『我は ––––– 小説家だ。』

碾貽 恆晟




「うっ、ここはどこだ?」


 目を開くとそこには見慣れない景色––––というか壁も天井も床も、全てが白い部屋だった。


「おい、本当にどこだよ‼︎」


 目を覚ましたら異世界に〜とか、は知ってる。


 そこでふと思った。


 それじゃあ、ここはいわゆる異世界に行くために神様と会える場所では、と。


 いや、そんな甘いことはないかもしれん、もしかしたらもっとやばい化け物とかが現れて一飲みに食われるとか…考え出したらきりがない。


 そんなことを考えていると……


 バタン


 ただの壁に見えたところにあった扉を開けて入ってきたのは黒髪に黒目で眼鏡をかけた中年の肥った男性が現れた。


 まる妊婦さんみたいだと思うほどだ。


 …ここは女神様が、出なくとも女性現れるところだろ。そう思ってしまった自分を馬鹿にする男子はいないだろう(いないと思いたい)。


「やぁ、初めまして。気分はどうだい?」


「は、初めまして」


「君は自分が誰だかわかっているか?」


「自分は…」


 思い出せない。


 どういうことだろう。


 しかも、自分はそのことを不思議なことだとこの数分間で思わなかったということだ。


 ゾッとした。自分が自分ではないような感覚。


「……わかりません」


 恐怖を押し殺し、目前の人物に声をかける。


「ふむ、では我が誰かわかるか?」


「わかるわけないでしょう‼︎」


「そうか、では教えてあげよう。我は––––」


 神とでも言うのだろうかと思っていると…。


「小説家だ」


「……はっ?」


 ショウセツカ?


 一体何を言っているのか理解できなかった。


「うん? 聞き取れなかったか? ならもう一度言おう。我は、小説家だ」


 ……なんで小説家がこんなところにいるんだよ。


「……なんで小説家がこんなところにいるんだよ、と思ったな?」


「……はい」


「ふむ、それはだな……我が小説家であるからだ‼︎」


 ……話が噛み合ってない。


「噛み合っておる。我は事実を言っているだけだ」


 ……んなわけないだろ。


「いや、私は本当のことを言ってるのだよ。悲しいことに、私はしがない三流小説家だ」


「……今、心を読んだ?」


「ふむ、小説家たるもの人の表面心理ぐらい読めないでどうする?」


 ……絶対違う気がする。


「他にも理由はあるが」


「それ、気になるんですけど?」


「知りたいか?」


 良い年した、中年男が笑っても全然嬉しくないぞ。


「……知りたいです」


「では、教えてあげよう。本業は小説家。そして、副業として創造神と破壊神をやっている」


 ……このたった数分で予想の斜めを飛び越えていかれたのはこれで何度目なのだろうか。神じゃん。神がなんで小説家を名乗ってるわけ⁉︎


 それと、なんでそんな姿なんだよ‼︎


「ふっふっふっ、それはーー」


「それは?」


「程の良い暇潰しだ」


 ……ますます俺がここにいる理由がわからなくなってきたぞ。


「というのは冗談で、だ。やはり小説家と言ったら、非健康的な生活にインドアであるため運動はないに等しい。よって、肥満体質。最近の若者はパソコンを使っているからにして目は悪いことから眼鏡をかけている……」


