第7話(第117話) 「アリルイソチオシアネート!」

【ここまでのあらすじ】


 物部一門グループ日高見ヒタカミ国における拠点の一つ、「ノヴォリト研究所」にて、橘青年は、自分が、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主であることを明かし、自身の過去の記憶を宿した【読心とうしんの宝珠】を液晶画面に映し出した。

 橘青年の過去の記憶を見終わった、郡山青年と弓削青年、土師はじ青年は、物部一門グループの建物で一泊した。

 その翌日、都市探索協会へ行って、登録を完了した矢先である。


火蟻ヒアリだ~っ!火蟻ヒアリの大群が出たぞ~っ!」


 どうやら久しぶりに陰陽術士として、害獣駆除の依頼で、戦闘をすることになりそうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 都市探索協会ノヴォリト研究所支部の建物から外に出ると、自動車ぐらいの大きさの火蟻ヒアリの大群が、市街地を這い回り、口から引火性の液体を吐いて、市街地に火が放たれようとしていた。


「ヤバいなコレ。日本は、木造住宅が多い。こんな市街地で火が放たれたら……。」


と、郡山青年が言うと、


「何寝言言ってんだ。平和呆けしている場合じゃないぞ。ここは、日高見ヒタカミ国で、日本とは似て非なる世界だ。」


と、弓削青年がツッコミを入れるが、橘青年が地元民の立場として、意見を述べる。


「いや、日高見ヒタカミ国の建物は確かに木造だが、漆喰しっくいが使われているから、耐火性能は、多少は上昇しているぞ。」


 解説しよう。漆喰しっくいとは、水酸化カルシウム、或いは、消石灰とも呼ばれるが、それをを主成分とする建築材料で、不燃素材である。


「だとすると、むしろ、不完全燃焼による一酸化炭素中毒の方を危惧するべきか。」


 すると、土師はじ氏の出身であり、漆喰しっくいの性質については、熟知している土師はじ青年は、次にどんな行動をすべきか考える。


「取り敢えず、鎮火だな。」


 郡山青年は、その意見に頷くと同時に、表は白紙で、裏には、光と闇の相克する、陰陽紋が描かれた、護符を取り出し、詠唱を開始する。


「【蝎獅人マンティコアノイド】の帝王の魂よ。我が身に宿り、憑依せよ。【毒・雷・音の陣】!」


 【毒・雷・音の陣】は、毒属性、いかずち属性、音属性の魔力を注いで生成する魔法陣で、蝎獅マンティコアや、【蝎獅人マンティコアノイド】を召喚することができる。

 詠唱を終えると、【喪界】の玖球クーゲル帝国の元玖球クーゲル帝である、【蝎獅人マンティコアノイド】、ネメシス・ダムド・ディアヴォロス大公が、郡山青年に憑依し、郡山青年の背中から蝙蝠の黒翼と蠍の尾が生える。


「久方ぶりに、血湧き肉躍る戦闘がたのしめそうだな。出でよ、魔剣ガルヴァノス!」


 このネメシス・ダムド・ディアヴォロス大公は、かなり好戦的で、戦闘狂と言っても過言ではない。彼が憑依した郡山青年は通常、【蝙蝠山卿】という渾名あだなで呼ばれる。

 【蝙蝠山卿】は、【コンテナ】の術理を使い、己の影から、固有の亜空間に収納していた、魔剣ガルバノス改め、魔劍ガルヴァノスを取り出す。【喪界】と【魔界】では、若干発音体系に違いがあるのだ。


 魔劍ガルヴァノスは、【電動鎖鋸チェーンソー】の様な形状をしている。刹那の瞬間に飛翔して、自動車ぐらいの大きさの火蟻ヒアリの一匹に、断頭の一撃を与えようとした郡山青年だったが、キンキンキンと金属音が鳴り、火花を散らしただけだった。魔素が濃い【魔界】では、玖球クーゲル連合で豚鬼殺戮者オーク・スローターが大量に召喚した火蟻ヒアリと違い、その甲殻でさえ、段違いに硬くなってしまうようだ。


 その攻撃に、火蟻ヒアリが反撃として、口から引火性の液体を吐いて、先程散らした火花に引火、それが周囲の瘴気とも呼ぶべき魔素を吸って、火魂ひだまとなる。この火魂ひだまは、鬼火とか狐火とも呼ばれる。西洋の、ジャック・オー・ウィスプ、ジャック・オー・ランタンも同一視されているかも知れないが、魂が宿っているのには違いない。


