狙撃兵 カルワリオ

葉山 宗次郎

狙撃兵カルワリオ

「楽な仕事だと思ったんだけどな」


 カルワリオは、愚痴を呟きながら歩いていた。


「狙撃手なんて前線の遠くから銃を撃つだけで安全だと思ったんだけど」


 彼は狙撃手だった。

 隣国が攻めてきたため、徴兵されてしまった。

 だが、前線で歩兵として塹壕を掘り、銃撃戦など快楽主義者のカルワリオにとってはまっぴらごめんだった。

 そんな時、狙撃手の募集を聞いて、志願したのは後方から時たま銃弾を撃ち込むだけの簡単な任務でサボれる、と思ったからだ。


「まさか、あんなに我慢が必要だなんて」


 しかし訓練が始まると予想とは全く違った。

 ひたすら銃を担いで動き回る。

 それも痕跡一つ残さずだ。

 そして、狙撃ポイントを見つけたらひたすら待機。

 一時間でも、半日でも、冷たい地面の上で。

 十分でもじっとしていられないカルワリオには苦痛だ。

 決して目標から目を離さず狙撃のタイミングを待たなければならない


「あんなの勘弁だよ」


 カルワリオは訓練を思い出して身震いする。


「さっさと終わらせよ」


 カルワリオはボルトアクション小銃を背負い、目的の稜線へ向かう。

 周囲はまだ暗いが、木々の間から降り注ぐ星明かりで十分に足下は見える。

 木の根や岩を選んで足を乗せ、足場と足跡を残さないようにする。


「到着」


 稜線に昇ると、眼下に目標となる敵の宿営地が見えた。


「情報通りだな」


 移動途中のため、塹壕は掘っていない。テントを各所に分散してある。


「さて、獲物は居ますかな」


 小銃に付いたスコープでカルワリオは、目標、高価値ユニットを探す。

 通信機と通信兵、指揮官、階級の高い奴の順に価値がある。

 軍隊が強いのは指揮系統、それぞれの強みを発揮する部隊が通信と情報交換、指揮伝達によって目的を成し遂げるからだ。

 だから通信機、特にジャミングをものともせず、高度な暗号でやりとり出来る高性能な通信機を破壊するのは相手にダメージを与えられる。


「アンテナみっけ」


 木の幹にコードを貼り付けたアンテナを見つける。あとはコードの先端を追いかければ、通信機を発見出来る。


「時間も良さそうだし、そろそろかな」


 自分の息が、歩きで乱れた息も落ち着いた。

 背中から朝日が差し込み始めたこともあり、カルワリオは小銃を取り出し、構える。

 目の前に背嚢を置き銃を乗せる。

 狙える範囲が狭くなるが、銃が安定するので狙いやすい。ここは正確性を優先した。


「さて、始めようか」


 コードが引き込まれたテントを見る。

 入り口が一瞬、めくれたところを狙ってカルワリオは引き金を引いた。

 スコープの中で通信兵の側頭部に穴が空き、血を吹いて倒れた。

 兵士達が慌てて幕を閉めるが、カルワリオは、ボルトを操作して空薬莢を排出し、次弾装填すると通信機の置かれていた場所を想像で狙い、再び撃った。


「よし、完了」


 二発目を打ち終わると、カルワリオは銃と背嚢を持って、引き返そうとした。

 これで通信機は使えないはずだ。少なくとも通信兵を殺しただけで十分にお釣りが来るはず。


「でも、まだやれそうだな」


 反撃がない事を見て、混乱し自分の位置が特定されていないことに気を良くしたカルワリオは、狙撃ポイントを変えて再び狙撃する事にした。


「さて、他に居るかな」


 先ほどとは違い、腕だけで銃を支える。少し疲れるが自由に銃を動かせるので広範囲を覗き込むには便利なスタイルだ。

 カルワリオはボーナスタイムとばかりに慌てる敵兵の動きをスコープで覗き込み観察する。狙撃に慌てる敵兵の視線を追いかけ、その先を見る。


「指揮官か階級の高い奴みっけ」


 注目を集め、敬礼を向けられている人物を発見した。

 狙撃を警戒して階級章などを外しているが、兵士達の動きや挙動を見れば上官であること、最先任とはいかなくても部隊の重要な人物である事は分かった。


「貰った」


 照準を合わせて発砲した。

 すると指揮官か、偉いらしい奴は倒れた。

 その証拠に、周りの兵士に動揺が走る。


「よっしゃ、うわっ」


 歓声を上げた途端、多数の銃弾がカルワリオの周りに着弾する。

 どうも気合いの入った熟練下士官がいて狙撃に気がつき、さっきの発砲を見てカルワリオの位置を特定し反撃したようだ。


「始末しておきたいけど、位置がバレているからやばいな」


 カルワリオは背嚢を引っ張り、稜線の陰に隠れ、下に向かって走る。

 すると背後で爆発音がした。


「連中、迫撃砲まで撃つのかよ」


 狙撃兵は厄介な存在であり、抹殺したい。遠距離から確実に死をもたらす存在など恐怖でしかない。

 短時間で砲弾を消費してしまう迫撃砲を持ち出してでも仕留めたかった。


「やれやれ、人気者は辛いね」


 熱烈な反応にカルワリオはヤレヤレと呟く。

 グズグズしてはいられない、このままだと歩兵が自分を殺しにやってくる。数人狙撃で仕留められるが数の暴力で制圧されると確実に殺されてしまう。

 そんなおまっぴらだ。


「さっさと帰って食べて寝ますか」


 カルワリオは、急な斜面を下ると乗ってきた自転車に跨がる。エンジン音がしないため気付かれにくい上に、下り坂では歩兵より高速で移動出来るので愛用している。


「今日の朝飯は何かな」


 夜の遅い内に起きて、移動し狙撃して帰り食事をして、一眠り。

 あとは楽しく過ごす。

 それが快楽主義者のカルワリオの狙撃生活だ。

 通常の狙撃手とは違うが、要所要所は押さえている。

 自動小銃より射程の長いボルトアクション小銃でアウトレンジ、見張りさえもいない距離から狙う。

 狙撃しやすいポイントと時間、見つかりにくい夜の間に移動し、スコープが反射せず発砲炎が見えにくい朝日を背に撃って、気付かれずに離脱。

 それがカルワリオのやり方だった。

 通常の狙撃手は三〇〇メートルから五〇〇メートル、場合によっては更に短い距離から発砲し確実に命中させようとする。

 だがカルワリオは七〇〇メートル以上から狙い、発砲し命中させる事が出来る。

 勿論、外れることもある。

 だが数を撃てば良いとカルワリオは考えていた。

 当然、最初は外れが多かったが、それでも命中率は五割と良好。

 しかも慣れてきた最近は命中率が九割に達している。


「いいね。狙撃手生活も」


 命中が多くなり狙撃が楽しくなってきたカルワリオの楽しい狙撃手生活はまだまだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狙撃兵 カルワリオ 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