改めて聖剣を右手で握りしめ、メベメゴス・エンペラーがいる場所を見やる。


 そこには黒い靄が集まっていた。


 再び体が震えそうになるのを我慢し、ソレに向かって走る、走る、走る。


 そしてついに、威圧をただ思うままに振り撒き、憎悪を隠そうともせず、ソレが生まれた。


 そう見えた。


 突然、黒い靄が吸い込まれるようにして集まり、そこにメベメゴスを何倍にも大きくした存在があった。


『あれが、メベメゴス・エンペラーだ』


「あれが……」


『地中の皇帝、紫の災厄、暴食をつかさどる化け物、屍を喰らうもの、呼び名は地域によって違うが、その存在は全人類が恐怖し、唾棄すべき敵という共通認識がある』


 ソレの体の表面が膨張する。


 そして、もう一つの”口”が現れた。


 その”口”の周りは蠢き、メベメゴス・エンペラーがもう一つの顔を作り出す。


 二つの口を持つソレはゆっくりと周りを見渡すように動き、ピタリと動きを止める。


 ソレが向いた先には一人の男が屋根の上に立っている。


 大剣を片手で持ち、ソレを睨んでいる。


 双方、一切動かず、緊張した空気が流れる。


 先に動いたのは男だった。


 大剣を両手で持ち、空に掲げるようにして振り上げる。


 そして、『トッ』と足音がしたかと思うと、メベメゴス・エンペラーの新しく生まれたほうの顔が切り離され、吹き飛んでいた。


 ドン


 遅れながらに、音が聞こえてきた。


 切り落とされた顔の首部分から体が生えてくる。


 本体は悠々と何事もなかったかのように動いている。


「……化け物が」


 憎々しげに男はそう口にする。


「先走らないでください‼︎ それでは倒せません」


 男に向かってミカルが注意をする。


「じゃあどうしろって言うんだ‼︎」


 男は声を荒らげる。


『これがメベメゴス・エンペラーの最大の特徴。仲間の死骸を自らの肉体として合成し、一つの巨大な生命体となる。個にして全、全にして個。それは、一つの群れであっても個々の行動をするメベメゴスが、一つの目的の集団として動く。恐怖でしかないだろうね。それも、分離すればするほど数は増えていく。一度合体しなければいけないのが唯一の端緒といっても良い存在だ』


 邪神が楽しそうに聞きもしないことを話してくれる。


 どうすればいいんだ?



『方法は3つだ。1つ目は諦めて逃げる。2つ目はアレが逃げていくまで戦う。3つ目が本体を叩くだ」


 最後のを具体的に。


『メベメゴス・エンペラーの大きさは成人男性の掌と同じぐらいの大きさをしている。どれに分裂したのかはわかるが分裂したメベメゴス・エンペラーが体のどこにいるかはわからないぞ』


 ……どうにかなるのか?


『それをどうにかするのがお前の力の見せ所だ』


 ……互助会がメベメゴス・エンペラーを倒そうといろいろな方法を試しているようだができた傷がすぐに完治する。


 それは、分裂したほうも同じだ。


 持久戦でどうにかなるか?


『互助会は全力でメベメゴス・エンペラーを攻撃している。この猛攻は数分で終わるぞ』


 俺がやったほうがいいのか?


