首筋に、脛に、手に、草木のくすぐったい感触を覚える。


 頬を風が撫で、落ちてきた木の葉が目を隠す。


 手で落ちてきた木の葉を取り、握りしめる。


 腰を上げて、木の葉を手放し、着ていた白に青の模様をあしらった着物の袖をはたく。


 周りを見渡せば、草木が生い茂り、光が燦々と降り注ぐ森の中だということがわかった。


 空を見上げれば、右手側には大きな雲がこちたへ迫ってきており、左手側には雲一つない青空だ。


 左手側の空から大地へと視線を移せば、大きな木がてっぺんに生えている小高い丘があった。


 その丘に向かって足を向ける。


 森の木々が空に輝いている恒星の光を遮断し、涼しく感じる。


 足元は雑草が生い茂り、素足になんとも言えない感触を感じさせる。


 木々の間を縫うようにして歩いて十数歩したのち、開けた場所に出る。


 丘と森とを隔てる境界。


 そこには花々が咲き乱れ、青々とした雑草が生えている。


 風に揺られて動く花々の光景はとても幻想的に見えた。


 できるだけ花を折らないように注意して丘を上がっていく。


 遠くから見えた大きな木は、近づいてみるとより一層その大きさを理解させられる。


 木の下に立ち、手を伸ばして飛び跳ねてみるも、一番低い枝にすら手が届かない。


 どうにかならんのかと思った時、声が聞こえた。


『そこはステータスを開くところだろう‼︎』


 その声は、先ほど散々言い合っていた邪神の声だった。


『誰が邪神だ‼︎』


 誰がってあなた以外いると?


『ええい、そんなことより、ステータスをみるのだ‼︎』


「はいはい、ステータスっと」


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


名前: ーー

種族:人族

性別:男

年齢:17歳

職業:勇者無職

レベル:1

スキル:『異世界言語(日本語) Lv.6』

    『ウィーシタルナセッソ語(共通語) Lv. Max』

    『計算 Lv.3』

    『家事 Lv.4』

    『思考加速Lv.1』

    『武術 Lv.1』

    『聖魔法 Lv.1』

    『邪魔法 Lv.1』

    『聖剣招来 Lv.1』

    『魔剣招来 Lv1』

    『神託 Lv.Max』

    『邪神降臨 Lv.Max』

称号:『勇者』

   『邪神の使徒』


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


 突っ込みどころが多すぎる……。


『ふむ、なにか変なところがあったのか?』


 こいつ、売れない理由がわかったぞ。


『なに‼︎』


 勇者に無職なんてルビを振ったり、称号に『邪神の使徒』なんてもんがあるからいけないんだ。


『貴様のステータスは一切いじっていないぞ?』


「は?」


『我が貴様に勇者の託を与えたものとこの世界の言語のスキル以外は一切いじっていない。無論、『勇者』を上から与えられたため『武術』や『聖魔法』、『聖剣招来』などのスキルが手に入ったのは間違いないが、それ以外は貴様の元々持つスキルということだ』


 『邪魔法』とか『魔剣招来』は絶対『邪神の使徒』のせいだろ。


『そうだな』


 やっぱそうじゃねぇかよ‼︎


『それは我がいじったのではなく貴様が我の使徒と世界が認識したのだろう』


 邪神てなんだよ‼︎


『貴様が我のことを邪神と認識したからではないか?』


 は?


『我はこの世界を作ったがこの世界に我の呼び名はない。故に、貴様が我のことを邪神と認識したため、世界もそれに準ずることにしたのだろう』


 ……へ、俺のせいなの?


『そうだが?』


 ……なんかすみません。


『なぜ謝る?』


 いや、邪神ってことになっちゃったじゃないですか。


『ふふふ、呼び名など付属品にすぎん。例え、なんと言われようとも我、自身の存在が変わることはない』


 そうですか……。


『それより、良いのか?』


 なにがですか?


『ふむ、そちらからでは見えぬか……。それでは、その木を半周するがいい。そうすればわかるだろう』


 ???


