3
体から急激に力が抜けたように感じ、思わず膝をつく。
剣を地面につき、杖代わりとしてかろうじで倒れることを防ぐ。
「なんなんだ、これ」
『聖剣クロコソス。光線の聖剣とも言われるものだな』
柄も刃も真っ白な剣。
それは、惚れ惚れするほどに魅きつけるような何かを思わせる。
それは、まるで生まれてからずっと身につけてきたように身体と一体になっているようにすら思える。
「これが、聖剣」
『レベル1で招来できる聖剣の中では上位に位置する聖剣だな。能力は所有者に対して光の速さと光を操る力を与える。運が良かったな』
そうか?
『身体能力を上げるだけの聖剣もあるからな』
それは聖剣っていうのか?
『聖なる属性を纏った魔法剣、それが聖剣と名付けられる条件だ。使用者にどのような効果を与えるかは関係ない』
それ以外になんかないのかよ。
『ないな』
……そうか。
『それに、聖剣に気をとられておる場合ではないぞ』
確かにそうだと思い、周りを見渡す。
あちこちで戦闘の音が鳴り響き、メベメゴスの叫び声が聞こえて来る。
「凄いわね〜」
後ろに立っていた女性が声をかけてきた。
メベメゴスを倒した後、聖剣について邪神と頭の中で会話をしていた時に近づいてきたのは察知していたため驚きはしなかった。
ただ、自分の身体能力が明らかに向上したことに驚いていない自分に驚いたが。
「何の用ですか?」
振り向き、質問をする。
「ん〜。勇者ってのに初めて会ったから、そのご挨拶、ってことじゃダメかな?」
「戦わないんですか?」
「か弱い、か弱い、私が?」
面白い冗談を言ってきた。
彼女が強者であるということは足運びや体の動きで理解できる。
いや、出来てしまう。
これは、おそらく『武術』のスキルの恩恵だろう。
『その通りだな』
……邪神のお墨付きももらった。
どちらにしろ、俺は自分でも意識しない内にスキルの恩恵を受けているというわけだ。
だからこそ、彼女が今の自分では及びもつかないような実力を持っていることがわかる。
「ん〜。無視しないでくれるかな〜」
「いえ、反応に困ったので無言を貫いただけですが?」
「それはそれで道化みたいだから嫌だな〜」
女性は面白そうに笑いながら言葉を紡ぐ。
そこからは本心から嫌ではなく、こちらの反応を楽しんでいるということがありありとわかる。
「勇者君はなんて名前なの?」
「……」
『ステータス』と、心の中で考える。
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
名前: ーー
種族:人族
性別:男
年齢:17歳
職業:
レベル:9
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
名前……日本の名前は不自然だろうし、海外の名前でなにかいいのはないものかと思考を巡らす。
ふと、一時期はまっていたギリシャ語で英雄をイロアスと言っていたのを思い出す。
勇者の訳語はいまいち覚えていないのでしょうがない。
「イロアスだ」
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
名前:イロアス
種族:人族
性別:男
年齢:17歳
職業:
レベル:9
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
ステータスの名前もイロアスに変わる。
……というかレベルが上がっているのだが。
『メベメゴスを倒したからだろう』
邪神が疑問に答えてくれた。
「イロアス、イロアス……」
そんな中、女性は俺の名前に何かひっかるところがあるのかなんども呟いている。
自分の名前を連呼されるのはなんか恥ずかしいというか、怖いので声をかける。
「それで、あなたの名前は?」
「えっ、あぁ、私はミカルよ」
「ミカル……」
「よろしくね」
「……よろしくお願いします」
戦場の真っ只中で挨拶を交わしていることに不自然さを感じる。
とは言っても自分も挨拶してるし、同じ穴の貉か……?
