あの世に通じる公衆電話

九十九 千尋

これは「オカ研」の活動の記録、そのひとつである。


 これは「オカ研」の活動の記録、そのひとつである。


「オカルト体験したいかー!! おー!!」


 都内の私立浦島屋うらしまや高校の技術棟二階にある家庭科調理室……の隣に家庭科調理準備室という部屋がある。多くの者にとってはただの小さな部屋だが、彼ら「オカルト研究部」の者には別の意味がある部屋である。

 そこは僅か五人のオカルト研究部の部室。通称「オカ研」の部室である。


 が、今回の舞台はオカ研の部室ではない。


 移動中の車内で、運転手でもあるオカ研の部長、三年の緋色ひいろ カイトが助手席と後部座席に座る人物へ、ハイテンションで話しかける。

 だが誰も呼びかけに答えないためもう一度カイトは繰り返す。


「どうしたどうした? せっかくの遠出なんだぞ? 次の部費に関わるんだから、部活動の成果を、報告できる成果を上げに行かないと。さあ! オカルト体験したいかー!? おおー!! って誰かのってくれてもいいじゃないかぁ」


 運転席の後ろの席に座った一年の青新あおあら シンジが、カイトとは対照的にローテンションで応える。


「いや、マジで心霊スポットに行くのは勘弁してほしいんすけど」


 困ったことに、シンジを除く他の同乗者は皆テンションが高い。

 助手席に座った二年生の鍵墨かぎすみ ユウタは、周囲の青々とした山の風景を指さして無邪気に声色を明るくしている。

 どうやら、カイトの呼びかけはマイペースなユウタの耳に入って居なかったようだ。


「すごいよ! この辺は鹿とか出るらしい! 今“野生動物注意の看板”があった! 熊とか出るかもしれないぞ!!」


 シンジが悲鳴に似た声を上げる。


「熊ぁあ!? ヤバい奴じゃないですか! ホラー体験よりシャレにならない奴!! 帰りましょう? 帰りましょう??」


 それをオカ研の紅一点、一年女子の黄沼きぬま ミオがテンション高く拒否する。


「ダメだよ! せっかくここまで来たんだよ? 怖い体験して行こうよ!!」

「熊で怖いのもありなの、ミオちゃん!?」

「あと、ユウタ先輩が言うように、風景すっごく綺麗だよ! ほらー!!」

「ミオちゃんも風景気になってカイト先輩の話聞いてないんすね」


 シンジにとってミオは思いを寄せる人であり、怖がりでもあるシンジがオカ研に身を置く理由の九割である。

 ちなみに、シンジの好意に気付いてないのはミオだけと言っても過言ではない。なので、周囲の人間はシンジがミオに抱く好意を利用したり、その好意を応援したりしている。

 カイトがわざとらしく事態を確認する。


「えーっと? シンジが帰るならボクの運転する車で戻らないとだから……ユウタとミオが、しかも熊とか出るかもしれないんだね?」


 シンジが即座に待ったをかけた。


「自分も! 自分も行くっす!!」


 助手席のユウタは、カイトが楽しそうに運転しながらほくそ笑むのを見た。



 さて、四人はとある県のとある市、とある山奥に車で来ている。

 今度の部費、部の予算を獲得するには一定の部活動の成果を報告しなければならないが、オカ研には今のところ何も成果がない。

 そこで、無茶を通してとある心霊スポットへと遠出してきているのだ。



 あの世に通じる公衆電話——


 某場所にある電話ボックスの中にある公衆電話は、あの世に通じていると言われている。

 夜中、誰も居ない電話ボックス内の公衆電話が鳴り、それに出ると誰が受話器越しに泣いている声が聞こえるとか、悲鳴が聞こえると言われている。


 しかし、この公衆電話を利用し、あの世から■■■くんを呼びだすことができるらしい。

 ■■■くんを呼ぶ手順は、夜中に三十円を入れて××××-××××と番号を押し、電話が通じたら一度受話器を置く。その後、■■■くんから電話が折り返しかかって来るので、これに出る。


