第22話 心を変えた生活

「アタシらはチハルに助けられたよ」

「え……?」

「チハルが作ってくれた鉢巻のおかげで、隙を作れたし、アタシらは助かった。チハルのおかげなんだ。チハルの思いが、行動が今を作ってるんだよ」

「っ……!」

「アタシらを助けたのはチハル、アンタだ。胸を張りな」


 千春の顔がくしゃりとゆがむ。

 確かにこの鉢巻で戦況が変わったかもしれない。しかし、それはあくまできっかけにすぎなかったのだ。

 けれど、感謝されて自分の行動が間違っていなかったと思えることができて、またしても千春は涙が出てきていた。


「おいおい、また泣くのかい? 忙しい子だねェ!」

「私っ、自分の作ったものが無意味なんじゃないかって。たった数回、瘴気を吸い込めたからっていい気になって。でもガランさんには効果がなくて……私はただみんなの足を引っ張っているだけだと。でも、でもっ!」

「うんうん」


 千春はジルバの手を握り返し、涙声で続ける。


「私はみんなを助けたいですっ!  足手まといで終わりたくない!」

「よく言った! それでこそアタシらの仲間さね!」


 ジルバが千春の頭を撫でながら笑う。そして、フェブもニールも。千春に笑いかける。


「チハル様、貴方のその思いがあれば大きな壁でも乗り越えることができるでしょう」

「はい……ありがとうございます。頑張ります!」


 ニールがあまり言わなそうな台詞だった。

 出会ってから今に至るまで、丁寧な言葉を使うニールだったが、どこかトゲがあるものばかり。なので、千春は少し不思議に思ったがすぐ、素直に言葉を受け取る。

 しかし、抱いた疑問は間違っていなかった。


 やる気を示した直後、空気が一気に変わった。

 ジルバとフェブが一歩下がって横並びになると、背筋を伸ばして姿勢を正す。ニールも同様にまっすぐと立って、少し頭を下げるのだ。


 なんだなんだと、千春は振り返った。するとそこには先ほど去っていった人物――ガランがむっとした顔で立っていた。


「えと、ガラン、さん?」


 どうしてまたここに? そんな言葉を飲み込んで、やっと出た声。

 異様な威圧感が千春をそうさせた。


「どうもない。辺り全体を見たけど、やっぱり魔物の残骸はここだけだった。ねえ、これ、キミの技だよね? いくら側近だとして、ここまで殺れるとは聞いてないんだけど。あと何で燃えてるの? 答えてよ」


 声色は変わらないが、ガランの顔には汗が見える。あちこち慌てて周り、ここへやってきたのだろう。

 真っ二つに切られた魔物の残骸に目をやると、一体だけ真っ黒に焦げている。それが気になって仕方ないらしい。


「私は力の上乗せに魔法を使っております。時間を要しますが剣には硬化魔法を、更に剣技拡大魔法を重ねてかけることで大規模の制圧は可能です。また、一部炎による討伐につきましては、彼女……チハル様のお力添えによります」

「ふーん。この前ぞうきんみたいな服しか作れなかったのに、そんなことができるわけ?」

「はい、ね、チハル様?」



 フラッシュバックする記憶。

 多少なりとも自信があった、ハンドメイドの衣服がガランを侵す瘴気の前に塵となったこと。

 あの時とは作ったものも、作った環境も違うが、一度負った心の傷は癒えない。

 ガランを前にすると、どうしてもしりすぼみしてしまう。



「わ、私は……たまたま……」



 じっと琥珀色の瞳に捉えられる。

 するとさらにゴニョゴニョと答えるしかなくなってしまう。



「……ふーん。ま、いいや。たまたまなんでしょ。ここら一帯の被害状況は?」

「街への被害はなし、負傷者はここに残る者のみです」

「なし? へぇー……」



 感心したのか、どうか曖昧な返答をし、ガランは腕を組む。

 胸の前で組むというより、お腹を抱えるに近い行動に千春は違和感を感じた。



「無事ならなにより。僕は野暮用済ましてくるけど、後処理はしっかりしといて」

「かしこまりました」



 ガランはどこかへ歩いて向かおうと振り返ったその一瞬、千春には彼が唇を強く噛んで何かこらえているように見えた。

 だが、何も言うことは出来ず、今度はガランは歩き去っていく。

 小さくなり見えなくなるまで、ニールたちは頭を下げていた。



「……ニールさん、ガランさんの身体、大丈夫なんですか?」



 頭を上げたニールに訊く。すると、ニールはムッと考えてから答える。



「瘴気のことですか?」

「はい。私が見たときは、まだ顔色がよかったんですが、さっきのはとてもキツそうに見えて」

「さぁ、わたしにはお答えできるほどの情報はありません。本人にしかわかりませんので」



 ニールはそれしか言わない。

 もし、問題ないのであれば、「大丈夫」と答えるはずだ。そう言わないのであれば、本当に知らないのか、もしくは手に負えない状況なのか。

 身体を蝕む瘴気を打ちのめすことができるのは自分しかいない。

 一度は打ちのめされたが、今ならガランから瘴気を取り除くことができるのではないか。いや、自分しかできないのだからやるしかない。

 そんな思いが湧く。



「ニールさん。生地や糸、裁縫道具が欲しいんですが、ありますか? 私、今度こそガランさんの瘴気、消してみせます!」

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