第8話(第118話) 魔導科学都市ガルヴァニアポリス

【ここまでのあらすじ】


 ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領にて、都市探索協会ノヴォリト研究所支部の建物から外に出た、郡山青年、弓削青年、土師はじ青年、橘青年の四人は、自動車ぐらいの大きさの火蟻ヒアリの大群と戦うことになった。


 郡山青年や、弓削青年は、【魔界】での初陣に苦戦するが、この地の闘う領主であり、最強の地元民でもある、橘青年は、大技を放ち、火蟻ヒアリの大群との戦いを制したのであった。


 その戦闘の結果、大量の臨時収入を得た一行は、当初の予定通り、西方の隣国、魔導科学都市国家ガルヴァニアへ社会科見学に行くことにした。


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 【魔界】にあるこの大陸は、三国志演義の魏・呉・蜀の様に三つに分かれている。北の「魏」の部分に相当するのが「極地クライオモシリ」、東の「呉」の部分に相当するのが「日高見ヒタカミ国」、西の「蜀」の部分に相当するのが、この「魔導科学都市ガルヴァニアポリス」であり、各国は、急峻な山脈で国境が隔てられている。


 魔導科学都市ガルヴァニアポリスへと向かう一行は、峠にある、日高見ヒタカミ国との国境線を越えるため、都市探索協会の会員証を見せて、通行料を支払うと、国境線の西側にある、砦の門が開き、


「ようこそ。魔導科学都市ガルヴァニアポリスへ。」


と門番が言う。こうして、一行は、魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ入国するのであった。


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 ここは、大陸の西側に位置する、魔導科学都市ガルヴァニアポリス。単に、「ガルヴァニア」、或いは、「ガルバニア」とも呼ばれる。

 喪界の玖球クーゲル帝国の魔界版に対応する国家であり、魔導科学が発達し、数多の魔導科学者を輩出している。

 言語は、独逸ドイツ語を基盤とするが、表記する文字は、ラテン文字のアルファベットだけではなく、ギリシャ文字や、フラクトゥールを含んでいる。


 というわけで、ここは異界である。地球上に存在する既存の都市の何れにも似ていない。そういうわけで、【魔導科学】とは、【魔素】という素粒子がある世界版の科学だと思ってほしい。


 そうだな。し、どうしても想像が困難であるというのなら、以下の様に考えてみてほしい。


 高等学校の物理で、力とは質量に加速度を乗じた次元のことであり、重力、電磁力、強い相互作用、弱い相互作用の4種類だと習っただろう。


 例えば、物質をこれ以上分割できないといわれていた、最小単位である原子だが、それはプラスの電荷を持つ原子核の周りを、電子というマイナスの電荷を持つ粒子が回っていて、両者には、電磁気の力が作用している、と。その電磁力は、光子フォトンという素粒子の交換である、と。


 この異界では、【魔素】という素粒子が、電子や光子フォトンの役割を担う、【魔力】なる力が、その4種類に加わるだけだ。


 ゑ?非科学的だって?


 そりゃそうだ。我々は現実世界を基準にして物事を考える。科学は再現性を神とする宗教だと言われており、この現実世界では、【魔力】なる力も、【魔素】という素粒子も、観測されてはいないからな。


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 最近の異世界小説の定番は中世ヨーロッパだそうだが、個人的な意見を言わせてもらうと、宗教が科学の発展を阻害し、ペストの様な疫病が流行り、軍事力を背景に植民地化や奴隷制度を作った、帝国主義の時代を美化するのは、健全とは言えまい。


 また、最近の異世界小説は、中世ヨーロッパ並みの文明が遅れている異世界に、現代日本産のあらゆる物を持ち込む話が多いが、その根底にある思想は、日本礼賛動画と変わらない。明治維新頃の、謙虚に異国の文化を吸収しようとする在り方は、その面影すらないのである。


 だが、その一方で、そんなにアメリカやら、ヨーロッパやらの方が、何でも日本より優れているのか、と疑問を持つ必要もある。カタカナ英語の様に、何でも西洋文化の猿真似をしている舶来被れの連中が、ドヤ顔で英語の技名を連発している漫画やアニメ、ゲームは、本当に純粋な日本の文化なのであろうか?


