第12話

 年末にかけて、本当に二瓶さんとサエコが老人ホームに勉強をしに来た。サエコはいいとして、二瓶さんに勉強の質問ができるのはありがたかった。二瓶さんは内申点も非常によいので、日暮里高校は十分合格圏内だ。余裕の受験勉強と言える。だから僕もあまり気兼ねせずに質問できた。ちなみにうさぴょんはなんと、オーストリアの別荘で年越しだ。オーストリアってどこにあるんだよ! と怒りながら話をしていたら、サエコが詳しかった。オペラが盛んな国らしい。

 大晦日もホームで勉強して、ホームで年越しそばを頂き、二瓶さんとサエコが帰ったあと、紅白を見ているお年寄りの横でまた勉強をした。

「早川ちゃん年があけるよ」と亀田さんに言われて、時計をみたら十一時五十分だった。

 ゴーンとテレビから除夜の鐘の音がする。耳をすませると、老人ホームから少し離れたところにある、神社の鐘の音も聞こえた。

「亀田さん、初詣行きませんか」

「おお。行こう行こう。でもな、平林神社はご利益が無いことで有名なんだよ」

「別に神様に、どうこうしてもらおうとは思ってませんよ」

「早川ちゃん言うねえ! その意気だ。それなら合格間違いなし!」

 亀田さんにビシっと言ってもらって、それこそご利益があるような気持ちがした。外に出ると、ものすごい寒かったけれど、それまで脳を煮詰めるように勉強をしていたので、冷たい風が気持ちよかった。

「うひゃ。寒いな! 早川ちゃん。風邪引くなよ!」

「亀田さんこそ、気をつけてくださいよ」

 あたしは毎朝走ってるから大丈夫、と亀田さんが言って、走り出そうとしたのであせった。風が気持ちよくても、さすがに運動はしたくない。でも亀田さんにつられたのか、僕も変にテンションがあがってしまった。大入り満員の蕎麦屋に入って、亀田さんのおごりでざるそばを3枚も食べてしまった。なんだか忘れられない年越しになった。


 正月はおせちを食べて、昼まで寝て、お雑煮を食べたあとにホームに新年の挨拶に向かった。もちろん勉強道具を持っていった。勉強をしていると、二瓶さんとサエコが新年のあいさつに来た。2人とも着物を着ていて、お世辞抜きで非常に美しい。正月なので、ホームのお年寄りのお孫さんとかもけっこう来ている。孫達も着物を着ていたが、圧倒的にこちらの方が美しい。関係ないけど僕は鼻が高かった。2人が顔を見せたとき、ホームの雰囲気がパッと明るくなった。美しいということは残酷なことだ。

「おまえ、サエコ、たいしたもんだな。二瓶さんは当然として」

 色気があるなぁと思ってしまった。ヤバイ。

「変な言い方しないでよ! 蹴るわよ」

 そういうものの、こちらがまぶしそうにしているので、サエコは機嫌がよさそうだ。

「早川君も初詣にいかない? このあと何人かと待ち合わせしてるんだけど」

 二瓶さんが言ってくれて、非常に心惹かれるけれど、人ごみはあまり好きではない。

「いや、やめとくかな。昨日の夜、亀田さんと初詣行ったし」

 寒かったですよね、と言って亀田さんを見たら、さっきまでテレビを見ていたはずなのに、しっかりこちらを向いていた。その後、「亀田さん、いっしょに行きませんか?」と着物美人2人に言われ、亀田さんは大喜びで2度目の初詣に出かけた。元気だな。


 冬休み、皆勤賞でホームに通ったおかげで、年明けの模試で、合格率が七十%になった。着実に勉強が進んでいる。それだけ今まで勉強してなかったということも言えるわけだが。今回の模試の結果を受けて、志望校を変更する人もいる。いよいよ迫ってきた本番を前にして、緊張感と熱気の入り混じった、なんともいえない雰囲気がクラスに溢れている。片山もなんともいえない表情をしていた。

「もう決まったんだって? おめでとう」と僕は言った。

 片山は野球のスポーツ推薦で、私立の高校が決まっていた。

「あまりめでたくないよ。俺も受験すればよかったかな。なんだか置いてきぼりにされた感じだ」

「片山らしくないなあ。そんな繊細じゃないでしょ」

 半田が笑って言った。

 いまさらだけど、僕らはなんで仲が良くなったのだろう。全然タイプが違うのに。

「半田は模試どうだった? おまえも日暮里高校受けるんだろ?」

「うん。八十%だって。もうちょっと勉強しないと」

 腹が立つことに半田は頭がいい。ネットを中断して受験勉強を始めたのは、恐らく十二月に入ってからだと思う。頭の中もコンピュータみたいに整理されていそうだ。まあ、人は人だ。半田のような人間を見ていると、ほんとにそう思う。出来がよくない頭だからこそ、僕はがんばらなければならない。記憶力の低い頭に、無理やり情報を叩き込むという事も、もしかしたら価値のある行為かもしれない。面白みもあるかもしれない。そう思わないとやってられないよ。

 試験が迫ってきているけれど、追い込みと言うほど、追い込む感じは無かった。なにしろ、もう毎日しっかり勉強しているので、ただペースを保つだけだ。今までどおり、学校がひけてからホームに行って勉強する。夕飯を食べてから家でも少し勉強して、十二時には寝る。規則正しい生活だ。そんな感じであっという間に試験当日になった。

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