みるなの通り
高黄森哉
下校
下校するとき別々の道を通る人がいるだろうか。私が、帰り道に決めた道は、学校と家との最短距離ではない。もしも、最短距離で行きたければ、行きと同じように、ここをまっすぐにいけばよいのである。それなのに、こっちを選びたくない自分がいる。
「別に、いいよね」
バレーボール部に入部したのだが、なんと、今日は六時まで練習をしていた。大誤算だ。引っ越す前のバレー部はぬるく、全国的にも、バレー部は遊びの部活だと考えていたが、やれやれ考えを改める必要がありそうだ。明日も早いし、宿題も山盛りだし、見たいドラマもあるしで、だから、まっすぐ帰りたい気分だ。二股に別れた道の前で立ち尽くす。さて、どちらを選ぶべきか。
ここをまっすぐ行けば、登校と同じで、約十分で帰ることが出来る。ここを左に折れるなら下校道、ニ十分はかかる。ドラマが始まるのは、十五分後である。数学はすごぶる得意で、算数はなおのこと。普段の私なた迷わず前者を選ぶ。だから、そちらへ、すたすたと歩み始めた。
だいいち、迷信を信じるなんて馬鹿げてる。子供じゃないんだから。科学の成績が5の私なのに、なぜ恐れるのか。前時代的だ、大時代的だ。中学生でそういうのは卒業すべきではないのか。
「ねえ知ってる、
それは今日の朝の教室でだった。この、安藤さんは、私の初登校を手伝ってくれた親切な人で、思い出したように町の噂を語りだした。そうそう、私は転校生なのだ。
「あなたの通ってる道、来た道を戻ってはいけないのよ」
「そう、なんだ」
なんだか、風習染みてて不気味だったけれど、善意からの助言だったことは、仕草、口調からはっきりとしている。彼女は私の手を握って、手の甲にマジックで、『来た道を戻ってはいけません』、とかき込みながら話す。
「みるなの通り。この街の七不思議なの。嘘だと思うなら試してみてね。それも、六時以降にね」
試してみていいものなのだろうか。私はなんだか、深く触れてはいけない話題な予感がして、すぐに切り上げてしまったから、なぜ振り返ってはいけないのか、までは知らない。
安藤さんはオカルトなところがあるから。そう自分自身を納得させる。彼女の話は、興味深かったが、真実性に欠ける。例えば昼休みに試した、鏡の怪談とかだ。踊り場の鏡に向かって、心の中で三回、好きな人を唱えると恋が成就すると聞いたが、そうはならなかった。私の隣にいた安藤さんは、私の恋心には気が付かなかったのだ!
道の半ばに来た。私は振り返らない。ここまで戻ろうとは、しなかった。なんだか、道全体が不吉な雰囲気を帯びている気がするし。でも、私は非科学的な人間でないのである。そのことを、否定してみたい気もする。来た道を戻る前に、まず、見るなの禁を解明して、己を安心させてみようか。
安藤さんは、来た道を戻ってはいけない、と言っていた。きっと振り返ると、『とんでもないことが、めちゃくちゃに引き裂いてしまう』、と言った類のものだろう。それは、彼女が呪いについて解説するときの、お決まりの文句なのだ。今日だけでも五回聞いた。しかし、そうなっては、振り返ってはいけない、と悟った人間は死んでしまうではないか。そこに矛盾があるのではないか。
噂の発生は、事実に基づかない、となると、誰かが創作したことになる。それは、やっぱり安藤さんじゃないか。そうにちがいない。
動機はなんだろう。ここらへんで、事件でもあって、6時以降は危ないから心配して …………。たとえば、レイプとかがあったとして。いやいや、それならば学校から通期が来そうなものだ。じゃあ、毒蛇が出るとかだったり。いやいや、田舎じゃあるまいし。なら、なんなのだろう。
今日、部活が無かったら、安藤さんと、下校の時間が重なるじゃないか。なんで今の今まで、気が付かなかったのだろう! そういえば遠回りの道は、安藤さんの家がある方角じゃないのか。朝、彼女は彼方からきて、ここで私と合流したのだ。それで、学校までの道を教えてくれて。分かった。彼女は私と、ちょっとでも長く一緒に下校したいがために …………。
来た道を戻ってはいけない。そんなことはない。私の推理が正解なら、私は例えば振り返ってもいいはずだ。リスクも承知で、試してみたい衝動に駆られる。理系人間なので、そういう検証じみたものが好物。ちゃんと解が出た際に生ずる爽快は、麻薬と同じなのだろうか。中毒性がある。
そして私は振り返る。すると、
同じ景色が広がっている。へ、いやいや。そんなbanana。私は視線を正面に戻した。やはり同じ景色が広がっている。即ち、自分を起点として、世界が対称に広がっている。振り返るもなにも、振り返ることが出来なかった。同じ世界が広がっていて、同じ世界が広がっている。くるくると回って、思い知らされる。わわわわ、眼が回る。手の甲を見直した。それで、ようやく理解した。
手の甲に見る名の通り、ではなく、みるなの通りは、来た道を戻ってはいけない、のではなく、来た道を戻っては行けない、のである。
みるなの通り 高黄森哉 @kamikawa2001
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