「○○に居るよ」


 ■■■くんが現在位置を告げてくる。


「今○○に居るよ」


 これが徐々に自分が居る電話ボックスに迫って来るのを待つ必要がある。


「今、後ろにいるよ」


 そう言われたら決して振り返ってはいけない。

 だが、■■■くんは、知りたいことに、あらゆる質問に答えてくれるらしい。


 ただし、質問は一つまで。■■■くんが帰るまで、他のことは一切口にしてはいけない。悲鳴もあげてはいけない。


 電話ボックスから、何が、見えても……



「というわけで、そんな冥界に繋がる電話ボックスがこちらです!! じゃじゃーん!!」


 などと朗らかに紹介されたのが、青々とした木々生い茂る人気ひとけのない山奥、大きなトンネル前、舗装されたアスファルトの脇に、ガードレールの切れ目に設置された小さな、しかしどこにでもありそうな普通の電話ボックスだ。

 まだ日が照っていることもあり、そこまで不気味ではないが……

 シンジが周囲を見渡して、気づいたことを口にする。


「この辺、街灯がほとんどないっすね。この電話ボックスの上に一個あるぐらいじゃないっすか……つまり夜は真っ暗になるんじゃないっすかね」


 真夜中に、ぼぅ、っと浮かび上がる電話ボックスの中から、電話が鳴り、あるいは悲鳴が聞こえる様を想像して震えを覚えるシンジの心配事を、ユウタが遮る。


「やっほー!!」


 やまびこは響かない。

 シンジが思わずユウタに突っ込む。


「いや何やってんすか!? やまびこで遊ばんでくださいよ!!」


 だがユウタは場所を変えてやまびこが響かないか右往左往し始め、何かに気付いたように振り返った。


「ここ、ガードレールの向こうは急斜面だよ! 滑り落ちそう!!」

「滑り落ちそう!! じゃないんすよぉ……テンションたけぇなぁ、この人」

「へぇー、鹿とかはここ上り下りできるんだなぁ」

「マイペースがすぎる!」


 さらに別のテンション高き者、ミオは颯爽と電話ボックスの中にいつの間にか入って、シンジやユウタに呼び掛ける。


「ねぇ、十円玉ある? 私、小銭足りない」


 シンジが叫びながらミオを電話ボックスから引っ張り出して叫ぶ。


「何してんの!? 早いよ! まだ夜も更けてないっすよ!!」

「あれ? 夜中の時間指定あったっけ? めんごめんご」


 ミオは笑いながら電話ボックスから出てくる。

 どうやら気が気でないのはシンジ一人だけらしい。


 唐突にカイトが「あ」と声を上げ、焦った様子で三人を呼び集めた。


「ごめん。今日の宿なんだけど、ボクの伯父さんの家に泊めてもらえるか確認し忘れてたから、今からちょっと車で行ってくるね」


 シンジがそれに対して疑問を述べる。


「いや、スマホで連絡取りゃいいんじゃないっすか?」

「ううん、伯父さん、スマホ無いんだ。家の固定電話にも出るかどうか……ものすごいアナログ人間なもんだからね。あと、結構硬い人だから直接頼まないと……最悪今日は車中泊」


 ユウタがそれを聞いて笑いながら希望を口にする。


「じゃあ、いっそキャンプをしよう! キャンプ!!」


 さらにそこにミオが重ねる。


「え? この電話ボックス前でキャンプ? 心霊スポットキャンプとかヤバ!!」


 シンジがカイトに強く申し出る。


「早く! 伯父さんに泊れる許可貰ってください!! このままだと自分怖さでどうにかなりそうっす!!」



 しかし、日が暮れても迎えの車は戻ってこなかった。

 風に揺られて、カイトが置いて行った熊避けの鈴が金属質な音を立てている。

 いや元々夜中に都市伝説を検証するのが目的なのだから問題は無いのかもしれないが。

 僅かに光を反射するガードレールに三人は腰掛けて待ち人を待っている。

 周囲は既に夜の帳に包まれており、先の見えない大きなトンネルからは時々ごうごうと風の通る音らしき物が聞こえてくる。一つしかない街灯が、誰も居ない電話ボックスを無機質に照らし出し、それ以外は何も見えないという空間を作り出していく。厭が応にも目が吸い寄せられる電話ボックスは沈黙を保っている。だがそれが却って不安感を煽っているようだった。極めつけは熊避けの鈴の音色が一定のリズムで刻まれることで、本来は来て欲しくないモノを遠ざけるその音が、まるで何かを呼んでいるのではないかという気持ちにさせてくるのであった。


