第9話(第119話) 友よ、我は来たれり。

【ここまでのあらすじ】


 郡山青年、弓削青年、土師はじ青年、橘青年の四人は、ヒタカミ国にて、火蟻ヒアリの大群との戦いを制し、魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ入国した。一方、四人の青年が、社会科見学をしている頃、その魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ、軍靴の音が迫ってこようとしていた……。


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 毛皮のパーカーを着た、北方の民族の戦士が、エラスモテリウムに乗って、魔導科学都市ガルヴァニアポリスの首都、魔導科学都市ガルヴァニアを目指して、疾走していた。


 「エラスモテリウム」とは何か?解説しよう。「エラスモテリウム」とは、現実世界の地球では、第四紀―160万年前頃―の草食動物で、現在では絶滅種である。「ユニコーン」の原型となった角を持つが、馬ではなく、サイの仲間である。


 そして、この北方の民族は、極地クライオモシリに棲む、弩と呪術の使い手【拾弐夷ツヴェルフ】である。元寇で襲来した、モンゴル帝国の兵士は、騎馬民族であるが、【拾弐夷ツヴェルフ】の場合は、騎サイ民族とでも呼ぶべきであろうか。


 異世界は、「剣と魔法」の世界とも呼ばれるが、異世界小説のみならず、幻想ファンタジー世界には、屡々しばしば、「エルフ」と呼ばれる、「弓と魔法」に長けた種族が登場する。


 ところで、余談だが、独逸ドイツ語で、「エルフ」といえば、それは数字の「11」のことに他ならない……いや、確かに、尖った2つの耳が付いてるけれども!


 そして、そのことになぞらえて、この「弩と呪術」の使い手である北方の民族は、独逸ドイツ語で、数字の「12」を意味する、【拾弐夷ツヴェルフ】と呼ばれるようになったらしい。


 その極地クライオモシリに棲む、【拾弐夷ツヴェルフ】達は、各部族の酋長が、評議会クリルタイを開き、代表者であるツァーリを選び、意思決定をする。当代のツァーリに選ばれたこの暗黒騎士は、黒髪長髪、痩身にして長身、年齢は三十歳みそじ過ぎぐらいの、眼光の鋭い巨漢である。今、そんな彼は、


「フハハハハ~。走れぇ、走れ走れ走れぇ~走るんだッ!」


と言って、自らのエラスモテリウムの脇腹を蹴り、街道を疾走させている。その暗黒騎士の名は、「テューネイ・レホㇿケウ」。


 但し、「テューネイ」は、ガルヴァニアの発音であり、クライオモシリの発音では「トゥーネイ」、ヒタカミの発音だと「チューネイ」となり、【喪界】の荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの発音では、「ツネイ」に相当する。

 現実世界でも、「テュルク」が「トルコ」になったり、「チュルク」と呼ばれたりするのと、同様の理屈だそうだ。


 このことからも明らかなように、【喪界】の荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの第参皇児おうじである、常井参狼さぶろう氏の魔界版で、両者は影法師ドッペルゲンガーの関係にある。

 「レホㇿケウ」は、「参狼さぶろう」のアイヌ語読み「re horkew」が由来だが、【拾弐夷ツヴェルフ】語では、アイヌ語の小書きカタカナを用いずに、そのまま通常のカタカナで「レホロケウ」と書くことも多い。


 だが、この暗黒騎士は、荒々しく、猛々しく、狂気に満ちて、獰猛な荒鷲のように見える。彼は、【喪界】の常井氏とは、彼の別次元における同一人物とは思えない程、上品さの欠片も無い、生粋の戦闘民族であった。


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 魔導科学都市ガルヴァニアポリスの首都、魔導科学都市ガルヴァニアの城門前広場に到着した、【拾弐夷ツヴェルフ】の暗黒騎士は、手綱を引いてエラスモテリウムを停止させると同時に、その背中から飛び降りて、大声でこう言った。


ŋafqaンガフカー ɲi p'r'ədraプシュッドラー!!」


 確か、現実世界では、ニヴフ語の挨拶で、「友よ、我は来たれり。」と訳せるハズだ。最近、アイヌ語の認知度が上昇しているようだが、にわかに学習した程度では、アイヌ語と同様、樺太周辺の孤立した言語である、ニヴフ語までは到達できまい。


 まぁ、ニヴフ語は、アイヌ語の好敵手ライバル的な存在の言語だと思えば良い。


 ゑ?何故、「友よ、我は来たれり。」等と古風な訳をしたのかだって?