「【玉響たまゆら】ッ!」


 火属性は音属性に弱い。火は音で消せるのだ。【蝙蝠山卿】は、【毒・雷・音の陣】の音属性を帯びた、【蝎獅人マンティコアノイド】の蝙蝠の部分の性質を活かし、超音波を放つ。

 だが、音属性の基礎的な【術理】である、【玉響たまゆら】では、相手を揺るがせる程度の効果はあるものの、瘴気とも呼ぶべき濃い魔素を吸った、【魔界】の火魂ひだまたおすには、威力不足だったようだ。魂が宿っているとでもいうのか。それなら、


「【鎮魂歌レクイエム】ッ!」


 これも、音属性の基礎的な【術理】であるが、こちらは、特に、死靈しりょうに対し、効果が抜群となる。

 こうして、【蝙蝠山卿】の【鎮魂歌レクイエム】によって、火魂ひだまによる延焼は防げたが、その生成元である、火蟻ヒアリは、依然として存在しており、しかも、殆ど無傷である。


――――――――――――――――――――――――――――――


 そういうわけで、選手交代の時間だ。土師はじ青年は、火蟻ヒアリの攻略法を提案する。


火蟻ヒアリの上空に亜空間を開いて、【コンテナ】を、火蟻ヒアリの上に落として、重力で潰してしまうのが、一番簡単じゃないか?」


 だが、弓削青年は、その提案を却下する。


「確かに、火蟻ヒアリたおすだけなら、それでもいいんだが、火蟻ヒアリの体液は、【ファイアーアントスプレー】とかいう炎症スプレーを【武器合成】する際の良い素材になるらしいからな。そういうわけで、こいつらは重要な資金源だ。取り敢えず、重力で潰すのは却下だな。」


「ほう。ということは、何か対案があると言うことだね?」


 橘青年が尋ねると、弓削青年は、ニヤリと笑って、【コンテナ】の術理を使い、己の影から、固有の亜空間に収納していた、【祟りの凶杖】を取り出した。


「ああ。この【祟りの凶杖】は、原子・分子規模で、化合物を生成可能なスグレモノでな。といっても、無から有を生み出すわけでは無く、化合物を召喚するという表現が適切かも知れないがな。」


「成程。水でも生み出して溺れさせるのか?それとも酸であの甲殻を溶かすのか?」


「いや。火蟻ヒアリには、特効成分があってな。ワサビの辛味成分が有効なんだ。それを今から見せてやろう。アリルイソチオシアネート!」


 【祟りの凶杖】から緑色の光が放たれ、火蟻ヒアリに炸裂する。そして、アリルイソチオシアネートを浴びた火蟻ヒアリは、苦痛に藻掻き、足掻きながら、のたうち回って死んでいった。


 しかし、火蟻ヒアリは、好戦的なのか、仲間が一匹殺られた程度では、逃げ出すこともなく、市街地で殺戮・略奪・破壊の限りを尽くしている火蟻ヒアリの数は、全く減少する気配がない。


「【喪界】では、陰陽術で、【大蟻喰オオアリクイ】を召喚したら、【大蟻喰オオアリクイ】が、火蟻ヒアリを殆ど喰らい尽くしたんだが、この【魔界】の火蟻ヒアリは、自動車ぐらいデカいから無理だろうな。逆に喰われかねない。」


「いや、これで充分だ。【大蟻喰オオアリクイ】は、召喚しなくて結構。それよりも最初に良いものを見せて貰ったからな。」


 橘青年がニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。今度は俺のターンだな。


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 【喪界】では、新たな時代の双璧とさえ見られていた、郡山青年と弓削青年だったが、この【魔界】では、まだ新兵に過ぎない。

 しかし、橘青年は、この地の闘う領主であり、領主である前に、最強の地元民でもあったのだ。彼は火蟻ヒアリが密集する場所へ悠然と徒歩を進めながら、


「要するに、素材が潰れなければ、【重力のくびき】を使っても問題は無いのだろう?」


と尋ねる。それに応じた土属性の専門家である土師はじ青年は、


「それなら、今度は我々の合体技を初披露するとしよう!」


と言って、二人は【魔界】版【重力のくびき】の詠唱を開始する。


「重力のくびきの前にくずおれよ!」


「重力のくびきの前にくずおれろ!」


 すると、火蟻ヒアリが密集する一帯を囲む様に結界が発生し、その中に存在する全ての火蟻ヒアリに、その影の中から襲い掛かる、いばらいばらいばら。それらが、全ての火蟻ヒアリを【影縫い】で縫い止めた。