 では、視点を変えて考えてみようか。


 異世界小説の舞台を説明する言葉に、「剣と魔法の世界」というものがある。


 真面目に考えよう。刀劍は人や動物を殺めることを目的とした凶器であり、劍術は殺人術である。


 刀劍の類は、安土桃山時代に刀狩り、明治時代に廃刀令、戦後に連合国総司令部GHQが没収、といった時代を経て、現代日本では、美術館や博物館で飾られている。


 従って、現代の一般人には、学校教育で劍道の授業で、竹刀の素振りをする程度の知識しかない。それを習うことが、その後の人生にどれほど役に立つのかも、よく分からない。


 異世界で劍が登場するのは、文明が遅れているからだ。


 だが、ここで聡明な読者諸氏は気が付くかも知れない。


 待てよ?魔導科学都市ガルヴァニアは、「異世界」ではなく、「異界」と書かれていた。それなら、我々より文明が遅れた中世ヨーロッパ程度の世界観だと決めつけるのは、早計ではないか?と。


 ここで、「異世界」と「異界」ってどう違うの?という疑問が生じてくる。


 「異界」とは、並行世界。或いは、【魔界】。普通に生きている人が決して行くことはない禁足地。最近の異世界小説は、観光気分かと疑われる内容が散見されるが、一時の現実逃避で、「異界」に行ったら二度と帰れない、不歸かえらずの人となるであろう。


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 この四人の青年が、魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ社会科見学に行くことにしたのは、明治維新の頃の視察団のように、真劍に異国の文化を吸収しようと考えたからである。

 常人であれば不歸かえらずの人となるであろう異界に、【異界渡り】の能力を持つ自分達は行くことが出来るのだから、その特権を活かさないのは、勿体無いだろう。


 急峻な山脈に隔てられた国境を越えると、そこには、ガルヴァニアの近代的な街並みが見える。明治維新当時のイギリスは、「世界の工場」と呼ばれていたが、このガルヴァニアの場合、パン工場・パン工場・パン工場といった感じである。


 小麦アレルギーで、パンを食べることが出来なかった、西洋の外国人が、日本にやって来て初めてパンを食べることが出来た、という話がある。何故なら、そのパンは、小麦粉ではなく、米粉で作られていたから、である。


 では、米粉のパンは、日本が存在しなかったら、誰も思いつかなかったのであろうか?


 そうでもないだろう。例えば、うどん等の麺類は、小麦粉から作られるが、ベトナムの「フォー」は、米粉から作られている。仮に、日本が存在しなくても、いつかは誰かが、米粉のパンを思いついていた可能性が高いのだ。


 米も、小麦も、大麦も、トウモロコシも、イネ科の植物であるが、ソバは違う。麺類の蕎麦は、日本料理だが、麺類に限らなければ、露西亜ロシア等でも、食用にされている。


 では、エノコログサはどうだろう。別名、ネコジャラシといえば、分かるだろうか。あのエノコログサも、実はイネ科の植物である。ガルヴァニアでは、この雑草をお茶にする研究が行われている。四人も見学の時に試飲してみたが、殆ど麦茶に近い味であった。


「壇ノ浦校長が、植物学者の牧野富太郎氏の『雑草という名の植物は無い』という言葉を引用していたが、本当にその通りだな。」


 このように、雑草を食用化する研究が進めば、世界の食糧問題を解決する嚆矢こうしとなるのではないだろうか?


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 米粉パンとエノコログサの雑草茶という、ささやかな昼食を終えた後は、食品以外の工場も見学することにした。


 まずは、熱を電気に変える研究。ゼーベック効果、スターリングエンジン、そして地熱発電。日本において、地熱発電の開発が一向に進まない理由は、温泉地などの観光業界が、温泉の温度が低下するという、根拠不明の理由を盾に、自分達の利権のため、地熱資源を独占し、持続可能な開発を妨げているから、ではないだろうか?


