第21話 力添えする生活

 ジルバとフェブが戦っている戦場へ飛び込んだ。魔物に囲まれながらも、二人も善戦していた。


「チハル! 下がってなッ!」


 ジルバの叫び声に、千春は首を横にふる。そして、手にもった刺繡入りの鉢巻を魔物に向かって投げる。それは炎をまとい、最も千春に近い場所にいた魔物に巻き付いた。


「何っ!? 燃えて……?」


 魔物が炎に包まれていく。メラメラと炎が天高く上がる。

 千春にもまさか鉢巻ひとつでここまで燃え盛るとは思っておらず、何が起きたのかわかるものは、ここにいなかった。


 焼き尽くすものがなくなってからやっと、炎は小さくなって消えゆく。そしてそこは、地面が焦げたようになっているが、塵も灰も何も残っていなかった。


 数多いるうちの一体。

 たかが一体。

 それでも戦況を変えるには充分であった。


「時間稼ぎは大変助かります。あとはお任せください」


 そうニールの声が聞こえた瞬間、全ての魔物が横からスパッと斬られて落ちる。

 ひとつの身体がふたつになった斬撃はほんの一瞬で、千春の目では捉えきれなかった。


「なっ……」


 驚きで声が出ず、目の前の沈黙した魔物だったものを見る。

 これだけの力があって、どうして今の今まで苦戦していたのだろう。


「相変わらず流石だねぇ……アタシらじゃ物理的に殺るしかないのに、魔法を上乗せするんじゃ叶わないよ」

「ふふ、これでも側近を務めておりますのでね」


 ジルバやフェブは疲れたようで、ドサリと地に尻をつく。

 千春は脅威が去ったことを確認してから、三人の元に駆け寄る。

 血がしたたり落ちているニール、肩で息をするフェブ、汗をぬぐっているジルバ。三者三様の姿であるが、みんな生きていることに安心して千春の目から涙が零れ落ちた。


「うわあああん」

「おやおや? どうして貴方が泣いているのです? どこか怪我でも? そうしたらレクサに怒られてしまいますね。怪我を見せてください。証拠隠滅しないと」


 ニールが千春の全身を確認し怪我していないか見ているが、そもそも怪我をしていない。なのに泣き続ける千春にうろたえる。


「馬鹿だねぇ、あんたは。あんたは自分の手当をしてな。ほら、チハル」


 パコっとニールの頭を軽くたたいた。不満そうなニールは自分で治癒魔法を施していく。

 ジルバは千春を迎え入れるように両手を広げると吸い込まれるように千春は胸に顔をうずめる。彼女の体温と心音が、溜まっていた不安と恐怖を和らげてくれる。

 ひとしきり泣いてから、ジルバから離れる。千春は真っ赤に腫れた目を隠せずに、鼻をすすった。

 大の大人が泣いて恥ずかしい。しっかりしないと。

 気持ちを改めて千春は気持ちを伝えようとしたときだった。


「ねえ、何をしてるの……? 何があったか言いなよ?」


 問い詰める声に振り返ると、そこにいたのは城にいたはずのガランだった。得意な移動魔法を使ったのだろう。

 千春が誘拐された時と比べ、足を引きずっているようにも見える。顔をしかめ、腹部に手を当てる仕草が気にかかる。


「ガラン様、大変申し訳ありません」


 先ほどまでの「よかったね」というような空気からがらりと変わる。

 千春以外全員がガランへ跪いていた。


「そういうの今はいいよ。それより、この魔物の数……僕、ここには魔物除けの結界張っていたはずなんだけど。なんでこんなに魔物が集まったワケ? それにここにいる全員、炎魔法は使えないよね?」


 焦げた地面を指さして真顔で首を曲げるガランに応えたのは、ニールだ。


「その跡はチハル様によるものです。おそらく彼女が作ったものが燃えたのかと」

「は? 瘴気を吸うだけじゃなかったの?」

「確かそのはずだったのですが……」


 ニールはちらりと千春に目を送る。けれど、千春にだってわからない。何を答えたらいいかわからないのだ。


「ねえ、どういうことなの?」

「え、っと……? 鉢巻投げたら燃えた、みたいな?」

「何それ。そんな適当な話、どう受け取れと?」

「でもそうとしか……」

「意味わかんない。もういいや。僕は逃げた魔物がいないか見てくる。勝手にすれば」


 呆れたように言うと、ガランの身体は光の粒子となって散り散りになって消えていく。

 転移魔法だ。どこへ向かったのかはわからないが、姿がなくなったことで空気が和らぎ、跪いていた三人は立ち上がる。


「どうかガラン様を責めないでくださいませ。ガラン様は、大切な場所を守りたいだけなのです」

「ニールさん……」

「もともとここはガラン様の母上が眠る地であらせられます。それはお伝えしましたね?」


 千春は黙って頷く。ここへ来たときに聴いた内容だ。


「だからここを守りたい気持ちが強いのです。魔物が集まればなおさら。変わらぬ風景を維持していきたいのだと。魔物一体ですら許さない。それがガラン様なのです」


 ニールは千春に、にっと笑う。


「だからチハル様が気に病むことは何もございません」

「……はい」


 しゅんとした千春の肩をジルバが叩く。


「なあ、チハル。魔法も使えないアンタがどうやって炎なんて出したんだい? 何か投げたみたいだけど」

「あれは、鉢巻で。私にも逃げないで何かしないとって思って、できることを考えたら何か作ることしか思いつかなかったんです。必死になって作ったんですけどどういうわけか燃えちゃって」

「止血だけ? 鉢巻って頭に巻くもんだろ?」

「えと、あとは……、瘴気を焼き尽くしてほしいなって思って炎の刺繍を。まさか燃えるとは思ってもみませんでしたが」

「燃える刺繍? 不思議な魔法だなー」


 すごいな、と素直にほめるジルバ。しかし、千春は首を横に振る。


「魔法なんて使えないんです。私ができることってこれぐらいしかないんです」

「そうかい?」

「はい。私は戦えないから。だからせめて、みんなを応援したいって思ったんですけど……結局足を引っ張ってしまって……ガランさんにも」


 俯く千春の頬をジルバが両手で包み込み、顔を上に向かせる。


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