第13話
自転車で日暮里高校に向かう。合格したら、毎日この風景を眺められるんだなと思う。自転車で登校できるというのが、やはりいい。元旦の初詣で、真剣に神頼みもしておけば良かったかな、とちょっとだけ思った。
日暮里高校は各学年8クラスもあって、校舎も大きい。試験会場の教室までは、地図を使ってたどり着いた。教室にはエアコンも付いている。さすが高校! と思ったけれど、僕の中学がボロいだけのような気がする。小さくて、ボロいモデル校というのは、いかがなものかと思う。
生徒会の力で、3年生の教室にエアコンを付けたら、大喝采になるだろう。しかし、そもそも生徒会がどうこうする問題ではないか。そんなことを考えていたら、あっという間に試験の開始時間になった。ちょっとリラックスしすぎなので、気合を入れなおして、シャーペンを手に取った。
試験が終わって、学校に戻り、みんなと答えあわせをした。都立高校は問題が同じだ。半田とほぼ点数が同じだった。間違いなく合格する点数だった。それで、やっぱり合格していた。
合格発表を見て、母親に電話したあとに、中学校に戻って先生に報告した。先生が少し驚いた顔をしていたので、改めてちょっと無謀な受験計画だったのだなと思った。かなりきびしいよと、先生に忠告は頂いていたけれど、僕は変に自信があった。安全圏の学校を選んだら、むしろ気が緩んで危ない気がしていた。頂上を目指して、着実なペースで山を登った感じがある。
それから急いで、老人ホームに、合格の報告に行った。玄関のところに受付がある。スタッフの方に結果を報告すると、よかったわね、おめでとう、と言って、みんなが喜んでくださった。
お年寄りが集まっている広いスペースに入る。僕はここでずっと勉強していた。みんなテレビを見たり、静かにおしゃべりをしたり、椅子に深く腰掛けて、眠ったりしている。亀田さんがいつのもように、将棋を指していた。
「亀田さん、次、一局お願いします」
「おう。じゃあ、すぐやろうよ。寺田さん、いいよな?」
対戦相手の寺田さんは、やすらかに寝息を立てている。席を移動して、駒を並べていく。なんだか、とても気持ちが安らいでいく。
「久々だから、ハンデ無しでいくか?」
それでお願いします、と言って僕は歩を指で押した。
「今日は早いな。学校は?」
「3年生は短いんですよ。都立高校の、合格発表だったんです」
亀田さんが、ギョッとして、押し黙った。
「合格してました」
我ながら、もったいぶりすぎだとは思ったけれど。
「おめでとう! よかったなあ」
亀田さんが大声で言った。他のみなさんは耳が遠いので、特にリアクションは無い。たぶん、僕が大声で、直接に「合格しました!」と言っても、思い出せない人もいっぱいいるはずだ。今後ゆっくり報告していこうと思った。
「このホームのおかげですよ。ここの落ち着いた雰囲気が、勉強するのに最高によかったです」
亀田さんは感無量と言った感じで、何度も頷いている。それを見て、僕もゆっくりと嬉しさがこみ上げてきた。
それから亀田さんと将棋を3局打ったけれど、3戦とも完敗だった。うさぴょんと試合を重ねることで、亀田さんも腕をかなり上げたみたいだった。ちょっと本腰をいれて、将棋の勉強をしようと思った。
それから卒業式の日まで、かなりフワフワとした感じで過ごしてしまった。ホームでは将棋の勉強をしていた。いままでのペースで学校の勉強を続けたら、そうとう立派な学生になれそうだけれど、そうしたら自分が自分でなくなってしまいそうだ。そんな変な理由を考えて、きっぱりと勉強は止めた。そういえば半田も、合格してからほぼ毎日、徹夜でネットゲームをしているらしい。目の下にクマを作って楽しそうだ。サエコは音楽高校に受かった。二瓶さんはもちろん日暮里高校に合格した。
問題児が多い中学ではあるけれど、生徒数が少ないので、進路に関しても、先生方がかなり細かく気を使ってくださる。修学旅行でいっしょだったモデルさんみたいな幽霊が、ついに卒業した。高校は日暮里高校の通信制に入ったので、また顔を会わせる可能性がある。先生に、あの子をよろしくねと懇願されたが、二瓶さんもいますよと言っておいた。
卒業式の後に、男子は、学生服の金色のボタンを女子にねだられることがある。第2ボタンが、最も価値があり、本命に渡すのだと言う。もちろんモテる男子だけの話で、僕のようなものには縁の無い話のはずだった。
サエコが、
「記念に貰っておく」
と言って、第1ボタンを持っていった。むりやり引きちぎろうとしたので、胸倉を掴まれてるみたいになった。
それを笑いながら見ていた二瓶さんが、
「じゃあわたしも」
と言って、第3ボタンを持っていった。
殿村君が冗談で、僕にもボタンを下さいと言うので、第4ボタンをあげた。そのあとで殿が、これ、酒巻さんに頼まれてたんですよと言った。本当かな。
うさぴょんには、うさ耳をもらった。理由はよく分からない。でも嬉しかった。お返しに第5ボタンをあげたら、つまらなそうにポケットに入れたのが笑えた。
それで、肝心の第2ボタンだけを胸に残して、うさ耳をつけて家まで歩いて帰った。楽しい中学時代だった。今日もまた、ホームに将棋を指しに行こう。
ウサギのいる生徒会、及び老人ホーム ぺしみん @pessimin
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