 温泉地などの観光業界にそこまでの権力があるだろうかといぶかるかも知れない。しかし、例えば、アニメや漫画、ライトノベル等でも温泉地の描写が多いが、これにも彼らの利権が絡んでいる可能性が高い。

 こうした作品に地熱発電の開発を推進しようという描写があれば、地熱発電という再生可能エネルギーが注目されると思うのだが、現状、あまり人口に膾炙かいしゃされていない点を鑑みると、それらの描写を加えようとすると、そうした団体からの圧力が掛かるからなのかも知れない。


 そして、核分裂と核融合の違いという、高校物理程度の知識も分からない政治家が、原子力発電を推進している。これが、核燃料の廃棄物を出さない、核融合ならまだ話は分かるが、現状、原子力発電は核分裂によって行われている。それも、地震・洪水・台風・噴火といった、自然災害の多い日本で。その危険性を分かっているのか。


 太陽光発電や風力発電は、多少は推進されているようだが、前者は曇りや雨の日には妨げられるし、後者も気象条件に左右される点は否めない。やはり地熱発電の推進は必要だろう。


 次に、飛行器の研究。この【魔界】では、飛行器は、飛行機よりも、ドローンに近い扱いに発展しているようだ。「飛行器」は、「飛行機」の誤植ではない。読者諸賢は御存知だろうが、念の為。

 日本の二宮忠八の方が、ライト兄弟よりも10年早く発明していたのだが、そのことはあまり知られていない。日本礼賛動画は多いのに、不思議だよなぁ。何か陰謀の可能性を感じるぞ。


 続いて、流体力学の研究。例えば、新幹線の先頭が「カモノハシ」形状をしているのは、騒音対策のためだとか。この【魔界】では、鉄道は全て、地下鉄やモノレールであり、全駅ホームドア完備であるため、人身事故は殆ど発生しない。

 また、「鮫肌水着」は、乱流境界層の性質を応用した、競泳用水着である。昨今、勘違いしている輩が多いようだが、水着は本来、露出度を競うのが目的ではなく、水中での機動性を上昇させるための装備品だろう。


 そして、工業化学。ペットボトルの成分である、ポリPエチレンEテレフタレートTというエステルは、高温高圧にして、超臨界状態という液体と気体の性質を併せ持った水、超臨界水によって、アルコールである、エチレンEグリコールGと、カルボン酸である、テレTフタルPAに加水分解される。


 最後に、量子力学の応用。例えば、量子情報分野の研究であるが、この【魔界】では、専用機として、量子情報計算機コンピュータの端末が存在する。また、DNA情報計算機コンピュータも研究されている。

 最近の研究によると、光合成も呼吸も極めてエネルギー効率が高いのだが、それは何故かという議論があって、それにはどうやら、量子力学のトンネル効果が関わっているらしい。

 後は、カシミール効果とか、スピンゼーベック効果とかも、量子力学の応用例である。量子力学は決して机上の学問に限った話ではないことを肝に銘じておこう。


 余談だが、この【魔界】では、魔導科学の【刻印術】が、プログラミングの代わりを果たしているのだが、当然、プログラミング言語のようなものが存在し、独自の言語で書かれている。それは勿論、英語ではなく、【拾弐夷ツヴェルフ】語。アイヌ語Aynu itakに、独逸ドイツ語Deutschから、多くの借用語が加えられたため、アイツ語Aytschと呼ばれることもある。入門書も書店で売っているようだ。


 例えば、整数型はinteger型ではなく、Zahlツァール型。素数であれば、prime numberではなく、Primzahlプリムツァール。リーマン予想に関連して、ベータ関数とガンマ関数、ゼータ関数とイータ関数、ベルヌーイ数とベルヌーイ多項式は学んでおこう。

 連分数表現や楕円関数、時間を表すZeitツァイト型など、独自の概念も見られる。

 四元数型のquaternionクォータニオン型も存在するから、パウリ行列と四元数クォータニオンの関係は必修である。

 他にも、最小二乗法などの統計や多変量解析の知識、カオス理論等の非線型物理学、フラクタルなどの複雑系物理学も必修であろう。


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 一方、四人の青年が、魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ社会科見学をしている頃、その魔導科学都市国家ガルヴァニアポリスへ、軍靴の音が迫ってこようとしていた……。

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