 ……意外とマジな理由付けしてた。


「ふっ、そうだろ」


 …ってそうじゃない‼︎ そういうのを聞きたいんじゃない。神だろ‼︎ そんなん関係ないだろ‼︎


「やはり、形から入るというのは重要なことである。よって、この格好はおかしくない‼︎」


「おかしいわい」


「どこがだ。小説家というものはこういうものだろう?」


 その時、何故だがわからないが自分のなかで何かがプチンと切れる音がした。


「……今すぐ、全世界の小説家に謝れ‼︎‼︎」


「なにぃ!」


「『なにぃ!』じゃない‼︎ 今すぐ土下座して謝れ‼︎」


「我は小説家だ‼︎ 故に、全世界の小説家に謝る必要はない‼︎」


「ふざけるな、お前は三流小説家なんだろ‼︎ だったら一流の小説家に謝れよ‼︎」


「そちらこそふざけるな‼︎ 私はいずれ誰もが名を知る小説家になるのだ‼︎」


「そんな未来はこない‼︎」


「いや、来るのだ‼︎」


 そして、お互いが拳を握りしめ合い。


「「おぉぉぉぉぉぉぉ、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ‼︎」」



 ––––数時間後



「「ぜーはーぜーはー」」


「おい、神様、なん、だろ、なんで、息切れなんて、してん、だよ」


「私の、肉体、は、人と、いうもの、を、知る、ために、人、と、同じ、スペックで、できているから、に、決まって、おる、だ、ろうが」


「はいはい、無駄に高スペックなことで」


 俺はぜいぜいと見苦しく喘いでいる中年男を見ながら『やっちまった……』と思った。


 神様と殴り合いしちゃったよ……。


「ふっ、今頃怖気付いたか」


「お、怖気付いてなんてないからな」


「声が震えておるぞ」


「き、気のせいさ」


「そうか、強情な貴様には神罰を……」


 その瞬間、俺は土下座をした。


 それは、それは綺麗な土下座だったと、のちに神様が絶賛するほど。


「ふむ」


 そう言って、神様は、俺に近づき……


 頭を踏みやがった。


「これはいいものだ」


「ぐぬぬぬぬ」


 俺は頭を踏まれ、顔を上げることができない。


「さてと、劣等種の一人がようやっと話を聞く体制になったな。それでは、本題の話をしてやろう」


「本題って、グエッ」


「発言をする時は『発言をしてもよろしいでしょうか』と言い給え。まったく、これだから劣等種は」


 人が下手に出たら、上から目線で喋ってくるやつだ。


「これでは、いつまで経っても本題に入れんぞ?」


「ぐっ……」


「順従なのはいいことだ。それでは、我の壮大な計画の一端を話してやろう」


 くそっ、やっぱこいつは絶対、邪神の類だ。


「我は考えた。なぜ、我の小説が売れないのか。神の書いた書物を買おうとせず、劣等種––––同族の書いたものばかりを買っておる。もちろん、一部の劣等種は我の書いた書物を買うのだが、ネット上でこれでもかと批判をするときた」


 グリグリと俺の頭を踏んでくる邪神。


「何がいけないのか、頭を絞って考えた。そして、我はついに答えに行き着いた。これまで、我の小説は神が劣等種と同じような話を書こうとしていたから起きた弊害なのだと。故に、我の思考を、思想を理解できず、批判ばかりをするものが生まれてしまったのだ」


 いや、思考と思想が理解できなかったら出版すらされないだろうが。


「黙れ、劣等種が。そこで、我は考えたのだ。同じ、劣等種の生き様を書いてみればどうかと。創作ではなく、実際に起きたものを、事細かに書き記せば、我の書物が売れのではと。そして、貴様が選ばれたのだ。直近で死んだ魂を無作為に取り出し、その中から適当に一つ選んだ。それが貴様だ」


 完全に運が悪かったってわけだ。


「ぐっ」


 って、また頭を強く踏みやがった。


「安心しろ、貴様が目標を達成できずともストックはたんまり残っている。励めよ劣等種」


 どうしろって言うんだよ。


「それでは、質問タイムといこう。まず、一つ目だ。どのような世界に行きたい?」


 は?


「これから、貴様は、貴様の要望通りに私が作った世界に行かせてやる。そして、その世界で貴様が行なったものを我が書き、編集者のOKが出れば晴れて出版されるというわけだ。貴様は、自分の考えた、自分だけの世界に行けてラッキー、我は貴様の様子を書き、面白ければ出版ができて売れてラッキー。win-winの関係だろう?」


 win-win?