 それは、ニヴフ語が、古シベリア諸語と呼ばれるぐらい昔から、話されてきた言語だからというのと、話者が、【魔界】の支配者三傑の内の一人で、纏っている雰囲気に合わせた、役割語という日本語の概念とを合わせたら、そう訳すのが、妥当だろうからね。


 古代中国の唐の時代、唐に朝貢に来た「流鬼国」と呼ばれる民族がいたらしく、「北は夜叉国に至り、他の三面は海」、「海の中の島に散居する」という記述があるそうだ。

 この「流鬼国」の場所は、カムチャッカ半島説と、樺太説があるが、近年では、後者が有力とされ、その場合、「流鬼国」は「ニヴフ」、「夜叉国」は、セイウチの牙を交易品としていたことから、「コリャーク人」ではないかといわれている。


 また、古代中国では、「粛慎しゅくしん」という、恐らくツングース系民族だと思われる民族がいたのだが、古代日本でも、「粛慎しゅくしん」と書いて、「みしはせ」とか、「あしはせ」等とも呼ばれる民族がいた。

 また、当時の北海道には、「オホーツク文化人」と呼ばれる民族も住んでいたらしい。これらの民族が同一であるかも、その正体すらも未だ不明であるが、ツングース系民族以外に、現在のニヴフの祖先という説もあるのだ。或いは、現存しない民族という可能性もあるが。


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 さて、この来訪者に対して、魔導科学都市ガルヴァニアポリスの首都、魔導科学都市ガルヴァニアの城門の上からも、大声が放たれた。


「ようこそいらっシャッター!」


 その大声と同時に、城門のシャッターが、ガラガラガシャンと音を立てて閉じられ、城門前広場は、闘技場みたいになった。先程の声は、「いらっしゃった」と「シャッター」を掛け合わせた洒落になっているのだろうが、「ようこそ」と歓迎しておきながら、「シャッター」を閉めて入城を拒否するという、矛盾した行動は何を意味するのであろうか?


 【喪界】の玖球クーゲル帝国、現在は、玖球クーゲル連合と呼ばれる地域にも、掛詞かけことばと呼ばれる文化があるが、この魔導科学都市ガルヴァニアでは、そこまでこうした文化が浸透しているわけではない。


 城門のシャッターが閉じられた直後、城門の上から何者かが飛び降りて、【拾弐夷ツヴェルフ】の暗黒騎士の眼前に立ちはだかった。その者こそ、魔導科学都市国家ガルヴァニアの大統領である【蝎獅人マンティコアノイド】、ネメシス・ダムド・デーオヴォル。

 【喪界】の玖球クーゲル連合の、ネメシス・ダムド・ディアヴォロス大公も【蝎獅人マンティコアノイド】であるが、彼はその魔界版である。


 それを見た【拾弐夷ツヴェルフ】の暗黒騎士は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、片手を上げて、己の配下達と、自らが乗ってきた、エラスモテリウムを下がらせる。


「よォ、大統領!」


「相変わらずだな、テューネイ。」


 今、ここに【魔界】の支配者三傑の内の二人が揃ったのだが、実は、この二人は、魔導科学都市ガルヴァニアポリスと極地クライオモシリの国境付近の辺境の出身であり、国境を越えた隣村で競い合ってきた、幼馴染みであり、好敵手ライバル同士でもあるのだ。


「執務室に閉じこもってばかりだと、体がなまっているんじゃないか?」


「確かにな。だが、だからといって貴様に遅れをとるような儂ではないぞ。」


「ほざけ。今日こそ模擬戦で、貴様の高慢さをへし折ってくれよう。」


「良かろう。武闘家として相手してやる。来いッ!我と死合え!」


「蜘蛛の神威カムイよ、我が身に宿れ。𝖞𝖆𝖔𝖘𝖐𝖊𝖕ヤオㇱケプ!」


 すると、【拾弐夷ツヴェルフ】の暗黒騎士の肩や背中から、蜘蛛の8本の脚を模した、8本の氷の義手が、各々の手に氷のつるぎを持って、生えてきた。

 義手や義足は、本来、手や足を失った者が、その機能を補う為に装着する物であるが、この【拾弐夷ツヴェルフ】の暗黒騎士は、五体満足の状態で、攻撃の手数を増やす目的で、肩や背中から、8本もの氷の義手を生やしたのである。