ミカルを見つめれば、ニコリと笑みを返された。
それだけであれば特に驚くことはない。
しかし、問題は彼女、ミカルの背後にいる羽を生やした獅子のような獣だ。
天から降りてくる生き物、それだけ聞けば神秘的に感じるかもしれない。
ただし、羽や体毛が紫色などという禍々しい色をしていなければ、だが。
ソレは戦場に気を取られ、こちらには気づいていないようだ。
「……後ろ」
その存在に気づいていないということは彼女の力量であればないだろうが、一応指摘をしておく。
「あぁ、これのことね」
ちらりと後ろに目を向け彼女は詰まらなそうに言う。
「あんなのはすぐ倒されるわよ」
『ふむ、使い捨ての獣魔のようだ。魔王軍ではよく使う手口だそうだ』
邪神が使いそうな手口でもあるな。
『我にはそのようなものを送る必要などない。この世界の森羅万象を理解し、あらゆる場所を監視をすることができる我にとってそのような形を持つものを送るのは実力行使が必要なときだけだ。それに、あのような貧弱なものなど送るものか』
邪神的にはあれは貧弱に入るそうだ。
十分、一般民には脅威のように思えるのだが……。
その獣が下降を止めた時だ、メベメゴスがその獣を巻き込むようにして飛ばされていった。
「…………?」
「おぉ〜、暴れてるね〜」
どうやら、ミカルはあの漫画世界のような不可解極まりない現象を起こした存在に心当たりがあるようだ。
「あれ、なんですか?」
「ん〜、あれは多分『この世界は筋肉に始まり筋肉に終わる』のパーティーがやったことだと思うよ」
とんでもない名前のパーティーがあることは理解できた。
そして、ふざけた名前のくせに実力はあるということも。
「……独創的な名前ですね」
俺にはこの感想しか思いつけなかった……。
「ま、まぁそうだな」
なんとも言えない空気が流れる。
多分、彼女もこの名前については微妙な気持ちを抱いているのだろう。
しかし、なんとも言えない空気が流れても、周りの様子は変わらない。
メベメゴスによって破壊された街は、原型をとどめておらず、廃墟の言葉がぴったりの町並み。
そして、継続して聞こえてくるメベメゴスと『互助会』の戦闘の音。
改めて思う。
自分たち、なにやってるんだろう、と。
完全に傍観者と化している。
「あなたは、戦わないんですか?」
彼女は面白そうにこちらを見つめる。
「ん〜、私は温存してるって言うべきかな〜」
「温存、ですか?」
「そうそう、メベメゴスがわんさか湧いてきてるってことはアレが出てくると思うしね」
「アレ、ですか?」
「そうそう、アレ」
『多分だが、メベメゴス・エンペラーのことだろう』
邪神から不穏なワードが飛び出してきた。
「……メで始まって
「……そうだね」
「勝算はあるんですか?」
「困ったことに、私には向いてない相手だから倒せないと思うんだけど、倒せる誰かのための囮は必要でしょ?」
「囮、ですか」
「そう、アレは都市を丸ごと破壊するか、本体を直接倒せる力がなきゃいけないからね」
どういうことだろう、と説明を求める前に、邪神からとても有り難い(皮肉)言葉を頂戴した。
『メベメゴス・エンペラーの体はとても小さく、単体では弱い。他のメベメゴスがいて初めて力を発揮する』
ようは都市を丸ごと破壊してエンペラーを倒すか、本体を見つけてそれを倒せる力がないといけないということらしい。
『そういうことだろう』
邪神が俺の言葉に同意する。
「君なら倒せるんじゃない?」
彼女はそんなことを言ってきた。
俺は思った。
果たして、倒せるのだろうか、と。
『方法はあるぞ』
……それは?
『魔剣招来か邪神降臨だ。前者は本体を倒せる力を持ってるものが出てくるかもしれないという希望的観測に頼るしかないが、後者であれば自信を持ってこの街を吹き飛ばす威力がある』
「……この街を吹き飛ばしていいならば絶対倒せます」
「本体を直接叩くのは?」
「可能性は無くはありません」
「ちなみに、どうして?」
「魔剣招来で呼び出せる魔剣がなにかわからないので」
『正確に言えば魔剣招来も聖剣招来も一番最初に招来される剣はその招来する人物の力量からランダムに選ばれる。そして、一度招来した魔剣、聖剣は何度でも招来できる。もちろん、他の魔剣や聖剣も招来できるが一度招来してしまったら新しい魔剣、聖剣を招来できるまで一ヶ月は間を置かないといけなくなる』
彼女に聞こえもしないのに細かく説明する邪神。
「そうか……」
そう言って彼女は口惜しげにメベメゴスを見つめる。
少しでも彼女に安心して欲しくて、右手で握っている聖剣を見つめ、次に左手を見る。
「何が出るかはわかりませんがやりましょうか?』
「本当か?」
彼女は目を輝かせとても嬉しそうに言う。
「本当ですよ」
大きく息を吸い、気を引き締めて口を開く。
「『魔剣招来』」
言い終わった瞬間、空気が戦慄き、空間が割れる。
目の前にはあまりに、あまりに人を魅きつけるような刃。
しかし、聖剣のように神聖で、崇拝する存在が持つような魅力ではなく、人を無条件に堕落させ、魅きつけるような力。
『魔剣グログニクル、本来であれば当たりだと言いたいところだが、今回の戦いでは役にたたんだろう』
なぜ?