 言われた通り、目の前の木をぐるりと半周をする。


 そうして、見えたのは一つの大きな都市。


 崖を背に大きな城が立ち、その城を中心とし、城壁が囲んでいる。


 街並みは城壁に阻まれて見えない。


『始まるぞ』


「なにが……」


 ドガァァァァァァァァァァァァッッッッッッ


 その瞬間、今見ていた城が、爆発したかのように崩れ、瓦礫が飛び散る。


 そして、その城を壊し、地面から現れたとおぼしき紫色のが姿を見せる。


 ミミズのような胴体、されどその口である場所は幾つもの歯が並ぶ。


 そして、は重力に引っ張られるようにして体を傾かせる。


 その時、ちょうどこちらに口が見えるような方向に倒れる。


 見えたのは口の中にもう4つほどの口。


 それらが、城の残骸を砕き喰らっていた。


 役目を果たしというのか、は地面に戻っていく。


「……は? 今のは……」


『魔王の幹部のペットだな』


「なんなんだよ、アレは‼︎」


『メベメゴス、地中最強の生物だ』


「それが、なんで……」


『魔王軍の侵攻だな』


「あれを倒せっていうのか?」


『正確に言えば、あれも倒すのだ。あの程度の相手など、鼻歌を歌いながら倒せなければ魔王を倒すなど夢のまた夢だ』


「じゃあどうするっていうんだよ‼︎」


『強くなれ、生き残りたいのらば。躊躇をするな、敵は貴様の都合など考えてはくれない。蹂躙しろ、それが勇者たる貴様に求められるものだ。圧倒的力で魔王を倒すのだ、誰もが認めうるしかない力で。さぁ、動け。貴様の旅は始まったばかりだぞ』


