第23話 ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにを考える生活
ガランは母親想いである。
そう千春が感じたのは、彼の行動からだ。
母親が眠るこの地・ヴィーナを何がなんでも守り抜きたい。その想いから、瘴気を近づけさせず、自然豊かな地を守ってきたのだろう。
常に瘴気から守るための障壁を張り続ける。
それがどれだけ大変なことかは、魔法を使えない千春でも分かる。
今回のように、魔物がたくさん現れて危機的な状況になったことをすぐに気づいたのだろう。そして、駆けつけた。
この地を守りたいから。
だが、ひとりではどうしても出来ないことがあるのだ。それが人間だ。
ひとりで頑張っても、叶わないこともある。
何でもかんでも抱え込まないでほしい。
人を頼ってほしい。
辛かったら言ってほしい。
助けを求める手を弾く人は、ここにはいない。
彼に忠誠を誓う、みんながいる。
彼らを頼って、協力して。
そうすれば、より救える世界があるはずだ。
千春はガランのことを想い、彼の助けになれるように。
ジルバたちの家の一角を布や糸、ミシンで埋め、一心不乱に縫っていった。
「――できたっ……!」
千春は顔をあげる。
その声で背後でうたた寝していたジルバが目を覚ました。
「んん、何ができたってんだい?」
「ガランさんへの贈り物です」
「ん? それは……マントかい?」
千春は立ち上がり、完成したものを広げてみせた。
ひたすらに考え抜いて作ったのは、フード付きのロングローブマントだ。
外側はサラッとした生地で深い青色。
背にはガランの瞳と同じ琥珀色の生地でツヴィリンゲ国を千春なりにイメージした紋様。さらに裾は真っ直ぐにするのではなく、デザインカットにして補強するように琥珀色糸を使うことでよいアクセントになっている。
内側はさらに暗い緑色。生地は柔らかく肌触りよいものをチョイス。
ぱっぱと移動も魔法を使うことを想定して、身を包んでも肌に優しい素材にした。
色の組み合わせは、彼が大切にするヴィーナをイメージ。大自然が印象的なので、空と木々を表す色合いに。
あまり派手にすると、彼の存在が目立ってしまう。急に現れたりする彼の行動を考えれば、目立ない色合いの方が似合うはず。
しかし彼は王子である。全体を地味にするのではなく、ローブとして正面で止める金具だけは、高級感を与えるゴールドにした。ただ止めるだけでなくて、チェーンを用いた装飾も加えた。
千春の全てを出し切って、今ある素材で出来る限りのことをした。
歩き方や表情からしても、瘴気は確実にガランの身体を蝕んでいる。いくら堪えていても、いつかは堪えきれなくなる時がある。その時が来ないように。今の瘴気も無くしてくれるように。
このローブマントが全身を覆って、内側からも外側からも、彼から瘴気を祓ってくれるように。
祈りを込めて作り上げたのだった。
それを鼻息を荒くして見せる千春。ジルバはその完成度に驚いたが、その後立ち上がると千春の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「すごいじゃないか、チハル。こんなものまで作れるなんて。あんまりにも集中してるから、そのままぶっ倒れるかと思ったよ!」
「いえいえ、完成するまでは寝ていられません。でも、今度はガランさん、使ってくれるでしょうか……?」
一度は彼の瘴気を消すことができなかった。それで千春が作ったものを貶されて終わった日。自信は失い、失意に満ちたが、自分にだけ作ったもので魔法に似たことができることもあると分かった。
今度こそ彼を救う。
そう思っても不安がよぎる。
千春の顔が曇ったとき、家の奥からミシミシと音を立てて誰かがやってきた。
「……僕がなんだって?」
「きゃっ!」
千春たちの元へ顔を出したのはガランだった。
その表情は歪んでいる。
壁に手をかけて立つのがやっとと言わんばかりのふらつきもある。
「ガランさんっ!?」
千春は慌てて近寄ろうとしたが、それよりも先にガランの足がガクッと曲がり倒れ込む。
間一髪のところで、先に動いたジルバにより転倒せずに済んだ。
「失礼しますよ、ガラン様。ひとまず座りましょう」
ジルバの肩を借りて、ガランは近くの椅子に座らされた。
肩で息をし、脂汗をかいている。腹部はじわじわと瘴気が溢れてきており、服を塵にしてしまっている。
見るからに苦しそうな姿に千春は恐怖心で動けなくなってしまった。
「チハル」
「あ……」
ジルバの呼びかけで、千春はハッとした。
今彼を助けられねば、命が危うい。
先ほど完成したばかりのローブマントを抱え込み、彼の下へと駆け寄る。
「失礼しますっ……少し痛くなるかもしれないですけど、絶対助けますからっ!」
千春はローブをガランの肩からかけた。
頭から足までを覆うローブ。
最も瘴気が溢れる腹部に触れるよう千春はローブの外から腹部を押さえる。
「うぐっ……! あがっ!」
うめき声があがったあと、呼吸がより荒くなった。
痛みで獰猛な獅子のように噛みつきそうなガラン。暴れぬよう、チハルは彼をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫ですから、大丈夫です」
何度も言う言葉は、ガランに向けたものでもあり、自分に向けたものでもあった。
「ふっ、ふっ……」
ガランの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
うめき声もなくなっていき、座っているにも関わらず、まるで全身の力が抜けたように千春へ彼の体重がかかる。
助けられなかった?
そう頭をよぎったが、すぐさま規則正しい呼吸が聞こえてきた。
どうやらガランは眠ったらしい。
「チハル、手を離して。身体はアタシが支えるよ」
「はい」
千春はゆっくりとガランの身体をジルバへ預ける。
そしてローブをめくり彼の腹部の傷を確認する。
酷い傷に瘴気が満ちていた傷。そこには今、瘴気は一切なくなっており、火傷のような傷が残るだけだった。
「やれた、の……?」
ローブにはほんの少しだけ焦げた跡があるが、穴は空いていない。
どうやら今度は、彼の瘴気を全て無くすことに成功したらしい。
「そうみたいだな。チハル、ありがとう」
ジルバの言葉で、やっと確信を持って彼を助けられたのだと思えた。
その喜びと安心感で、千春はヘナっと座り込む。
そしてポロポロと涙が出た。
「おいおい、ほんとにアンタって子は忙しい子だね」
「だっで、だっで、死んじゃうかと思ったんでずぅ」
ワンワンと泣き叫びそうになるのを、どうにか堪えるも、涙は止まらない。
煩くしたら眠ったガランが起きてしまうかもしれないと、声を殺す。
「ハハッ。ちょいと待ってな。コッチを横にさせてくるから」
「ゔぁい……」
こうしてジルバがガランを別室に運び、再び千春のところへ戻ってくると、千春は彼女の胸を借りて泣いた。
その間、ずっとジルバは「ありがとう」を繰り返して千春を優しく撫で続けるのだった。
一方で、片付けを任されたニールは、切って倒した魔物たちを調べていた。
魔物の種類や数、瘴気の具合などメモをしていく中、異変に気づく。
「……おかしい。これだけの種類の魔物が集まるなんて。しかもどれも同じような小さい傷の付近が最も瘴気が多い……もしかして何かが瘴気を魔物に注入してる? いや、なんのために誰が?」
ブツブツと言いながらも、ニールは隠されていた真実の欠片に近づきつつあるのだった。
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