火蟻ヒアリ共よ、貴様等の対処法など、既に理解しておるわ!」


 橘青年の魔力色オーラが緑色に輝き、言靈げんれい術の靈力れいりょくを帯びた、詠唱が放たれる。


𝖍𝖚𝖐𝖎𝖓𝖆𝖓𝖊フキナネ𝖎𝖒𝖊𝖗𝖚𝖐𝖎𝖓𝖆イメルキナ!」


 すると、いばらから、いばらから、いばらから、自然の摂理を無視して、緑の稲妻草―【魔界】版山葵わさび―が召喚され、全ての火蟻ヒアリにトドメを刺し、こうして、VRMMOのレイドボスイベントみたいな戦いは終わった。


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 結局、火蟻ヒアリの駆除とその素材に加えて、召喚された緑の稲妻草―【魔界】版山葵わさび―を都市探索協会に全て売却することによって、【喪界】に行ったときの残高をで両替する必要が無いぐらいの臨時収入―1人当たり金貨50枚―を得た一行は、当初の予定通り、西方の隣国、魔導科学都市国家ガルヴァニアへ社会科見学に行くことにした。


「何だい、さっきの凄ぇ大技は?」


「まぁ、地元民の意地みたいなものさ。対処法は弓削君に教示された通りそのままを実行しただけだし。」


「いや、あの威力は、詠唱によるものだろう?」


「【重力のくびき】は、【喪界】と【魔界】では、詠唱の流儀が違う。詠唱を【魔界】版の呪文にして、語尾を一文字変えたことによって、言靈げんれい術による威力の増幅を行った。物理学における、波動のうなり現象みたいなものさ。」


「じゃあ、火蟻ヒアリにトドメを刺した方の呪文は?」


「【拾弐夷ツヴェルフ】語で『緑の稲妻草』という意味で、アイヌ語の単語が由来だけど、史実のアイヌ語には、存在しない植物の単語だね。この【魔界】版山葵わさびは、都市探索協会でも、採取・蒐集依頼が出ていただろう?」


「今回みたいに、火蟻ヒアリ対策としてか?」


「いや、ここは、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領だけど、タチヴァナ郡の隣に、ゑヴァラ郡があって、その中心である、ゑヴァラ区ヘヴィクヴォ領には、ゑヴァラ三角商店街がある。近くにヘヴィクヴォ遺跡というダンジョンみたいなものがあるから、いわば、迷宮都市として発展したんだが、そのゑヴァラ三角商店街に『稲妻草』を大量に卸しているんだ。」


「【拾弐夷ツヴェルフ】語?」


「大昔、アイヌ語話者が次元の裂け目から転移したらしい。ニヴフ語も少し混ざっているから、ニヴフ語話者も何人か巻き込まれたのだろう。彼らは極地クライオモシリに棲み、やがて、【拾弐夷ツヴェルフ】と呼ばれるようになったんだ。」


「【拾弐夷ツヴェルフ】って、独逸ドイツ語で、数字の「12」という意味だよな?」


「【拾弐夷ツヴェルフ】達は、弩と呪術の使い手なんだが、幻想ファンタジー世界には、屡々しばしば、『エルフ』と呼ばれる、『弓と魔法』に長けた種族が登場するけど、『エルフ』は、独逸ドイツ語で、数字の「11」という意味だろう?」


「ああ。それになぞらえて、名付けたのか。」


「【喪界】における、【蝦夷エルフ】に相当する存在だね。ヒタカミでは、極地クライオモシリのことを、『流鬼国』や、『夜叉国』と呼んだり、【拾弐夷ツヴェルフ】のことも『粛慎しゅくしん』と書いて、『みしはせ』とか、『あしはせ』とか、呼ぶ人もいる。」


「要するに、【拾弐夷ツヴェルフ】は、ガルヴァニアでの呼ばれ方だったのか。」


「今では、ヒタカミでも、【拾弐夷ツヴェルフ】という呼び方の方が、主流になってきているけどね。」


「これから行く、魔導科学都市国家ガルヴァニアとは、どんな国家なんだい?」


「言語は、独逸ドイツ語を基盤とするみたいだけど、『クライオ』とか『ポリス』とか、ギリシャ語由来の単語も使われているから、ギリシャ文字も使われているし、本や書籍等の出版物には、フラクトゥールという旧字体も、印刷に使われている。【拾弐夷ツヴェルフ】達も、それを読んで、【拾弐夷ツヴェルフ】語をフラクトゥールで書くようになったみたいだから、【拾弐夷ツヴェルフ】語を発音する際は、フラクトゥールを思い浮かべることを意識しながら発音すると、言靈げんれい術による威力が増幅されると思うよ。」


 先程の戦いでは、橘青年は、そこまで考えて戦っていたのかと、一同は驚くのであった。

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