第24話 空を飛ぶ生活



「なんですか、これは……」



 一段落ついて、千春とニールが城に戻ると、そこは何日も経っていないにも関わらず、様子が大きく異なっていた。

 まだ千春が城を出る前は、内部はともかく正面から見れば立派な城を保っていた。しかし、現在。城はまるで強盗でも入ったかのような有様だ。

 城の門も扉も壊され、あちこちに破片が飛び散っている。


 流石に冷静ではいられないニールの糸目が開かれる。



「チハル様、大変お手数ですがメマ様たちの元へ向かってください。彼女たちと一緒ならば安全でしょう」

「は、はいっ」



 千春は城に入らず一歩下がる。

 ニールは千春を見送ることなく、すぐさま城の中へと駆け込んでいく。

 彼の主はレクサだ。主の安否が第一。

 さらに城下の方が人が多く安全であると千春もわかっているので、素直に従う。



「レクサさん……」



 心配する千春の声は誰にも届いていない。




「チハル様」

「あ、メマさん。お久しぶりです。その、これは一体何があったんですか……?」



 いつの間にか千春の背後にメマがいた。

 小柄な彼女は、千春の質問に対して静かに答える。



「メマは、城の内部から何か大きな生き物が飛び出していったのを見ました。それを追うようにして、坊っちゃんが出てきましたが酷く怪我を負っておりました……」

「怪我を! 大変! 大丈夫なんですか?」

「坊っちゃんは治癒魔法も使えます。ある程度の怪我は回復可能です。ですが……あっ!」



 説明をしている最中、メマの目が千春の上空へと向けられた。

 何があったのかと千春も視線を追うと、そこには大きな何かが迫ってきている。そのスピードは早く、何なのか理解するよりも先に千春の身体が浮いていた。



「きゃあああ!」

「チハル様ーっ!!」



 飛んできた何かが千春の腰を掴んで飛んだのだ。

 勢いよく空へと昇り、メマの姿すら見えないほど高く飛ぶ。

 暴れたならば落ちるかもしれない。恐怖で震え、声も出ない。

 何が起きたのか理解も出来ないままに、千春は連れ去られた。




 ☆☆☆☆☆




「ニール!」



 日が沈んでからレクサは城へ戻ってきた。

 疲労の色が見えるが、彼に怪我はないものの血を拭った跡が顔に残る。



「レクサ。一体何処に行ってたんですか! この有り様は何が……」



 ニールは城を隅々まで確認し終え、情報収集を続けてきた。だが、そもそも城には誰もおらず、城下にも知る人がいないために、レクサの帰りを待つしかなかったのだ。

 やっと何が起きたのかのかわかると、急いでレクサを城で出迎えた。



「ドラゴン……いや、竜人りゅうじんが突然来たんだ。それより、チハルは何処だ? 竜人はチハルを探していた」

「竜人が……? チハル様は……」



 竜人。人とドラゴンの血を引く人々の総称であり、鱗の肌や、黄金の眼を持っている希少人種だ。力の強さによっては大きなドラゴンの姿にも変化することもできる。

 高地に暮らしており、滅多に姿を表すこともない人々である。なのになぜ城までやってきたのか。それを聞くことなく、ニールがいい渋る。それにより、レクサは「まさか」と言う。



「チハル様はドラゴンに連れ去られました……」

「なっ……! 何故だ、何故お前がついていながらもそのようなことに!」

「申し訳ありませんっ! 城が荒れている故、中に入るわけにもいかず、メマ様のもとへ向かうよう伝えたのですが……メマ様と合流直後に上空から攫われたとのことです!」



 ニールは何度も繰り返して「申し訳ありません」と頭を下げる。

 ニールの対応は間違ってはいなかった。

 もし、城に盗賊がいようものなら千春が人質に取られるかもしれない。あるいは魔物がいるかもしれない。いくらニールが強くても、千春を守りながら戦うことには慣れていない。ならば、ひとりで探索、千春の保護は別の者に頼む方がいいと判断したまで。

 レクサも分かっているので怒ることはなかった。



「……分かった。ならば、こちらから竜人のもとへ向かうまで。当初より竜人はチハルを探していた。瘴気関連だと思われるが……怪我をするようなことはないはずだ。いくぞ、ニール」

「はっ!」



 レクサはニールと共に城を離れる。

 目指すは竜人の暮らす高地。ある程度の場所は分かっているので、迷うことはない。

 空は真っ暗。

 人々は眠りにつく。

 その中を二人の足音だけが城下に響いていた。



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元社畜、異世界転移来たりて好機  ~裁縫スキルが世界を救う!?~ 夏木 @0_AR

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