 ふっと、思い立ったかのようにミオがガードレールから立ち上がり、電話ボックスへ歩いて行く。シンジが思わず止めに入った。


「ちょっと、どこ行くの? 電話ならスマホあるよ? 充電無いなら貸すよ?」


 怯えた表情で引き留めるシンジにミオも少し怖さを引っ張られ始めている自分を感じた。

 だが、ミオはまだこのぐらいの恐怖であれば心地よいと感じるタイプの人間である。

 ミオは、予め二人から貰っておいた三十円を取り出した。


「当初の目的を、果たそうと思いまして」


 シンジは喉にリンゴでも詰まらせたように声を絞り出そうとするが、怖いから、という以外に彼女を引き留める理由が咄嗟に浮かばない。

 そこにユウタがミオの隣に並び立ち、明るい笑顔でミオに同意する。


「オレもミオに賛成。どうせなら、とっとと終わらせて帰ろう」


 この暗がりの中、怯えずに笑顔でそう告げてくれる先輩の存在は二人の後輩にとても勇気を与えてくれるものであった。

 ユウタが笑いながら捕捉をする。


「って、カイト先輩が来ないと帰れないんだった」


 いつも不真面目でマイペースな明るい先輩が同行してくれたことに感謝しつつ、ミオとシンジは恐る恐る電話ボックスへ近づいて行く。

 電話ボックスの押戸は軋みを上げつつも訪問者に応えて開き、三人を受け入れる。流石に高校生三人ともなると一つの電話ボックスは狭い気がしたが、今は他の人が居るのだという感覚が、ミオとシンジの二人には何よりも心の拠り所となっていた。

 ミオが受話器を上げ、十円玉を三枚入れ、番号を入力する。

 少ししてミオは受話器を置き、首を横に静かに振った。


「ダメ。『おかけになった電話番号は~』って流れるだけだ」


 残念そうにしながらも少し安堵の息を漏らしたミオに、魂が抜けるかのように大きな息を吐いたシンジ。

 その二人を脇に、ユウタは遠くに見えた小さな灯りに気を取られていた。

 カイトの車の灯り、ではないだろう。もっと、車の灯りは明るいはずだ。電話ボックス内は明るく、対照的に外が暗いので電話ボックスのガラス面には自分の顔が反射して写っている。その向こうに小さな灯りが二つ、すーっと、横に流れていく。あれは何だろうか?

 そんなユウタに気付かず、シンジが切り出す。


「よしじゃあ電話ボックスから出よう。早く出よう。わざわざこんなとこに居る必要ないっすよぉ」


 ユウタがその提案に、消えて行った灯りの方を見ながら生返事をする。


「え? ああ、そうだね……もう少し、電話ボックスの中に居た方が良いかもしれない」


 それは何故? と二人が聞こうとしたその時……


 公衆電話が鳴った。


 けたたましく、夜の暗闇に響かせるように。独りでに。ダレカからの着信で。あるいはナニカからの着信で。今、自分たちしかいないこの電話ボックスの中の公衆電話が鳴っている。


 シンジが口を押えて悲鳴を抑え込んでいる。ミオは思わず悲鳴を小さく上げて固まった。

 確か、■■■くんから電話が来たら悲鳴も上げてはいけないんだったか……

 ミオがシンジを無言で睨むように見つめ、受話器を指さす。シンジは力の限り首を振る。二人でユウタに身代わりを頼もうとするも、ユウタは公衆電話の外に気を取られていた。

 電話ボックスの外を見ているユウタに気付いたシンジが、ユウタを公衆電話の方に向き直らせる。

 いや、公衆電話から振り返ってはいけないのは電話に出てからだったか。何も喋ってはいけないのも電話が通じてだったか。あるいはそう……


「後ろに居る」


 と、言われてからだったか。

 ユウタがそう言って電話ボックスの外を指さすと、そこには警察服に身を包んだ眼鏡の男性が立っていた。

 公衆電話はもう鳴っていなかった。


 三人は電話ボックスから引っ張り出され、警察服に身を包んだ男性に説教を去れている。


「まったく。こんな夜中にこんな場所で何をしてるの? 君ら、学生でしょう?」


 聞けば、この男性は近くの交番に努めている人らしい。事情を説明するも男性は怒り顔で聞く耳を持たない。

 シンジとミオは頭を下げてなんとか見逃してもらいつつ、交番に避難できないかと二人は思い始めていた。

 ユウタはマイペースに、いつの間にか道路の暗がりの中で何かを探しているようだった。ユウタの頭は、公衆電話が鳴る前にボックスの前を通り過ぎた灯りが何なのか、それがどこへ行ったのか、そっちに気を取られている。もちろん、灯りの正体は解らない。