 …理不尽だ。


『ふっ、それが神というものだ』


「……やってやる」


『力の使い方ぐらいは教えてやろう』


「頼りにしているよ」


 俺には、こいつ邪神しかこの世界で頼れる相手はいないのだから。


『素直なのはいいことだ。とりあえず、アレを倒せ』


 メベメゴスが地中からその巨体を突き出し、都市を破壊していく光景を見据える。


 丘を駆け降りる。


 不思議なことに息切れも肉体的な疲れも起こらない。


 それに、過去の自分であっても出来ないであろう速さを走っていることは記憶がなくとも理解できる。


『勇者だからな。それぐらい出来なくては魔王軍とは戦いにすらならないぞ』


「わかってる」


 そんなことを、丘を駆けて降りているにもかかわらず考えることができる。


 そんなことに感慨深く思っていると、いかにも”正門”といった門の前に着く。


 門は開いており、住民と思しき人々が我先にと逃げ出している。


 丘を避けて通るような道に沿っていく住民を横目にしながら、その正門の脇にある関係者以外立ち入り禁止といった扉の前に立つ。


 緊急事態だからだろう。


 扉は半開きになっており、誰も利用していない


 少しの罪悪感を持ちながらも扉をくぐり、都市の中へ入る。


 大通りに出てすぐ、脇道に駆け込む。


 そこは、いかにも裏道といった感じの道だった。


 そして、その道を駆けていく。


 城か、はたまたそれ以外の建物かはわからないが、瓦礫が道に散らばるようにして転がっており、中には巨大な瓦礫が住宅を倒壊させているものもあった。


 殆ど逃げたのだろう、人影は一切ない。


 ゴッガガガガガガァァァッッッ


 目の前を瓦礫……というか岩石がもの凄い勢いで横に飛んでいく。


 そして、目を凝らせば、その岩石にはナニカの肉片やら、血が付いている。


 岩石が飛んできた方に視線を向けると、そこはまさに蹂躙というに相応しいことが行われていた。


 一瞬、その景色が理解できなかった。


 なぜなら、のだから。


 メベメゴスの肉体がこれでもかと削り取り、燃やし、切り刻んでいる人間がいた。


「あれは……」


『……『冒険者』とかいうものだな』


「冒険者?」


『最近のラノベでもよくあるだろう?』


「あぁ、確かに」


『まぁ、呼び名は違うが、そう認識すれば良い』


「本当の呼び名は?」


『全人類の発展と平穏、未来を守るため、人跡未踏の地の開拓、また魔物、及びそれに類するものの討伐と採取などを目的とした互助会』


「……長くない?」


『なので、略称として、互助会と呼ばれている』


 もはや別物のナニカだろうと思いながらも、彼らの戦いを見る。


 名前はそのセンスは如何なものかと思う団体だが、実力はずば抜けているようだ。


 そして、身の丈ほどある炎に包まれた巨大な大剣を厳つく巨体である男が振り下ろす。


 そして、メベメゴスの頭が斬り落とされた。


 切断面からは炎が肉を焼き、血を蒸発させるような音がする。


 ギャァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッ


 メベメゴスが最後の鳴き声をあげ、肉体を地に伏せる。


 それで、戦いは終わった。


 自分も含めその場にいた誰もがそう思っていた。


 しかし、それはあまりに儚い夢のようなものだった。


 ゴガァッゴッガアアァァァァァァァッッッッッッ


 再び、大地からは自らの巨体を曝け出した。


 自らの体を誇示するように、己の理不尽さを相手の本能に植え付けるように。


 そして、は一体ではなかった。


 前に、右に、左に、後ろに、いたるところには現れた。


 そして、の誇示行為は人々に絶望を植え付けた。


 たった今、必死で倒したメベメゴス。


 それが、何体も、何体も、何体も、あらわれたのだから。


『一体倒すのにかかった時間は世界的に見れば圧倒的に短時間と言えるものだった。


 しかし、それは一体を相手にした時の話。


 何体も存在するを倒すことは容易ではない。


 たとえ、倒すことを為せたとしても、後には灰塵とかした都市が残るだけ。


 彼ら––––『全人類の発展と平穏、未来を守るため、人跡未踏の地の開拓、また魔物、及びそれに類するものの討伐と採取などを目的とした互助会』の目的である都市の防衛は不可能といってもよくなってしまったのだ。


 そう、彼らの心の内にあるのは絶望と嘆き。


 誰もが足を止め、膝を震わせる。


 そして、それを責める人は誰もいないだろう。


 なぜなら、その言葉は自分にも返ってくる言葉だというのは自分たちが一番分かっているのだから。


 だからこそ、今立ち上がるのだ、勇者よ‼︎


 蹂躙せよ‼︎


 相手に反撃の隙さえ与えず‼︎


 それが貴様に課せられた––––』


 うるさい。


 言ってるのが邪神じゃなかったら感動してたね。


『しかし、戦わないという方法はとれんぞ?』


 は?


『後ろを見るといい』


 嫌な予感がした。


 急いで後ろを向く。


 そこには、建物を飲み込みこちらに向かってきているメベメゴスがいた。


 それも、先ほどみたメベメゴスとは一線を画す姿をしている。


 それは、まるで魚のように堅牢な褐色の鱗が体を覆っている。


 食べることに特化したような口は、一本一本の大きさは小さくなっているがその数と密集度は比べ物にならない。


 岩がまるで豆腐のように砕かれているのを見ればその歯が飾り物でないことは一目瞭然だ。


『聖剣招来だ』


「は?」


『聖剣招来をしろ‼︎ 死にたいのか⁉︎』


「せ、聖剣招来‼︎」


 その瞬間、空間が割れ、白色の剣が手元に収まる。


『復唱しろ‼︎ 裂けよ‼︎』


「裂けよ‼︎」


 その言葉とともに、白の剣が小さく震える。


『メベメゴスに向かって思いっきり振り抜け‼︎』


 目の前に迫るメベメゴスの大口。


 恐怖で竦む体を心の中で叱咤し、型も、何も考えず、剣を振る。


 それで、全てが終わった。


 剣から白光の奔流が生み出され、メベメゴスと、その後ろの直線上にある建物全てを消し去った。

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