『邪神降臨は止めておけ。あれは威力が強すぎる。一発で誰も巻き込まずに倒すのはお前の実力では不可能だ』


 それ以外だったら……。


『そればっかりはお前次第だ。アレに初歩的な武術や魔法のスキルは一切効かない。一流であれば違うだろうがお前は素人に毛が生えた程度だ。決してそのことを忘れるな』


 ……それでもやるさ。


『そうか、検討を祈る、とでも言っておこう』


 プツリと電話の回線が切れたように邪神の声が聞こえなくなった。


 ここからは自分でやれということだろう。


 改めて周りを見渡す。


 巨大な剣を使うものから、弓や斧、果ては金棒を使うものまでいる。


 後方にいる人々は巨大な炎や岩を一瞬で両断してしまう風など様々な魔法を放つ。


 分体には傷があるようだが、本体の方には傷一つできない。


 本体のメベメゴス・エンペラーは煩わしそうに、体をぶるりと震わし、地面から体を這い出す。


 空を見上げ、口を大きく広げる。


『ゴオォォォォォ』


 息を吸い込む音がする。


 その間、ここぞとばかりに広げている口の中に乱発する魔法を、牙を折ろうと剣を振る互助会の人々を我関せずとばかりに無視する。


 遂に、ソレは息を吸うのをやめる、そして––––



『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ』



 鼓膜が潰れそうになるほどの鳴き声が放たれる。


 それと同時に地面が隆起し、街を飲み込む。


 廃墟が砂地となった。


 大地が罅割れ、土砂が舞い上がり、あらゆる建物が土砂の下に埋もれる。


 もはや人の営みの欠片も見当たらない。


 そこにあるのは荒廃した大地だ。


 互助会の人々の多くは土の下だ。


 数名の強者か運のよかったものだけが生き残っている。


 しかし、彼ら彼女らも満身創痍。


 未だ立ち上がれているのが奇跡だと思ってしまうような有様の人もいる。


 そして、俺はというと、咄嗟に振るった聖剣クロコソスが光を放ち、土砂をいとも容易く吹き飛ばした。


 改めて、自分が持つ聖剣の凄さと、恐ろしさを理解する。


 こうなりゃ自棄やけだと思い、未だ強烈な光を放つ聖剣を片手に走り出す。


 武術スキルのおかげか、どう体を動かせば分体のメベメゴス・エンペラーのあの巨体に傷をつけられるのか幾つものパターンが頭を過る。


 その中で最も相手に威力を与えられる行動を取捨選択し、行動に移す。


 思考が冴え渡り、周りの動きがとても遅く感じる。


 聖剣クロコソスを一振り、それだけで生み出された方の分体であるメベメゴス・エンペラーの体を両断する。


 すると、両断されたメベメゴス・エンペラーの肉体はドロドロに溶け、本体の下半身が未だある地面の下へと戻っていく。


 あまりのおぞましさ、気色悪さに一瞬思考が止まり、足を止める。


 何事もなかったかのようにメベメゴス・エンペラーはこちらに顔を向ける。


 思わず、ゴクリと唾を飲み込む。


 お互いに相手の様子を伺う。


『グゥゥゥゥ』


 先に動いたのはメベメゴス・エンペラー。


 挨拶代わりにか、砂が刃となり襲ってきた。


 真下からの砂の刃に足を乗せ、周りから体を貫こうとする刃には大きく体を回転させて、それでも完全に壊すことのできなかった刃に飛び移り、高く飛ぶ。


 しかし、お代わりと言わんばかりメベメゴス・エンペラー手の周りから砂の刃が追加でくる。


 うまく足場にできる砂の刃を使い、メベメゴス・エンペラーへ迫る。


 その間に光線を聖剣から放つも、先ほどの分体とは違い、傷一つ付けられない。


 互助会の猛攻でかすり傷すらできていなかったのを見て知っていたが、それでもやはり、苛立たしい。


 そして、あと少しで間合いに入るところで口を開くメベメゴス・エンペラー。


 その口から大量の透明な液体が滴っている。


 地面を見やれば、その液体が砂に触れた瞬間、『ジュワッ』と音を出したのが目に写る。


 慌てて目を前に向ければ、口の奥からその液体が吐き出されようとしていた。


 全力で聖剣を振るう。


 聖剣から光線がメベメゴス・エンペラーの口の中に吸い込まれるようにして放たれる。


 カッ


 当たった瞬間に光線が膨張し、強烈な光が視界を埋め尽くす。


 数秒したのち、チカチカする目を瞬きする。


 そこには頭を吹き飛ばされ、肉体の3分の1は消し飛ばされ、倒れ伏したメベメゴス・エンペラーの姿。


「は、ははは、やった……」


 思わず口元が歪み、笑みを浮かべる。


 そう、メベメゴス・エンペラーの肉体が蠢くのを確認するその時までは、笑顔でいられた。


 しかし、現実は無情で、目の前に、黒い余りにも黒いがメベメゴス・エンペラーの肉体を包み込み、再びその姿を現したのだ。


 『メベメゴス・エンペラーの大きさは成人男性の掌と同じぐらいの大きさをしている。どれに分裂したのかはわかるが分裂したメベメゴス・エンペラーが体のどこにいるかはわからないぞ』と、邪神の言葉を思い出す。


