掌編小説・『蚊の王』

夢美瑠瑠

掌編小説・『蚊の王』

(これは、8月20日の「蚊の日」にアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『蚊の王』


 群生する社会性昆虫のコロニーの起源は、「女王」になる運命のハチやアリの個体が、極めてたくさんの子孫を持つところからはじまる。自然発生的に群れが形成されて、群居行動の中でやがてその子孫たちが働きアリ、兵隊アリのごとくに役割を分業するようになる。すなわち、群れ全体が機能的な「社会」を形成するのだ。そうして、その「社会」が大集団で生活することによる様々なメリットによって生物全体の大半を占める生存数というような膨大なスケールを持ち、驚異的な繁栄を遂げ、いわば進化論的な帰結によってそういう社会形成の習性を持つ種が生き残って、定着したということと考えられている。


 社会性昆虫はアリ、ハチ、シロアリが代表的だが、論理的にはそのほうが生き残りに有利であれば、条件さえ整えば、第二の本能として社会化するという習性があらゆる昆虫には発現しうる、そう考えるほうがむしろ自然なのかもしれない…


 南米アマゾンの熱帯雨林の奥地では、特殊な自然条件が重なった結果、誰にも知られぬままに、偶然に、特異で「畸形的な」進化が生じていた。

 高温多湿で冨栄養化したジャングルの深い沼地に、突然変異で巨大なアカイエカの個体が誕生していたのだ!

 先史時代には動物のスケールが大きくて、巨大な昆虫が跋扈していたことはよく知られているが、そういう遥かなDNAの記憶が時を超えて復活して巨大な怪物のような禍々しい「蚊の王」が地球の呪わしい運命の不吉な象徴のように出現していたのだ!

 

 邪悪そのもので、およそ地球上の善悪正邪の摂理や因果律、あらゆる真っ当なものと、全く異質な存在、それが「蚊の王」だった。     

 昆虫に「こころ」は存在しない。「蚊の王」に先天的に備わっていたのはあらゆる生物から血という血を全部吸い取りたいという兇悪な衝動、冷徹な攻撃衝動と破壊衝動、できうれば、世界を巨大な「蚊柱」そのものに変えたい、そうした闇雲で利己的な発想がすべてだったのだ!

 

 悪とは何か?


 たぶんそれは人間においてはサバイバルに不可欠な原始的な攻撃衝動に端を発していて、脳や社会の発達とともに複雑で多彩な様相を呈して、弱者を淘汰したくなる衝動、いじめたくなる衝動、嫉妬、暴力、戦争や殺人等のネガティブ行動にむしろ倒錯的に分化して つまり人間という存在の癌細胞のように隠然と存在していて、不幸や破滅を呼び起こす元兇という、ニーチェの言う「人類にかけられている呪い」の最たるものが悪だ。


 人類の数々の罪、悪業、カルマの報い、正統な嫡出子として生まれた、それが偉大で邪悪で異質な「蚊の王」だった。

 真っ黒な悪意そのもので、不幸と破滅を呼び起こすためという以外にその無感情で冷酷無慚な化け物には目的も意味も無かった。

  

 「吸血」という行動のためだけに特化した、機能的で敏捷で戦闘マシーンのような「蚊の王」は、人間の吸血鬼よりもさらに悪辣で攻撃的な、殺戮と恐怖のみが無上の快楽というような、いわば抽象的な「悪」の概念が具現化、結晶化したというような、’禍のアイコン’、’究極のJOKER’、タナトスの化身、そういう「邪悪なもの」、の最終形態であった。


 人類は有史以来多くの様々な「罪」を繰り返し重ねてきた。生きていくためにほかの生き物を殺して、食べる。そもそも生きていくことはそういう犠牲と悪を伴うし、ローレンツが倒錯行動として指弾した、人間同士の争いや殺し合いも日常茶飯事だった。全く罪の意識を持たずに人間は憎しみや欲や邪悪な衝動のままに醜悪な犯罪や殺戮を繰り返してきた。


 そのすべての「悪」の犠牲にされたものの怒りや呪いが「蚊の王」として結晶した。


 「狂ったサル」は文明が発展して、たくさんの「プロメテウスの火」、禁断の技術を手に入れても、ますます愚かになり、ますます殺し合い、盲目的に地球環境を破壊した。

 

 「蚊の王」がすべての人類の罪の報いを齎すために出現したのは歴史の必然で、そのために人類が滅亡するということも不可避的な結末であった…

 

 いわば「大魔王」であり「最終兵器」の突然変異体は厳かに行動を開始した。


 「蚊の王」の揺籃となったのは、悪の温床となったのは、密林の奥深くに、あまりにも殖えすぎた蚊の集団に二次的な本能として生じた「社会性」であった。つまり生物の集団というものに不可避的に潜在せざるを得ない、暗黒の要素、邪悪なエートスが「蚊の王」の本質であった。集団にはその維持のための無慈悲な自然淘汰や、血の粛清、暴力の運動性が必要であり、弱者の犠牲の上に集団というもの、社会という不気味なものは成立している。その邪悪さの象徴、集大成が「蚊の王」であった。

 虐げられしもの、社会や集団の暴力によって殺された者たちの怨念が輪廻して、運命の皮肉、復讐の破壊神として現出した…それが「蚊の王」という禍々しい災厄だった。


 「蚊の王」はまず広場にたむろしていた幸福そうな人間たちを羽根の一撃で次々と殺戮して、その血を吸い尽くした。

 血祭…破滅の始まり、狼煙だった。

 あらん限りの人間を殺戮して血液で腹をタポタポにした蚊の化け物は、まるで神算鬼謀の邪神でも憑依しているかのごとくに、シナリオどうりに的確に次の行動に移った。

 まず、世界最大の電波塔に取りついて、自らの不快極まりない羽音を電波に同調させて、全世界を例の「プ~ン」という不愉快極まりない雑音で埋め尽くした。悪魔の周波数の雑音は、数十秒後に全人類の精神を破壊した。


 そののち、「蚊の王」の子孫の、厖大で夥しい、天文学的な数のアカイエ蚊の個体が、全世界にくまなくパンデミックを起こすべく、猖獗を極めさせるべく、禁断の病原菌、マラリア菌をばらまいた。


 看病する人もいないという末期的、絶望的な状況の中で、マラリアに罹患した全人類は、三日三晩苦しみぬいた挙句に完全に死に絶え、滅亡した。


 後には、巨大な蚊柱だけが轟轟と地獄の火炎のごとくに永遠に燃え熾り、地球はその後「愚か者の星」、「因”蚊”応報の星」と長く呼びならわされることになった…


<了>

 


      

   

 

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