「受~け~て~立~つ!出でよ、魔劍ガルヴァニア!」


 ネメシス・ダムド・デーオヴォルも、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、この好敵手ライバルとの闘いを愉しむことにした。

 このデーオヴォル大統領が、【コンテナ】の術理を使い、己の影から取り出した、固有の亜空間に収納していた、魔劍ガルヴァニアは、国家名を冠した、フランベルジュである。


 そして、ネメシス・ダムド・デーオヴォルは、【蝎獅人マンティコアノイド】である。彼は、自分の蠍の毒尾から、魔劍ガルヴァニアに毒液を噴射する。

 フランベルジュは、刀身が波打ち、揺らめきが炎のように見える剣だが、その特殊な刀身が肉を引き裂き止血を難しくするため、ただでさえ殺傷能力が高いのに、更にその刀身に蠍の毒を塗っているのだから、その殺意は計り知れない。


 彼らの関係を知らない人から見たら、本当にこの模擬戦という名の物騒な死合いが、国家首脳級の会談なのか、といぶかることだろう。


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 先に仕掛けたのは、暗黒騎士テューネイの方だった。彼は、氷のつるぎを8本の氷の義手だけでなく、自身の両手にも顕現させる。長時間、氷のつるぎを握っていると、凍傷になりかねないため、直前に顕現させるようにしているのだ。


sinepシネプtupトゥプrepレプinepイネプasiknepアシㇰネプiwanpeイワンペarawanpeアラワンペtupesanpeトゥペサンペsinepesanpeシネペサンぺwanpeワンペsinepシネプ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペtupトゥプ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペrepレプ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペinepイネプ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペasiknepアシㇰネプ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペiwanpeイワンペ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペarawanpeアラワンペ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペtupesanpeトゥペサンペ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペsinepesanpeシネペサンぺ ikasmaイカㇱマ wanpeワンペhotnepホッネプ!」


 氷のつるぎ1本毎に2回の斬撃や刺突を、【拾弐夷ツヴェルフ】語―アイヌ語と数え方は同じ―で、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20と数えて、言靈げんれい術による詠唱で、その威力を増幅させた20連撃を放つ。


独逸ドイツ流剣術……𝕸𝖚𝖙𝖎𝖊𝖗𝖊𝖓 𝕾𝖙𝖊𝖈𝖍𝖊𝖓!」


 それに呼応するように、デーオヴォル大統領も独逸ドイツ流剣術の「変化する刺突」を宣言し、


einsアインスzweiツヴァイdreiドライvierフィーアfünfフュンフsechsゼクスsiebenズィーベンachtアハトneunノインzehnツェーンelfエルフzwölfツヴェルフdreizehnドライツェーンvierzehnフィアツェーンfünfzehnフュンフツェーンsechzehnゼヒツェーンsiebzehnズィープツェーンachtzehnアハツェーンneunzehnノインツェーンzwanzigツヴァンツィヒ!」


と、暗黒騎士テューネイと同様に、但し、こちらは独逸ドイツ語で、蠍の毒が塗られた、魔劍ガルヴァニアによる斬撃や刺突を、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20と数えて、言靈げんれい術による詠唱で、その威力を増幅させた20連撃を放つ。


 ゲームやライトノベルで、15回攻撃だとか、16連撃だとか、そういう技があるらしいが、干戈を交える彼らの演武は、更にその上を行く「別次元の領域」にある。


 デーオヴォル大統領の魔劍ガルヴァニアは、1本しかないが、暗黒騎士テューネイが持つ、各々の氷のつるぎは、合計10本と手数ではこちらが圧倒的に多い分、非常に優勢に見える。