 アレの中に本体がいる。


 けれど、アレのどこらへんにいるのかもわからない本体を倒すには方法は二つしかない。


 数打ちゃ当たる精神で何度もチャレンジする方法と、力でゴリ押し精神で肉片一つ残さない方法。


 周りを見渡す。


 もはや、誰一人として街があった場所から離れている。


 多くの人が安全圏で俺とメベメゴス・エンペラーの戦いを見ている。


 脳裏に『もう邪神降臨使っちゃってもいいんじゃね?』という声が聞こえてくる。


 まるで悪魔の囁き声のようだ。


 あ、邪神だったか。


 しかし、いざやるとなるとどうしても躊躇ってしまう。


 えぇい、ままよと思いながらも右手を空に突き出し、メベメゴス・エンペラーを睨みつけ、ノリノリでその言葉を言う。


「『邪神降臨』」


 発動させたのはLv.1の”邪神の涙”。


 空に亀裂が走り、黒色をしたが落ちてくる。


 そう、それはまさに雫というにふさわしい大きさをしているように見えたが、落下してくるに従って、その本当の大きさが見えてきた。


 近づいてくればくるほど口元が引き攣っていくのが自分でもわかる。


 なぜなら、


 メベメゴス・エンペラーに直撃するようにとしか考えていなかったためか、元々あった街を飲み込んでしまいそうな大きさになっている。


 街と同じ大きさに収まったのを喜ぶべきなのだろうが、俺に向かってきている、いや、俺を巻き込んで来そうなあれからすぐに離れることだ。


 そう思い、全力で駆け出そうとすると。


 先にメベメゴス・エンペラーが逃げ出した。


 少し目を離した隙に体の半分以上が地中に潜っていた。


「……」


 これには思わず呆れてしまった。


 惚けている間にメベメゴス・エンペラーの姿は地中に消えていった。


 真上にはあと少しで地上に辿り着く巨大な……。


 あ、終わった。


 そう思った瞬間に、が地上に落ちた。


 もちろん、俺を巻き込んで。


 そのあとのことはよく覚えていない。


 気がつけば、巨大なクレーターの中心付近で倒れていた。


 そう、1日かけて周りをを一周できるかどうかといった大きさに、深さは城3つほど建てられるクレーターに。


 周りをみれば、クレーターの端で街の住民がクレーターを見下ろしていた。


 あとで邪神に聞いた話ではスキルの攻撃対象とした相手がメベメゴス・エンペラーだけであったため他の生物には一切の影響がなかったそうだ。


 ……どうしてそれなのに大地が吹き飛んだのかは知らない。


 そう、そっちのほうが威力がありそうだという俺の心情が介在したため”邪神の涙”が大地を吹き飛ばしたとか、そんな理由ではない。


 ないったらない。


 こうして、メベメゴス・エンペラーを倒した俺はその街の人にある程度感謝された。


 その後、俺が勇者だと判明し、魔王を倒す旅が始まった。


 ここから俺の物語が始まったのだ。


 そういう思いを胸に、俺は旅を始めた。


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「クックックッ」


 とある男から邪神と呼ばれるその存在は下界を見下ろしニタニタと誰が見ても視線を逸らすような意地の悪い表情をしていた。


「これで……これで、小説のネタを考える必要はもうないぞ。あいつがすることを文に落しこむだけでいいんだからな」


 目の前には所狭しと書かれた原稿用紙が何枚も積み重ねられている。


 そして、手元でも、今まさに万年筆で原稿が埋まろうとしている。


 少し離れたところにはテレビのようなものが置いてあり、そこには数時間前に邪神が転生させた男––––イロアスが街の人々に感謝され胴上げをされているところだった。


 本人は現状にいたく不満を持っているのか、その表情からはもうどうとでもなれというような雰囲気がうかがえる。


「さて、あなたが安心してそうしていられるのも編集さんがこの小説を採用してくれるかどうかですよ……」


 その様子を見ていた邪神は本人が聞いていれば恐怖で顔を真っ青にしそうなことを宣った。


「まぁ、採用されなくてもすぐにはしませんよ。ハ〜ハッハッハッハ‼︎」


 ただ、哄笑が邪神が住む部屋の中に響くだけであった。




 ちなみに、編集さんは新作として出すことを認めたのか、数日後またこの部屋で歓喜の笑い声が上がったとかなんとか。




–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


 あとがき


  ↓


https://kakuyomu.jp/users/usuikousei/news/16817330648896804402

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『我は ––––– 小説家だ。』 碾貽 恆晟 @usuikousei

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