 benefit-disadvantageの間違いだろ。


「何を言う、貴様が望む世界に行けるのだぞ?」


「へ、なら、魔法と剣のファンタジー世界を作ることができるってのかよ」


「ふ、そのようなことならば容易い」


「もちろん、惑星一つじゃなくて宇宙規模じゃないと認めないぞ」


「ふ、一つの世界の中に幾つもの世界が乱立しているという世界を作るより、明らかに容易い」


「なら、天界とか魔界もある世界だぞ」


「いいだろう。他に何かあるか?」


「俺は勇者で、魔王がいる世界だ」


「最近はやりのやつか、年周期で魔王が生まれるようにするか?」


「それと、勇者は魔王が誕生した時に神に使わされるという設定も付け足してくれると嬉しい」


「なるほど、他には?」


「聖女や賢者、剣聖のような神から授けられる職業みたいな……」


「ふむ、ではステータスを生まれた時から決まるようにしよう」


「それで大丈夫です」


「魔王の強さはどうする?」


「人類が勝てない強さで、俺が、聖女とか賢者、剣聖と手を組んで傷一つなく勝てる程度で」


「貴様を強くするか、聖女や賢者、剣聖を強くするか」


「俺と他のパーティーメンバーは同じぐらいの強さにしてください」


「ふむ、いいだろう」


 そう言いながら、邪神いや、神様は手元のメモ帳に書き記していく。


「世界は、天界、人界、魔界に分かれており、世界に存在する全ての魂を持つものにはステータスが神から与えられ、職業は初めから天職として選ばれている世界。魔界から魔王が人界に攻めてくることがあり、魔王は数百年周期で誕生する」


「はい」


「だいたい、世界が作られてから何年後の時がいい?」


「……はい?」


「この世界の時と、今から作る世界の時をずらすことによって、貴様が生まれる時代を選ぶことができる。一つ難点を言うとすれば、時代が後になればなるほど、我では予想のつかないことが起こるやもしれん」


「なんででしょうか?」


「我が管理できるのは世界が誕生するその瞬間だけだ。加速した時間軸でわざわざ一々貴様の為に微調整をするなど面倒だからな」


 面倒って言い切ったよ、この人、人?


 そういや神だった。


「それでは、世界が生まれてから一千年後の時代にしてください」


「それで、本当にこれでいいのか?」


「はい」


「後で、うっそ〜、みたいにならないように注文していた方がいいぞ」


 なんか、神様がめっちゃいい人に見えてきた。


「……大丈夫です」


 これで、自分が解決できないことがあったらそれは俺がそれまでの人物だったってことだ。


「いいだろう。では–––––––––世界創造–––––––––」


 神様が、メモしていた紙をメモ帳から切り離す。


 そして、そのメモが燃えた。


 その焔は青く、蒼く、碧く、なっていく。


 煙さえ青色で、神聖な黄色の光が舞っている。



 そして、変色する。


 焔の中心から赤く、紅く、緋く、なっていく。


 煙は赤色で、神聖な青色の光が舞う。



 そして、変色する。


 焔の中心から白く、なっていく。


 煙は白色で、神聖な赤色の光が舞う。



 そして、変色する。


 焔の中心から黒く、なっていく。


 煙は黒色で、神聖な白色の光が舞う。



 最後に、焔は透明になり、消えていく。



 そして、神様の手の上には黒い球体の”世界”が出来ていた。



「ふむ、こんなところだな」


 ……神様、まじやばいよ。


「あとは、異なる時間軸に放置して終わりだ」


 ポイッと神様はなにやら部屋の空間に穴を開け灰色の場所に、その生まれたばかりの”世界”を放り込んで、穴を閉じた。


 そして、神様はすぐに穴を開け、”世界”を取り出す。


「ふむ、これで完成だな」


満足げに神様は頷き、


「これが、貴様がいく”世界”だ」


「名前は?」


「む〜、ウィーシタルナセッソでいいだろう」


 ……無駄にかっこいい、と思ってしまうような名前になった。


「それでは、この世界に飛ばすぞ」


 はえーな、おい。


「む、何か言いたいことでもあるのか?」


「いや……ないな」


「ならば行くがいい、新たな世界へ。我が小説のネタのために‼︎」


 おい、最後のセリフで荘厳さとかが一気に無くなったぞ‼︎


 そう考えている間に俺はウィーシタルナセッソの世界に飛ばされることになった。


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