、仕事から家へと向かう人たちの喧騒が、私のうるさい心臓の音を紛らしていく。

「よお、バイト、これから?」

 相変わらずの人懐っこい笑顔で、私を見下ろす。丈太は仕事帰りなのか、黒のTシャツにカーキの膝丈のハーフパンツ。リュックを背負っていた。ほんのりと魚の焼けた匂いがする。板前の仕事をしているからだろう。

「うん、6時から入ることになってる」

「俺さ、アパート隣町なの。1回帰るけど、終わる頃さ、そこで待ってていい?家まで送るわ」

 と駅の隣のロータリーを指さす。

「車?」

「ああ、今勤めてる店が電車の方が勝手がいいから普段は乗ってないけど」

 茜は少し考えて、顔を上げた。

「うん、じゃあ、そこで待ってて?今日は9時には店から出られるから」

「分かった」

 そう言って小さな紙切れを渡してきた。

「俺の携帯番号とメールのID」

 それをそっと開いて、ふと笑った。

「番号、変えて無いんだ」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 後でな、と言った丈太がホームへと歩く後ろ姿を見つめる。


『じゃあな』


 母に茜を送り届けたあと、そっと頭を撫でて去っていった背中を思い出す。


 あの時は呼び止めたい気持ちがあっても呼べなかった。


「丈太さん!」

 改札の手前で彼が振り向く。私はスマホから既に登録してあった番号へと発信した。


 彼が気がついて電話に出る。

「これ、私の番号、番号でメール検索出来るようにしておきます」

「早いじゃん」

「……引かない?」

「うん?」

 茜は躊躇いながら言った。

 あの日、母にかけたケータイ番号を、控えていて、それをずっと覚えていた。それをこの間あった日の夜、登録してみたのだ、と。

「…茜、お前」

「なに?」

「はあ、他にはやるなよ?ストーカーって言われるぞ?」

「ちょっ!もう!うるさい!」

「ははは!」

 改札の前で笑ってる丈太が、こっちに手を振った。

「後で迎えに来るから」

「うん」

 あの日の蝶々の柄の浴衣。初めてちゃんとしたお文庫に帯を結んでもらって、髪も大人っぽくまとめてもらって。色つきリップでドキドキしながらくちびるを染めたあの夕暮れ。



 皐月が哲也を思う様に、ただもう一度会いたい、隣に在りたい、そう願ったあのお祭りの夜に思いを馳せる。


 初恋って時を経て叶う事もあるのかな。


「よし、働くか!」

 小さく言って、オレンジ色の西日の差す出口へと足を向けた。





2021.09.20 「夏恋」

(pixivより転載)

2022.08.28 改稿済。


by.伊崎夕風 (kanoko)

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夏恋 伊崎 夕風 @kanoko_yi

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