『それは凡ゆる魔力を喰らい、所有者にその魔力を与える』
それのどこが?
『今回の相手はメベメゴス・エンペラーだ。貴様のレベルではその魔力を受け入れるだけの肉体になっていない。与えられた魔力に肉体が耐えきれず四肢が崩壊するのは目に見えている』
それじゃあ……。
『あぁ、邪神降臨しか選択肢はない』
お前を呼ぶのか?
『我の力の欠片だ。レベル1の”邪神の欠片”でだいたい無量大数分の一ほどが降臨されるはずだ』
……大丈夫なのか?
『何を言っているのだ? 世界を容易く創造出来る我の無量大数分の一だぞ。下手をしなくても山を吹き飛ばせるぞ? それを踏まえて言うぞ、レベル10で手に入れられる”z¶#∆◾︎?の¡µå§œ”は使うな』
……もはや言語になってないものがあるぞ。
で、どうしてだ?
『”z¶#∆◾︎?の¡µå§œ”……ゴホン。”邪神の狂宴”は、我の十分の一の力を持った存在が顕現するのだが、その存在と伍する力を持っていなければただただ暴れまわるだけの神を呼んだのと同じなのだよ』
……世界でも滅ぼせるのか?
『生ぬるいな。世界を跡形もなく消し去ることができるのだ』
威力調節はできるんだろうな?
『調節機能はレベル5をこえてから手に入る。ようは貴様なら使えるということだ』
それなら安心だな。
『少しでもミスればとんでもないことになるがな』
……よし、最終手段だな。
『それが良いだろう』
邪神がここまで細かく説明してくれ、同意までしてくれるとは……。
まじでヤバイな邪神降臨、と感慨深げ考える。
それに比べ……。
左手にある魔剣を見つめる。
今回の戦いでは有用どころか下手をしたら命に関わる武器を見つめる。
「それは……?」
ミカルが呆然とした様子で声をかけてくる。
「使えない魔剣ですよ」
「使えない?」
「魔剣グログニクルです」
「っ、魔剣グログニクルですって⁉︎」
「メベメゴス・エンペラー相手では全然使えないですけど」
「どうして?」
「これが……」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
説明を始めようとしたその時、全身を吐き気のするような何かが這っているような感触を受けた。
鳥肌が立ち、全身から汗が噴き出すのを感じる。
一秒一秒が何十分にも引き伸ばされる。
感じたのはあまりにも単純な感情。
恐怖。
ただ、それだけだった。
生きとし生けるものすべてが持つ生存本能、そのようなものが
恐怖に飲み込まれそうになったのをかろうじで止めたのはカミラの声だった
「あれが、メベメゴス・エンペラーっ!」
その声は、どちらかという叫び声にも近かった。
だが、ソレの存在を認識した彼女は現状を把握し、元凶、メベメゴス・エンペラーのいるであろう場所へと駆け出していった。
ソレを認識できないのは存在しないだろう。
それこそ、メベメゴス・エンペラーという存在すらそこら辺に転がっている石程度にしか認識できない存在、神のようなものでなければ。
だが、己は神ではない。
ゆえに、肌で感じられる。
関わってはいけないと直感が囁く。
生き残りたいならば逃げろと理性が屈しかける。
『……この程度に屈するのか?』
その言葉は自分の自尊心に大きな傷をつけた。
この程度。
そう、この
比較するのが烏滸がましくかるような力量差。
悔しかった。
憎らしかった。
見返してやりたくなった。
「……やってやるよ」
聖剣を強く握りしめる。
魔剣は……、魔剣は…………。
……魔剣は送還しておくことにする。
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