「で、君たち住所は? 名前は?」


 シンジが嫌そうに不平を洩らす。


「え、まさか、親に連絡とか、補導とかっすか? いやその、これは部活動で」

「住所、名前は?」


 ばつが悪そうに二人がしていると、少し離れたところに居たユウタが二人に呼び掛ける。


「あ、来た! 車が来たよ!!」


 少々焦った様子のカイトが運転する車が、少し離れた場所に止まるのが見えた。

 逃げるように車の後部座席に三人とも飛び乗り、背後から駐在の男性の怒る声を後にその場から離れた。

 カイトが宵闇に車を走らせながら三人に聞く。


「よかったぁ。場所が場所だけに何かあったらどうしようかと。そうだよねぇ、補導される可能性を考えてなかった」


 カイトが「何かあったら」と口にしたことでシンジは先ほどの現象を思い出して恐怖におののいた。


「ああ! そうっす! 電話! 電話が鳴ったんすよ!! 公衆電話が鳴ったんすよお!!」


 カイトはバックミラーでシンジを、あるいはリアガラスを見た後に妙に明るい口調で言った。


「あ、ごめん。それ、ボクがかけたんだ。いやぁ、スマホの充電切れてて、伯父さんとこの電話借りたんだよ」


 その言葉にミオが「でも」と口にしたのを打ち消す様にシンジ怒鳴った。


「あの状況で公衆電話に出るわけがないでしょ!!」


 カイトが謝りながら車を走らせ、その後は何事もなく、四人は伯父の家に泊っていった。




「ということがあった」


 と、ユウタは端的に、淡々と、カラッと、五人目のオカ研部員である二年の春白はるしろ トモヤにオカ研の部室で報告した。

 トモヤは残念そうにぼやく。


「くっ、掛け持ちのクイズ同好会の集まりが無ければ……僕も行ったのに」


 オカ研の部室の机にだらりと延びたシンジが、力なく零す。


「冗談じゃないっすよ……めっちゃ電話ビビったんすから……」


 ユウタとトモヤはシンジの唸るような抗議と愚痴を聞き流した。


「ユウタ先輩も外見てて、あれ何見てたんすか?」

「え? ああ、なんか外で光ってたから」

「ひ、光?」


 ユウタが質問に答えた結果飛び出した謎の光に関して、シンジが怯え始めたが、トモヤが割って入る。


「野生動物が出るというところだったのだろう? ということは、おそらく野生動物の目が光っていたのだろうな。一部の動物の目にはタペタムという……」

「なんだぁ、てっきり自分、ホラー体験しちゃったのかとおもったじゃないっすか」


 シンジが安堵の吐息と共に吐き出した言葉で、トモヤの解説が分断される。トモヤはそのことに不満を混ぜながら捕捉を続けた。


「おい、話を遮るな。まあ、野生動物の種類にもよるが、距離を保てていればそこまで問題では無かったろうな」


 その言葉にシンジの脳裏に熊が過る。そのことを察したトモヤが、シンジの顔色から察して先回りする。


「熊が居るか。熊の生息域はもっと北だ。熊ではない」

「で、ですよねぇ。はは、ですよねえ! あ、すみません。安心したら急に尿意が」


 なんだなんだ、何事もなかったのか、と胸をなでおろしながら、シンジがトイレに立った。トモヤとしては「野犬かイノシシでも危なかったぞ」と付け加えたかったが、それを飲み込んだ。

 なにより、トモヤにはがあったからだ。

 シンジが居なくなった後で、トモヤはユウタに疑問を呈した。


「ところで、公衆電話の電話番号はいたずら防止のために知ることは困難になっていると聞いたことがある。……カイト先輩はどうやって、公衆電話の番号を知っていたんだ?」


 ユウタは肩をすくめる。


「さあ? 『そういう事にした方が、怖がり過ぎなくていいからそうしておいて』だってさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの世に通じる公衆電話 九十九 千尋 @tsukuhi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