 だが、各々の氷のつるぎが干渉し、可動域が狭くなる欠点がある。しかも、単に手数を増やす目的でしかないため、干戈を交えると非常に脆い。

 しかし、この二つの欠点は相殺し合う。魔劍ガルヴァニアとの干戈を交えて、斬撃や刺突を終えた、氷のつるぎは、砕けてしまうため、他の氷のつるぎの可動域を妨げない。


 やがて、暗黒騎士テューネイの氷のつるぎは、全て砕け散ったが、デーオヴォル大統領に対して、何発かの斬撃や刺突を命中させることに成功した。


「この儂を相手によう戦ったのう。地べたを這う者にしては、少しは手応えがあるではないか。どうやら随分と強くなったようだな。だが、まだまだだな。地を這う友よ。」


 デーオヴォル大統領は、【蝎獅人マンティコアノイド】の蝙蝠の翼で飛翔し、上空から暗黒騎士テューネイを睥睨する。


「いや、まだまだ小手調べ。飛行能力が貴様だけの特権だと思うなよ、蝙蝠野郎。」


「ほぅ。寝言は、飛べるようにようになった夢でも見てから言うんだな。」


「ほざいてろ。渡鴉ワタリガラス神威カムイよ、我が身に宿れ。𝖔𝖓𝖓𝖊オンネ 𝖕𝖆𝖘𝖐𝖚𝖗パㇱクㇽ!」


 暗黒騎士テューネイが、陰陽術の詠唱を終えると、その背中から、渡鴉ワタリガラスの黒翼が生えて、彼もまた飛行能力を得る。


「飛べるのは貴様だけではないのだよ。」


 ここからは、空中戦となりそうだ。


「新たな式神と契約したということか。しかし、二重憑依だと?!かなりの高等技術テクはずだが、その負荷が果たして貴様に耐えられるかな?」


 デーオヴォル大統領は、そう言いながら、暗黒騎士テューネイの8本の蜘蛛の脚に対抗するため、【蝎獅人マンティコアノイド】の8本の蠍の脚を生やし、その8本の蠍の脚の各々の先端から紫炎や紫電といった、紫色の光線を繰り出した。


「ハッ。【二重魔軸】どころか、【三重魔軸】さえも、造作も無く操る貴様が、それをほざくのは、皮肉を通り越して、嫌味にしか聞こえんぞ?」


 そう言って、再び、両手に氷のつるぎ顕現させた、暗黒騎士テューネイは、繰り出される紫色の光線をかわしながら急接近し、デーオヴォル大統領に斬りかかる。


「フン。【三重魔軸】程度、自家薬籠中の物としなければ、あの【死の世界の支配者】には、届かぬだろうからな。」


「確かにな。だが、そろそろ、この死合いも終わらせてやろう。」


 そう言うと、暗黒騎士テューネイは、氷のつるぎで、二刀流による斬撃と刺突を繰り出した。

 デーオヴォル大統領は、2本の氷のつるぎのうち、一方の斬撃を魔劍ガルヴァニアによって、弾いて砕いたが、他方の刺突が迫る。


𝖆𝖕𝖚𝖓𝖓𝖔アプンノ 𝖒𝖔𝖐𝖔𝖗モコㇿ 𝖞𝖆𝖓ヤン!」


 暗黒騎士テューネイが、勝利を確信して唱えたこのアイヌ語は、和訳すると、「安らかに眠りたまえ!」という意味になる。


独逸ドイツ流剣術……𝕯𝖔𝖚𝖇𝖑𝖎𝖊𝖗𝖊𝖓 𝕾𝖙𝖊𝖈𝖍𝖊𝖓!」


 だが、デーオヴォル大統領は、どこまでも冷静だった。独逸ドイツ流剣術の「払われた直後の再攻撃」によって、渡鴉ワタリガラスの黒翼の片方を貫いた。


「この魔劍ガルヴァニアは、ロンズデーライト製でな。貴様の氷のつるぎの靱性では、到底歯が立たないだろうよ。再び天より落ちて、地を這うがいい。」


 暗黒騎士テューネイは、渡鴉ワタリガラスの片翼を貫かれたことで、均衡バランスを崩して飛行能力を失い、落下していく。


「黙れ。だが、天より落ちるのは貴様も同様だ。」


「何ッ?!」


 気が付くと、デーオヴォル大統領にも、砕けた氷のつるぎの破片が、【蝎獅人マンティコアノイド】の蝙蝠の黒翼、その片翼を貫いて刺さっていた。


「「ハハハハハ、アーッハッハッハッハー!!」」


 二人は仲良く笑いながら、落下していく。それを人型の影の様な漆黒の存在が、ユラユラと揺らめきながら、眺めていた。


「相変わらず、戦闘能力が低いな。この異界は。」


 果たして、この黒い影の様な人物は何者なのであろうか?

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孤高の光と闇の相克(2022年版) 草茅危言 @souboukigen

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